26 / 53
第26話 呪いの発現③
しおりを挟む不幸をまき散らす蒼月を始末しろ、という声まで出始めたころ、ついに青葉は逃げることを決意し、生まれつき体の弱い蒼月を実家で療養させたいと願い出た。実のところ、青葉の実家にすでに両親はなく、青葉の兄が後を継いでおり、里帰りなど歓迎されない。だが、口実として宮中を出たらそのまま遠く、マアサの生まれ故郷まで逃げおおせようと考えたのだ。
しかし、この願いは却下されてしまった。
「許可が下りなかったですって…!」
「そればかりか、陛下に蒼月様の顔を見せに参上せよとの仰せでございました」
「体が弱くて出向けないと言ってくれたの?」
「もちろんでございます。それでは近々こちらのお渡りになるとのことでございます」
「…!どうしてなの?これまで一度も顔を見せろなんて仰せにならなかったのに!」
「蒼月様の呪いの話がお耳に入ったのかもしれません。最近では堂々と蒼月様の処分を口にする貴族がいるらしいので」
「なんてこと!ああ、どうすればいいの」
母の不安が伝線したのか、蒼月がギャッと泣き出した。腕にはまた、かの紋様が浮かび上がり始めた。
「蒼月、泣くなや。お前のことは母が必ず守るから、大丈夫、大丈夫よ」
蒼月をぎゅっと抱きしめて、青葉自身も両目から涙を流した。
「お嬢様、こうなってしまっては仕方ありません。業者の荷に紛れて逃げましょう。このマアサがきっちり手配致しますから、蒼月様を連れてお逃げください」
「でも…。マアサはどうするの」
「心配いりません。お嬢様が逃げたら、後始末をしてマアサも後を追います。ご決断を」
青葉はしばらく考えを巡らせていたが、結局頷く以外の方法はなかった。
その夜。
蒼月をあやしながらいつの間にかウトウトと眠りについてしまった青葉は、ふと嫌な空気を感じて目覚めた。月明かりもない漆黒の真夜中。自分と息子以外の者の息遣いが聞こえた気がして、一気に緊張感が高まる。緊張に胸がドキドキと波打つ。
侵入者は悟られたと知ってか、気配も隠さずタンっと音を立てて引き戸を開き、母子に襲い掛かった。青葉はまだ自分の腕の中で眠っている蒼月の上に覆いかぶさった。
(この子だけは!)
守りたかった。生まれながらに呪いなどというものをその身に宿し、苦しむ我が子の、せめて命だけは。
そんな青葉に、男は躊躇なく刃物で袈裟懸けに切りつけた。青葉の背中から血が噴き上がった。続いて蒼月の命を奪うため青葉の体をのけようとしたが、青葉はしぶとく蒼月を抱え込み離れない。
チッ、と軽く舌打ちをして、青葉を手荒に蹴飛ばそうとした時だった。ヒュンと空気を引き裂く音がしたかと思えば、男が声もなく倒れた。
「青葉殿、お気を確かに。今、助けが参ります故」
王の側近と言われる家臣の一人であった。物音を聞きつけ駆けつけたマアサの叫ぶ声や、ドタドタと何人もの人が走る廊下の音を遠くに聞きながら、青葉は意識を失った。
青葉は必死の手当てにも関わらず、その後一度も意識が戻らず命を落とした。天龍の指示で、蒼月は母と共に死んだことにされた。そうであれば、これ以上命を狙われることもなくなる。人目に付かぬよう厳重に警護された離宮の奥で、蒼月は育つことになる。マアサとサワだけが蒼月との接触を許された。
呪いによる破壊衝動を制御できる歳になるまでの事実上の幽閉であった。
血のにじむ努力の末、呪いをある程度制御できるようになり、離宮から出ることができたのは、蒼月が16の歳になった時だった。
死んだことになっている身のため、事情を知る数少ない貴族家の養子となり出仕することになった。それなりに出世し、兵部では副官にまでなったが、常に蒼月の心は空虚であった。
自分のせいで母を失った。記憶のかけらも残っていない母。自分をかばって斬られたというのなら、きっと愛してくれていたのだろう。
しかし母のぬくもりも、愛も、蒼月は知らない。
苦しい発作に耐えながら、一体何をよすがに生きればいいのか、蒼月にはわからなかった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】シロツメ草の花冠
彩華(あやはな)
恋愛
夏休みを開けにあったミリアは別人となって「聖女」の隣に立っていた・・・。
彼女の身に何があったのか・・・。
*ミリア視点は最初のみ、主に聖女サシャ、婚約者アルト視点侍女マヤ視点で書かれています。
後半・・・切ない・・・。タオルまたはティッシュをご用意ください。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる