22 / 37
第22話 初舞台③
しおりを挟む演目は神楽座の新作。一人の美しい女性を巡って、兄と弟が争う悲しい物語。弟と恋仲だった女性を、兄が奪い自分の妻としてしまう。弟を慕いながらも、兄のものとなってしまった自分を憎み、悲しむ女性を凛音は見事に演じ、舞い、歌った。
彩喜は、恋に破れた弟に嫁ぐ女性の役どころを、こちらも見事に演じた。いつまでも振り向くことのない弟への恋情を燃え上がるほどの恨みと共に表現しきった。
サクに役などはもちろん付いていない。凛音や彩喜が舞い踊る、その後ろで燃え上がる恋情となったり、恨みの炎となったり、群舞の一部となって舞った。
彩喜の衣装替えの手伝いや小物の準備の仕事も、自分の出番と同時進行でこなさなければならない。公演中、ずっと気を張り、あちらこちらへと駆けまわっていると、舞台を作り上げている一部になっている実感がサクを満たした。
終演の挨拶で、一番後ろの端っこに並び、客席に向かってお辞儀をする。劇場中に満たされる拍手の音に、胸がいっぱいになる。舞台の中央でにこやかに拍手を受けていた凛音がスッと片手を胸の前でかざすと、客席が一気にしんと静まる。
「本日はわたくしどもの新作をご覧いただきまして誠にありがとうございました。手前勝手ではありますが、本日初舞台を踏みました者を紹介させてください。咲弥でございます」
凛音に紹介されると、サクの前に立っていた先輩たちがさっと横にずれてサクを前列に押し出してくれた。あわあわとしながらサクは前に出て、普段から彩喜に指導されていた通りの美しいお辞儀をした。ゆったりと頭を上げると、客席から大きな拍手が送られた。
(みなさんが、私に拍手を送ってくださっている…!なんて幸せなの!)
サクは自然と笑顔があふれ、ちょこっと涙が目にたまった。ふわっと笑った表情に、多くの客が魅せられたことに、まだ神楽座の面々は気が付いていない。
閉幕し、役者たちは自分を贔屓してくれる客に挨拶したり、贈り物を受け取ったりと忙しい。サクはいつも通り、さっさと彩喜の衣装と小道具の手入れをしようと裏に引っ込んでいたが、ライが慌てた様子で呼びに来た。
「サク、じゃない、咲弥!蒼月様からいただいた千社札さ持って、表に出ねえと。蒼月様も待ってるで!」
「えっ!わかったわ、すぐ行く!」
サクは楽屋から千社札を持って、ロビーに出た。すると、気が付いた客たちにどんどん声を掛けられ、次々に千社札を請われ、当の本人が目を丸くしているうちに、あっという間にすべての千社札が捌けてしまった。
いつもは凛音の護衛を買って出ているライも、この時はサクのすぐそばで客を捌いてくれた。
あらかた客が帰った後に、ようやく蒼月と言葉を交わすことができた。
「蒼月様、本日は真にありがとうございます」
サクが礼を言うと、蒼月は静かな微笑みを浮かべて祝ってくれた。
「ご招待ありがとう。とてもよい舞だったよ。咲弥という名前もいいじゃないか。これからは咲弥と呼ぶよ」
「ありがとうございます!すべて蒼月様のおかげです」
「いや、私は連れて来ただけだからね」
「蒼月様、あの、簪もありがとうございます。とてもきれいな色で、さっそく着けさせていただきました」
「とても似合っているよ。気に入ってくれたならと嬉しい」
優しい眼差しでそう言われ、サクはちょっとだけ照れて赤くなった。
「あの、もしかしてそちらのお連れの方は…」
「ああ、咲弥は初めてだったね。こちらは清切、私の友人だ」
手紙で頼んだ通り、清切を連れて来てくれていた。蒼月と清切が並ぶと、そこらの役者よりずっと美しい容姿もあって、やたらと目立つ。女性客がチラチラと二人を盗み見て行く。
「清切様、瑠璃光院を紹介してくださって、本当にありがとうございました。おかげさまで、本日、初舞台を踏むことができました」
「はじめまして、咲弥さん。とてもよい舞台でした」
「ありがとうございます。座長がお会いしたがっていました。どうぞ、楽屋へ足をお運びください」
二人を案内して座長部屋へ連れて行くと、いつもはしどけない格好でぷかぷかと煙管をふかしている紫苑が、きれいに身支度をしてにこやかに出迎えた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる