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第30話 サブロの試練②
しおりを挟む「帝の妃だったマウキ様は、帝のお気に入りの舞姫だった。大変お美しいが、気は弱く大人しいお方だった…」
サブロは当時の第三皇子、現在は王弟となった炳燗の護衛を勤めていた。炳燗の母は右大臣の父を持つ位の高い妃である。祖父に当たる右大臣も、母も威張り腐った大人であったせいか、炳燗も傲慢に育った。容姿は貴公子のようだったが、頭の悪い男だった。
炳燗はあろうことか父の妃であるマウキに懸想し、嫌がるマウキを無理矢理手籠めにしてしまったのだ。そんなことが知られれば、姦通罪でマウキは死罪となってしまう。見かねたサブロは、マウキを連れて後宮を出たのだった。
「そんなことをしたら、父ちゃんたちに迷惑がかかることはわかっていた。だが、どうしても見過ごすことができんかった。本当にすまん」
「もう謝らんでええって。命を懸けてお守りしたいお姫様だったんだろ?わしらはお前が立派な男になって誇らしい。だが、王宮の兵は第三皇子の話などせん。サブロが姫さんを攫ったひどい犯罪者だと村中に触れてまわっとった。イチロとジロは村におったら嫁も来んから、遠く離れた町に出て行った。いまだにお前は犯罪者で、わしらは犯罪者の家族だ。だから、お前が帰って来て嬉しいが…」
父は消沈した面持ちで言葉を濁した。サブロは背筋を伸ばして、父にはっきりと言った。
「わかっとる。これ以上は迷惑をかけられんから、すぐに出て行くよ。どうしても会って、謝りたかったんだ」
「朝までは休んでお行きよ」
母の言葉に、サブロは首を振った。
「明るくなる前に出て行くよ。どうか二人とも、元気で長生きしてくれ」
「お前も体に気を付けてな」
別れを惜しみながらも、暗闇に紛れながらサブロは家の外に出た。慎重に裏の茂みに身を隠そうとしたとき、音もなく背後に立った何者かに口を覆われ、ハッとした瞬間に何かの薬品を嗅いでしまった。
(まずい…。見張られていた…か…。父ちゃん、母ちゃん、どうか…無事で…)
薄れゆく意識の中で、サブロは両親の無事を願った。
悪い夢を見ていた。
「殿下、おやめください!」
「うるさい!」
「殿下!!いけません!」
舞の名手として帝の目を楽しませている寵姫マウキの許へ、第三皇子の炳燗が乱入しようとした際、護衛騎士だったサブロは顔色を変えて必死に皇子を止めようと声を上げた。しかし、炳燗は聞く耳を持たない。
「うるさい!お前は外で立っておれ!」
高貴な身体に触れてはならぬと厳しく言いつかってきたせいで、言葉以外に王子を引き留める術を持たない。女性の暴行を見逃すことはできないと思っても、力づくで止めることもできず、結局サブロの目の前で、マウキの部屋の扉は閉ざされた。
「な、なにをされるのです…!」
「舞才人よ、私に愛されるのだ、喜ぶがよい」
「お戯れを!おやめくださいませ!」
「恥ずかしがるでない」
そんなやり取りの聞こえてくる廊下で、なすすべもなくじっとこぶしを握り締めて立ち竦む。床に物が倒れる音、マウキの弱々しい悲鳴、下品な皇子の声。様々な音が漏れ聞こえてくるたび、サブロはギリギリと音がするほど歯を食いしばり、目を強く瞑って激しい気持ちに耐える。
どれほどのひどいことがマウキの身に起きているのか、サブロは正確に把握しながら、一歩もそこから動くことができなかった。
いつの間にか皇子はいなくなり、暗闇の寝台の中で声を殺して泣くマウキと、それをただ悲しく見つめるサブロだけが取り残された。
「殺してくださいませ…!」
マウキは濡れた瞳でサブロを見上げ、かすれる声で哀願した。サブロは驚き、マウキのすぐそばに膝をついた。
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