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第42話 東雲軍一掃作戦①
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翌朝、デグの母が作ってくれた握り飯を持って、サクは討伐隊に合流し、東雲皇国へ向けて出発した。蒼月は「ついで」と言ったが、表向きは国境付近の東雲軍の駆逐が本来の目的である。
凛音とサクに用意されていた馬車はヤタガノに置いて来た。食料などを積んでいる頑丈だけが取り柄の乗り心地の悪い荷車の隅っこに、サクは乗り込んでいる。
行軍速度もヤタガノまでとは異なり、ぐんと速くなった。ガンガン打ち付けるように揺れる荷車の中で、サクは振り落とされないように必死につかまり、固く口を閉じていた。少しでも口を開ければ舌を噛むからだ。
体のあちこちが痛むが、父のことを思ってひたすら耐えた。休憩の度にぐったりと草むらに倒れ込む。
兵士たちはサクを気の毒そうに見ている。水を持ってきてくれた兵士に、サクは青い顔で礼を言う。
「親切にありがとうございます」
「いやいや。あんた、本当によく頑張ってるよ。辛いだろう?」
「はい…。兵隊さんたちはすごいですね。ずっと馬に乗って、夜だって順番に見張りをしてゆっくり休めないのに、だれも具合が悪くならないなんて、本当に尊敬します」
「俺たちは鍛えているからな」
「はぁ~、足手まといになって、ほんとすみません…」
「気にすんなって!俺だって15の時に初めて兵役に出たときは、慣れない野営で風邪ひいちまってよ。熱出して周りに散々迷惑かけちまった。最初は仕方ねえよ。ましてや、あんたはかわいい女の子だからな」
その時、周囲に伝令の声が響いた。
「本日はここで野営だ。明日、敵陣と衝突する。しっかり体を休め、明日に備えよ!」
伝令は繰り返し指示を唱えながら、全体を回っている。
サクは敵陣と衝突、と聞き、急に不安が胸の中に膨らんで来た。戦場に身を置くなど、考えたこともなかった。邪魔にならないように後方で小さくなっているしかないと思うが、なにかできることがあるのなら力になりたい。
(蒼月様に、何かできることはないか聞いてみよう)
サクは前の方にいる蒼月を探そうと、立ち上がった。少し移動してみたが、蒼月が見当たらない。蒼月が乗っていた馬は、兵士に世話をされているのを見かけた。
(そう言えば、以前も蒼月様は一人になりたがって茂みに分け入っていらしたわ)
サクは何となく、人気のない茂みの方に蒼月がいるのではないかと感じて、奥へと足を延ばした。すると予想通り、大きな木の根元に座り込んだ蒼月を見つけた。蒼月は苦しそうに目を閉じていた。その顔には、首の方から青黒い痣の様なものが這い上がり、うごめいているのが見えた。
「…っ!蒼月様!大丈夫ですか?」
走り寄ったサクの声に、蒼月はぎょっとして目を開いた。
「来るな!」
発作の姿を人に見られると、ほとんどすべての人が蒼月を恐れ、罵り、逃げて行った。醜く、恐ろしい姿を、サクに見られたくなかった。しかしサクは制止も聞かず、蒼月の傍らに膝をついて、蒼月の体を支えようと手を触れた。
「蒼月様、しっかり!お苦しいのですか?」
その途端、蒼月は己の中に巣食う激しい破壊衝動が、収まって行くのを感じた。浮かび上がっていた紋様も、スッと消えて行った。
「なんと…」
生まれてからこれまで、この身に巣食う呪いを抑えようと苦しみもがいて来た。強靭な意志の力で破壊衝動を抑え込むが、このような短時間で衝動が消えたことなど一度もなかった。サクは蒼月の発作を一瞬で収めてしまったのだ。
「咲弥、ありがとう。もう大丈夫だ」
サクはホッとして、持っていたハンカチで蒼月の額の汗をぬぐってやった。
「よかったです。びっくりしました。さっきのは一体なんなのです?」
「…あれは呪いだ」
「呪い?」
「生まれたときから私は呪われている。これは私の先祖から受け継がれて来た血への呪いなのだ」
「生まれたときからこのように苦しい発作が?」
「ああ、そうだ。存在するすべての物を壊してしまいたくなる。意志の力で抑え込んでいるが、なかなかに苦しい」
「そうなんですね…。あの痣も?」
「あれは呪いを抑えようとする呪文が体に浮かび上がっているらしい。…私のことが恐ろしくなったか?」
「呪いは恐ろしいです」
「だろうな」
