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第28話 天龍王との面会②
しおりを挟む蒼月は見たこともない母、若葉を思ってわずかな時間、目を静かに閉じた。
自分ははじめから殺されるはずの子どもだったのだ。そうとも知らず母は自分を産み、自分をかばって死んだのだ。わずかながら、胸が痛む。
蒼月は再び目を開けると、天龍に問うた。
「なるほど、呪いの真実を私に告げなかった理由はわかりました。しかし、それならばなぜ、私を始末しなかったのでしょうか」
天龍は苦々しい表情で蒼月を見た。
「わが手を汚さなくても、勝手に死ぬと思ったのだよ。あのように小さい赤子が呪いに身を蝕まれて、助かるはずがないと。しかしお前はしぶとく生き残った。しかも破壊衝動まで抑え込んでおる。計算外といったところだな」
ひどい言いようにも、蒼月は顔色を変えなかった。親の愛など、とうに諦めたものだったから。
「それは申し訳のないことをしました。死ねと申しつけていただけたら、とっくに死んでいたでしょうに。それで、呪いの無効化については、何をご存知なのですか」
天龍はふー、っとため息をついた。
「かわいげもない。‥‥この呪いの起源と言われるお伽噺があるのだ」
「お伽噺?」
「それを知りたいと言うなら、禁書庫への立ち入りを許可してやろう」
「ぜひ、知りたく存じます」
「馬鹿馬鹿しい話だ。私は信じていない。無駄に期待はするな」
「わかりました。感謝申し上げます」
蒼月は深々と礼をして、立ち去った。
後に残された天龍は、蒼月の姿を見送ってつぶやいた。
「あるいは、誠だったのか…」
天龍の瞳に浮かぶ色は、感情のままに複雑に揺れ動くのであった。
天龍との面会を終えて書庫へ向かおうとした蒼月の足を止めたのは、王太子の天翔だった。
「待て。お主、父上に書庫への立ち入りを願い出たとは真か」
蒼月に話しかける天翔は、いつでも少し拗ねたような、憧れと嫉妬が混ざり合った視線を向けてくるのだが、この時は真摯でまっすぐな目だった。
「これは殿下、ご機嫌麗しゅう」
「挨拶など良い!父上と謁見しておったのだろう?」
「はい、さようでございます」
「書庫への立ち入りを許可されたのか」
「なぜそのようなことをお尋ねになるのですか」
天翔は下唇を少し噛んで、わずかに俯いた。
「お主は、一体何者なのだ。もしや父上の隠し子なのではないか?そうであれば、兵部の副官に抜擢されるのもわかるし、簡単に謁見が叶うのも、書庫への立ち入りが許されるのも納得できるのだ」
蒼月は相変わらずのポーカーフェイスを貫いている。
「殿下もご存知の通り、私は孤児でございました。親無し子の私を当時の尚書令だった義父に引き取られ宗氏を名乗るようになりました。私の母は私を産んで間もなく死んだと聞いております。母を失った私を、父は捨てたのです」
「その父は、だれなのだ。陛下なのではないか」
「父がどのような人物であったのか、私が知っていようといまいと、庇護がなければ生きていけない赤ん坊を捨てた父を、私は父と思わない。だから、私には父も母もいないのです」
天翔は口をつぐんで、蒼月の顔をじっと見た。蒼月は輝くばかりの美男子で、天翔はそうでもない。しかし、よく見れば、目元が似ているようにも思える。そんなことを考えながら蒼月を見つめていれば、蒼月は大きく息を吐いて呆れたように言った。
「殿下。私は元孤児とは言え、今は宗氏宗家の後継です。私が兵部の副官などという肩書を頂いているのは、ひとえに宗氏の力ゆえ。代々宗氏は尚書省の重役を務めて来た家柄なのはご存知でしょう。書庫への立ち入りが許可されたのは、国の存亡にかかわる重大事の調べごとだからです。私が陛下の隠し子であるなど、そのような理由ではありません」
「しかし…」
「殿下の御懸念は、この私が陛下の子で王太子殿下から王位を簒奪するのではないかということでしょうか」
「…いや」
「そのようなことは絶対にありえません。可能性の一つとして、私が陛下の隠し子であったとしましょう。認知もされておらず、これまで何の援助も受けておりません。であれば、陛下が私に目を掛けることは今後もないでしょう。それに私は陛下、ひいては王太子殿下に忠誠を誓っております。仮に陛下の血を引いていたとしても、決して、王位の簒奪などしませぬ。天翔殿下の治世を必ずや支えてみせましょう。この誓いでは不十分でしょうか」
天翔は何かを言いかけて口を開けたが、思いとどまった。しばし口をつぐんでから、静かに言った。
「…忠誠に感謝する」
蒼月は満足そうにうっすらとほほ笑むと、頭を下げた。
「もったいないお言葉でございます。では、これにて失礼します」
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