神楽舞う乙女の祈り

玖保ひかる

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第25話 呪いの発現②(蒼月の過去)

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「呪い?化け物?一体何を言っているの?」

 青葉は戸惑い、あとに残されたサワに尋ねた。サワも先輩女中の二人の行動が理解できず、ぽかんとしていた。

「はぁ、それが、殿下は癇が強いから、虫封じをした方がいいと言う話になって、それならもうしていただいたようですよって、殿下の腕を見ただけなのですが…」

「虫封じ?」

「ええ、ほら、これ虫封じですよね?」

 サワが産着の袖口を軽くめくって見せると、青黒い紋様がびっしりと小さな体を埋め尽くしており、青葉は体をこわばらせて目を見開いた。マアサも驚いたが表情には一切出さず、若いサワをねぎらった。

「癇の強い殿下のお世話は大変でしょう。よく面倒を見てくれて青葉様も感謝しておられますよ」

 青葉は慌てて表情を取り繕い、ゆったりとほほ笑み頷いて見せた。

「ええ、本当に。いつも蒼月のお世話をありがとう。少し蒼月を抱いていたいの。変わってくださるかしら」

「ええ、もちろんです!もったいないお言葉をありがとうございます!」

 サワは満面の笑みで蒼月を青葉の腕に移した。

「それではあなたは少し休憩でもなさい。後のことは私にまかせて」

 マアサが指示を出すと、サワはぺこりと頭を下げて出て行った。青葉は蒼月を抱きながらペタリと座り込み、体を震えさせていた。

「お嬢様、しっかりなさってください。こういったことに詳しい呪術師を呼びましょう」

「待って!そのような者を呼んでは、何かあったと知られてしまうわ。陛下のお子が呪われているなんて知られたら、大変なことになるわ。きっとこの子は殺されてしまう…!だれにも知られないようにしなくては・・・ !」

「絶対に口外しない信頼できる呪術師がおります。その者だったら心配ありませんので、手配しましょう」

「…わかったわ。その者を呼んでちょうだい。それから、先ほどの女中たちにも口止めを」

「かしこまりました」

 マアサの手配した呪術師は、呪いの正体はわからないし解くこともできなかったが、体に浮かびあがる紋様は呪いを抑え込むための呪文であると判じた。

 辞めると言った女中たちには口止めの金子を持たせたが、人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、いつしか宮中の人々の間で、蒼月は物の怪付きだと噂が流れていた。

 それから数か月、今や使用人のほとんどがこの宮を離れ、侍女のマアサと女中のサワが蒼月の世話をするのみとなった。

 蒼月自身は相変わらず異常に泣きわめくものの、乳はよく飲み、すくすくと大きくなっていた。

 一方で青葉は日に日に憔悴し、痩せこけていく。というのも、陰に日向に「化け物を産んだ女」と蔑まれ、嫌がらせを受けていたために気丈な青葉も心労がたまっていた。青葉は部屋に閉じこもって宮中に姿を現すことがなくなった。

 用を済ませるためにマアサが宮中を歩けば、好奇と嫌悪が混ざったような視線を向けられたりもした。

「アンタも大変ね。早いとこ、見切りをつけた方がいいよ」

「化け物って言ったって、ほんの子供だろう?」

 親切な女中はそんな風に声を掛けてきたりもしたが、それも次第になくなった。

 折悪しく都を襲った暴風雨や、土砂崩れの知らせが届くと、蒼月の呪いが巻き起こしていると言った流説が蔓延り、母子の立場は危うくなっていった。

 ついには食事を用意しに行ったマアサに残飯を投げつける者まで現れた。青葉を飢えさせまいと、マアサは嫌がらせを受けながらも必死に厨房へ出向くが、追い払われて食事が手に入らないこともあった。人が出払う隙を狙って、食材を盗むように持ち去ろうとした所を見つかり、盗人という不名誉な呼び名まで付け加えられるようになった。

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