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第23話 ひとすじの希望
しおりを挟む「清切様、本日はお運びいただき有難うございます。お久しゅうございます」
「紫苑殿、ご招待ありがとう」
「清切様、こちらにお掛けになって」
「では失礼して」
完全に紫苑の目はハート型になっている。一緒に入って来たサクと蒼月のことなど、目に入らぬ様子。
「あのー、座長。こちら蒼月様です。私の恩人の」
「え?あら、これは失礼しましたわ」
「はじめまして、座長殿。私は宋蒼月、そちらの清切の友人です。咲弥をあずかっていただいてありがとうございます」
「お気になさらないで。清切様のお願いですもの、むげには致しませんわ」
「今後とも、咲弥をお願いします」
紫苑に礼を言って、蒼月はもう帰ると言う。一緒に帰ろうとする清切を制して、蒼月はサクと部屋を出た。
「咲弥、少し話しながら歩かないか」
蒼月にそう誘われて、サクは喜んで蒼月の隣に並んで外に出た。王都は今日も賑わっている。二人は特に目的もなく、ゆっくりと歩いた。
「王都の街にも慣れたか?」
蒼月の問いに、サクはゆるゆると首を横に振る。
「それが、忙し過ぎて、全然町に出ていないんです。毎日お稽古をつけてもらっていると時間がなくて。あ、ここの飴屋さん。初めて神楽座へ行った日に悠遊様に買ってもらったんですよ。雷門が気に入っちゃって。あ、ライのことです、雷門って」
「ライに聞いたよ。横笛が上達したらしいな」
「そうなんです!雷門は笛の才能があったみたいで。でもそれより舞姫に夢中で」
「困ったやつだ。咲弥の側にいるようにと、神楽座へ入れたのに」
「私は大丈夫ですよ。雷門が一緒に来てくれて正直心強かったですけど、ちょっと悪いなぁと思っていたので、あんなに楽しそうに舞姫を守っているのが嬉しいんです」
「そうか」
おしゃべりをしながら歩いていると、すれ違いざまにどんとサクの肩に男がぶつかって来た。
「きゃっ」
サクはよろけて後ろに倒れそうになったが、蒼月が咄嗟に抱き留め、転ばないで済んだ。
「大丈夫か」
「すみません」
「混み合ってきた。はぐれないように手をつないでいこう」
「は、はい…」
サクの手を蒼月の大きな手が包み込む。蒼月の体温を感じて、サクは気恥ずかしくて俯いた。
一方、蒼月はサクに触れたとたんに、体が軽くなったように感じ驚き、サクとつないだ手を驚愕の目で見ていた。
(なんだ、これは…。体の重さが消えた…)
生まれてこの方、ずっと呪われている蒼月は、体が重く怠い状態が普通のことだと思っていたが、実は異常だったことに初めて気が付いた。呪いの影響は、発作だけではなかったのだ。人々はこんなにも軽い体で生きているのかと、衝撃を受けた。
「あ、蒼月様。その露店に寄ってもいいですか?」
サクは目についた装飾小物を売っている露店を指さした。髪飾りや帯飾り、男性用の組み紐などが並んでいる。
「何か欲しいのか」
蒼月は何食わぬ顔を取り繕って、露店に立ち寄った。
「いえ、あの、蒼月様に簪のお礼をしたくて。この組み紐、素敵です。蒼月様の髪色によく似合いそう」
サクが手に取ったのは紫紺の細い組み紐だった。
「礼など不要だ。咲弥が喜んでくれれば、それでいい」
「ありがとうございます。でも、私も蒼月様が喜んでくれたらいいなって、思うので…」
そう言ってサクは露店の店主にお金を払い、紫紺の組み紐を買った。
「蒼月様、よかったら使ってください」
「ありがとう。では、結んでもらおうか」
蒼月はそう言ってさらっと髪をなびかせ背を向けた。
サクは頬を赤くしながら、蒼月の長い美しい髪を組み紐でくくった。
「わあ、やっぱり綺麗」
「そうか。ありがとう。大切にするよ」
「…はい」
蒼月は再びサクの手を握って歩き出した。
(やはり、咲弥の手を握っていると軽い)
組み紐を買う時に手を放したら、ずんと体の重さが戻って来た。短時間とはいえ解放された後だったせいか、この体の重さが一層辛く感じる。
(一体、どういうことなんだ。なぜ咲弥に触れていると体が軽くなるのだ?)
誰かに触れると、呪いが軽減するなど、初めてのことだった。
(咲弥には呪いを打ち消す力があるのかもしれない)
蒼月は絶望の人生の中に、ようやくサクという一筋の希望を見出したのだった。
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