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第22話 初舞台③
しおりを挟む演目は神楽座の新作。一人の美しい女性を巡って、兄と弟が争う悲しい物語。弟と恋仲だった女性を、兄が奪い自分の妻としてしまう。弟を慕いながらも、兄のものとなってしまった自分を憎み、悲しむ女性を凛音は見事に演じ、舞い、歌った。
彩喜は、恋に破れた弟に嫁ぐ女性の役どころを、こちらも見事に演じた。いつまでも振り向くことのない弟への恋情を燃え上がるほどの恨みと共に表現しきった。
サクに役などはもちろん付いていない。凛音や彩喜が舞い踊る、その後ろで燃え上がる恋情となったり、恨みの炎となったり、群舞の一部となって舞った。
彩喜の衣装替えの手伝いや小物の準備の仕事も、自分の出番と同時進行でこなさなければならない。公演中、ずっと気を張り、あちらこちらへと駆けまわっていると、舞台を作り上げている一部になっている実感がサクを満たした。
終演の挨拶で、一番後ろの端っこに並び、客席に向かってお辞儀をする。劇場中に満たされる拍手の音に、胸がいっぱいになる。舞台の中央でにこやかに拍手を受けていた凛音がスッと片手を胸の前でかざすと、客席が一気にしんと静まる。
「本日はわたくしどもの新作をご覧いただきまして誠にありがとうございました。手前勝手ではありますが、本日初舞台を踏みました者を紹介させてください。咲弥でございます」
凛音に紹介されると、サクの前に立っていた先輩たちがさっと横にずれてサクを前列に押し出してくれた。あわあわとしながらサクは前に出て、普段から彩喜に指導されていた通りの美しいお辞儀をした。ゆったりと頭を上げると、客席から大きな拍手が送られた。
(みなさんが、私に拍手を送ってくださっている…!なんて幸せなの!)
サクは自然と笑顔があふれ、ちょこっと涙が目にたまった。ふわっと笑った表情に、多くの客が魅せられたことに、まだ神楽座の面々は気が付いていない。
閉幕し、役者たちは自分を贔屓してくれる客に挨拶したり、贈り物を受け取ったりと忙しい。サクはいつも通り、さっさと彩喜の衣装と小道具の手入れをしようと裏に引っ込んでいたが、ライが慌てた様子で呼びに来た。
「サク、じゃない、咲弥!蒼月様からいただいた千社札さ持って、表に出ねえと。蒼月様も待ってるで!」
「えっ!わかったわ、すぐ行く!」
サクは楽屋から千社札を持って、ロビーに出た。すると、気が付いた客たちにどんどん声を掛けられ、次々に千社札を請われ、当の本人が目を丸くしているうちに、あっという間にすべての千社札が捌けてしまった。
いつもは凛音の護衛を買って出ているライも、この時はサクのすぐそばで客を捌いてくれた。
あらかた客が帰った後に、ようやく蒼月と言葉を交わすことができた。
「蒼月様、本日は真にありがとうございます」
サクが礼を言うと、蒼月は静かな微笑みを浮かべて祝ってくれた。
「ご招待ありがとう。とてもよい舞だったよ。咲弥という名前もいいじゃないか。これからは咲弥と呼ぶよ」
「ありがとうございます!すべて蒼月様のおかげです」
「いや、私は連れて来ただけだからね」
「蒼月様、あの、簪もありがとうございます。とてもきれいな色で、さっそく着けさせていただきました」
「とても似合っているよ。気に入ってくれたならと嬉しい」
優しい眼差しでそう言われ、サクはちょっとだけ照れて赤くなった。
「あの、もしかしてそちらのお連れの方は…」
「ああ、咲弥は初めてだったね。こちらは清切、私の友人だ」
手紙で頼んだ通り、清切を連れて来てくれていた。蒼月と清切が並ぶと、そこらの役者よりずっと美しい容姿もあって、やたらと目立つ。女性客がチラチラと二人を盗み見て行く。
「清切様、瑠璃光院を紹介してくださって、本当にありがとうございました。おかげさまで、本日、初舞台を踏むことができました」
「はじめまして、咲弥さん。とてもよい舞台でした」
「ありがとうございます。座長がお会いしたがっていました。どうぞ、楽屋へ足をお運びください」
二人を案内して座長部屋へ連れて行くと、いつもはしどけない格好でぷかぷかと煙管をふかしている紫苑が、きれいに身支度をしてにこやかに出迎えた。
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