蒼月は落胆した。サクならば、あるいは受け入れてくれるのではないかと、期待してしまった。あのような醜い紋様を見て、受け入れてくれる者などいるわけがないのに。
凛音とサクに用意されていた馬車はヤタガノに置いて来た。食料などを積んでいる頑丈だけが取り柄の乗り心地の悪い荷車の隅っこに、サクは乗り込んでいる。
行軍速度もヤタガノまでとは異なり、ぐんと速くなった。ガンガン打ち付けるように揺れる荷車の中で、サクは振り落とされないように必死につかまり、固く口を閉じていた。少しでも口を開ければ舌を噛むからだ。
体のあちこちが痛むが、父のことを思ってひたすら耐えた。休憩の度にぐったりと草むらに倒れ込む。
兵士たちはサクを気の毒そうに見ている。水を持ってきてくれた兵士に、サクは青い顔で礼を言う。
「親切にありがとうございます」
「いやいや。あんた、本当によく頑張ってるよ。辛いだろう?」
「はい…。兵隊さんたちはすごいですね。ずっと馬に乗って、夜だって順番に見張りをしてゆっくり休めないのに、だれも具合が悪くならないなんて、本当に尊敬します」
「俺たちは鍛えているからな」
「はぁ~、足手まといになって、ほんとすみません…」
「気にすんなって!俺だって15の時に初めて兵役に出たときは、慣れない野営で風邪ひいちまってよ。熱出して周りに散々迷惑かけちまった。最初は仕方ねえよ。ましてや、あんたはかわいい女の子だからな」
その時、周囲に伝令の声が響いた。
「本日はここで野営だ。明日、敵陣と衝突する。しっかり体を休め、明日に備えよ!」
伝令は繰り返し指示を唱えながら、全体を回っている。
サクは敵陣と衝突、と聞き、急に不安が胸の中に膨らんで来た。戦場に身を置くなど、考えたこともなかった。邪魔にならないように後方で小さくなっているしかないと思うが、なにかできることがあるのなら力になりたい。
(蒼月様に、何かできることはないか聞いてみよう)
サクは前の方にいる蒼月を探そうと、立ち上がった。少し移動してみたが、蒼月が見当たらない。蒼月が乗っていた馬は、兵士に世話をされているのを見かけた。
(そう言えば、以前も蒼月様は一人になりたがって茂みに分け入っていらしたわ)
サクは何となく、人気のない茂みの方に蒼月がいるのではないかと感じて、奥へと足を延ばした。すると予想通り、大きな木の根元に座り込んだ蒼月を見つけた。蒼月は苦しそうに目を閉じていた。その顔には、首の方から青黒い痣の様なものが這い上がり、うごめいているのが見えた。
「…っ!蒼月様!大丈夫ですか?」
走り寄ったサクの声に、蒼月はぎょっとして目を開いた。
「来るな!」
発作の姿を人に見られると、ほとんどすべての人が蒼月を恐れ、罵り、逃げて行った。醜く、恐ろしい姿を、サクに見られたくなかった。しかしサクは制止も聞かず、蒼月の傍らに膝をついて、蒼月の体を支えようと手を触れた。
「蒼月様、しっかり!お苦しいのですか?」
その途端、蒼月は己の中に巣食う激しい破壊衝動が、収まって行くのを感じた。浮かび上がっていた紋様も、スッと消えて行った。
「なんと…」
生まれてからこれまで、この身に巣食う呪いを抑えようと苦しみもがいて来た。強靭な意志の力で破壊衝動を抑え込むが、このような短時間で衝動が消えたことなど一度もなかった。サクは蒼月の発作を一瞬で収めてしまったのだ。
「咲弥、ありがとう。もう大丈夫だ」
サクはホッとして、持っていたハンカチで蒼月の額の汗をぬぐってやった。
「よかったです。びっくりしました。さっきのは一体なんなのです?」
「…あれは呪いだ」
「呪い?」
「生まれたときから私は呪われている。これは私の先祖から受け継がれて来た血への呪いなのだ」
「生まれたときからこのように苦しい発作が?」
「ああ、そうだ。存在するすべての物を壊してしまいたくなる。意志の力で抑え込んでいるが、なかなかに苦しい」
「そうなんですね…。あの痣も?」
「あれは呪いを抑えようとする呪文が体に浮かび上がっているらしい。…私のことが恐ろしくなったか?」
「呪いは恐ろしいです」
「だろうな」
蒼月は落胆した。サクならば、あるいは受け入れてくれるのではないかと、期待してしまった。あのような醜い紋様を見て、受け入れてくれる者などいるわけがないのに。
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