神楽舞う乙女の祈り

玖保ひかる

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第26話 呪いの発現③

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 不幸をまき散らす蒼月を始末しろ、という声まで出始めたころ、ついに青葉は逃げることを決意し、生まれつき体の弱い蒼月を実家で療養させたいと願い出た。実のところ、青葉の実家にすでに両親はなく、青葉の兄が後を継いでおり、里帰りなど歓迎されない。だが、口実として宮中を出たらそのまま遠く、マアサの生まれ故郷まで逃げおおせようと考えたのだ。

 しかし、この願いは却下されてしまった。

「許可が下りなかったですって…!」

「そればかりか、陛下に蒼月様の顔を見せに参上せよとの仰せでございました」

「体が弱くて出向けないと言ってくれたの?」

「もちろんでございます。それでは近々こちらのお渡りになるとのことでございます」

「…!どうしてなの?これまで一度も顔を見せろなんて仰せにならなかったのに!」

「蒼月様の呪いの話がお耳に入ったのかもしれません。最近では堂々と蒼月様の処分を口にする貴族がいるらしいので」

「なんてこと!ああ、どうすればいいの」

 母の不安が伝線したのか、蒼月がギャッと泣き出した。腕にはまた、かの紋様が浮かび上がり始めた。

「蒼月、泣くなや。お前のことは母が必ず守るから、大丈夫、大丈夫よ」

 蒼月をぎゅっと抱きしめて、青葉自身も両目から涙を流した。

「お嬢様、こうなってしまっては仕方ありません。業者の荷に紛れて逃げましょう。このマアサがきっちり手配致しますから、蒼月様を連れてお逃げください」

「でも…。マアサはどうするの」

「心配いりません。お嬢様が逃げたら、後始末をしてマアサも後を追います。ご決断を」

 青葉はしばらく考えを巡らせていたが、結局頷く以外の方法はなかった。

 その夜。

 蒼月をあやしながらいつの間にかウトウトと眠りについてしまった青葉は、ふと嫌な空気を感じて目覚めた。月明かりもない漆黒の真夜中。自分と息子以外の者の息遣いが聞こえた気がして、一気に緊張感が高まる。緊張に胸がドキドキと波打つ。

 侵入者は悟られたと知ってか、気配も隠さずタンっと音を立てて引き戸を開き、母子に襲い掛かった。青葉はまだ自分の腕の中で眠っている蒼月の上に覆いかぶさった。

(この子だけは!)

 守りたかった。生まれながらに呪いなどというものをその身に宿し、苦しむ我が子の、せめて命だけは。

 そんな青葉に、男は躊躇なく刃物で袈裟懸けに切りつけた。青葉の背中から血が噴き上がった。続いて蒼月の命を奪うため青葉の体をのけようとしたが、青葉はしぶとく蒼月を抱え込み離れない。

 チッ、と軽く舌打ちをして、青葉を手荒に蹴飛ばそうとした時だった。ヒュンと空気を引き裂く音がしたかと思えば、男が声もなく倒れた。

「青葉殿、お気を確かに。今、助けが参ります故」

 王の側近と言われる家臣の一人であった。物音を聞きつけ駆けつけたマアサの叫ぶ声や、ドタドタと何人もの人が走る廊下の音を遠くに聞きながら、青葉は意識を失った。

 青葉は必死の手当てにも関わらず、その後一度も意識が戻らず命を落とした。天龍の指示で、蒼月は母と共に死んだことにされた。そうであれば、これ以上命を狙われることもなくなる。人目に付かぬよう厳重に警護された離宮の奥で、蒼月は育つことになる。マアサとサワだけが蒼月との接触を許された。

 呪いによる破壊衝動を制御できる歳になるまでの事実上の幽閉であった。

 血のにじむ努力の末、呪いをある程度制御できるようになり、離宮から出ることができたのは、蒼月が16の歳になった時だった。

 死んだことになっている身のため、事情を知る数少ない貴族家の養子となり出仕することになった。それなりに出世し、兵部では副官にまでなったが、常に蒼月の心は空虚であった。

 自分のせいで母を失った。記憶のかけらも残っていない母。自分をかばって斬られたというのなら、きっと愛してくれていたのだろう。

 しかし母のぬくもりも、愛も、蒼月は知らない。

 苦しい発作に耐えながら、一体何をよすがに生きればいいのか、蒼月にはわからなかった。


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