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第34話 禁書
しおりを挟む王家の禁書庫の中に、蒼月は一人、灯りのランプを持っていた。光や湿気の影響を避けるため、地下に作られた禁書庫。ランプの灯りがわずかに風に揺らされている。どうやら密室に見えるこの書庫にも空気を取り込むための風穴が開いているらしい。埃もかぶらずきれいな室内を見るに、定期的に手入れはされているようだ。
蒼月はこの数週間、毎日やって来ては目当ての書物を探した。そしてついに、呪いの正体を知るヒントとなりそうな記述を見つけた。文官と思われる男の手記である。
曰く、その昔、王太子となった王子がとある巫女に恋をした。巫女は舞の名手で、たいそう美しく清らかな娘であった。しかし身分違いの恋は実らず、二人を引き裂こうと王が手を回し、巫女は殺されてしまった。物語のような悲恋だが、史実として記載されている。
「愛する巫女を失いたる御子、怒りに我を忘れ給ひ天と地を破壊す。御子を恐れし民草逃げまどい、罪なき蒼生虐殺されん。怒りを鎮めんと神職ありて御子の全身に祝詞を刻み給ふ。ついには御子、荒神と成り給へりりし。神職是を憐れみて、いつか二人の魂が交わらん時、此の苦しみに終わらんことを願ったる」
この記述を目にした途端、蒼月の中にぶわっと怒りの感情が沸き起こった。いつもの破壊衝動を、さらに倍にしたほどの強い怒り。そしてその中には、深い悲しみも、暗い絶望も混ざっている。
(ああ、これは。この御子が私の中にいるのだ)
蒼月は御子の存在を確信した。そして同時に、巫女の魂がサクに宿っていることも。自分が感じている激しい感情は、この御子の感情だったのだ。今ではお伽噺と鼻で笑われるこの逸話は、確かに過去に起きた出来事だったのだろう。
(愛する巫女を殺された王太子が怒りでおかしくなった、ということか。しかし、天と地を破壊とはどういうことだ。罪なき民が虐殺されたとは、一体何が起きたのだろうか)
どんなに怒りに身を任せたとて、天地を破壊するなどできやしない。しかし、呪いの発作に耐えているときに、確かにすさまじい破壊衝動を感じていた。ただの怒りではない。体の内側、腹の底からドクドクと脈打ってあふれ出る力のような物。
あの力を抑えずに放出したとき、一体どのようなことが起きてしまうのか考え、うすら寒い思いをした。なにしろ、毎回発作の度に気力を振り絞って抑え込んでいるが、いつ失敗してもおかしくないと思うほどに、耐えがたい衝動なのだから。
本を丁寧に棚にしまい、地下深くから地上へと戻った蒼月を、いまかいまかと待ちわびている者がいた。
「蒼月様、大変だ!咲弥が…」
暗い金書庫から出て来たばかりで、外の光がまぶしく感じた蒼月は、腕をかざして何とかまぶしさを軽減し、声の主を見た。
「雷門、そんなに慌ててどうした。咲弥に何かあったか」
「咲弥が落っこちただ!舞台のてっぺんから真っ逆さまに!」
「なんだって!」
蒼月は踵を返して急ぎ足で神楽座へと向かった。
神楽座へ着いた時には、すでに医者は帰ったあとで、蒼月はすぐに咲弥が寝かされている部屋へ案内された。座敷に急遽設えられた寝床に、サクは横たわっていた。血の気の引いた青白い顔色。頭には厚く白布が巻かれている。
「咲弥…」
蒼月はサクの手を取り、ぬくもりを感じて少しだけホッとした。
(生きている…)
意識がない状態でも、サクの手に触れると蒼月の体の重みはふっと軽くなる。
(咲弥を失いたくない―)
呪いの無効化のためではなく。サクが死ぬかもしれないと思っただけで、立っていられないような寄る辺ない思いがした。
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