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第12話 王都への勧誘④
しおりを挟む言葉は多くないが、蒼月の熱意が伝わってくるようだった。
「私は特別、神楽に詳しいわけではない。それでもきみの神楽が特別だってことは、間違いなく確信が持てる。きみの舞には力がある。祈りがある。急にそんなことを言われて、戸惑うのもわかるが、どうか信じて欲しい」
サクは気恥ずかしさと嬉しさがないまぜになって頬が赤くなった。
「そうおっしゃってくださって嬉しいです。でも、王都で暮らすなんて、ちょっと怖いし、やっていけるのかなって不安になります。それに、蒼月様のご好意に甘えるのも、なんか違うって思うし…」
蒼月は腕を組んで、軽く首をかしげた。
「私の申し出はきみには負担だったか?」
「い、いえ、もったいないくらい、ありがたいお申し出です。でも、そこまでしていただく理由がないと、どうしても思ってしまいます」
「そうか…。しかし、きみが言う私の好意というのは、それほどのものだろうか。君が行きたいと言うなら、王都まで安全に連れて行くことができる。私が王都へ帰るときに同行すればいいだけだからね。神楽座を紹介はするが、舞姫になれるかはきみの努力次第だろう。私の邸から通えばよいと思ったが、それが嫌ならば神楽座に住込みをすればよい。きみが舞姫になっていく姿を、応援くらいはさせてもらいたいが」
サクは蒼月の言葉を反芻して考えた。王都へ安全に連れて行ってもらえるだけでも、本当に幸運なことだとわかる。
「それに、きみは舞わずにはいられないだろう」
祈年の祭で神楽を舞ったときの高揚感。人々から拍手喝さいを受けたときの充足感。一度知ってしまった感情を、求めないでいられるのか。
「そう、かもしれません」
「まだもう少し時間がある。いい返事を待っているよ」
そう言って蒼月はスッと立ち上がり去って行った。
きみは舞わずにはいられないだろう―。蒼月の言葉がサクの胸に何度もこだました。
ヤタガノ村長宅に滞在していた蒼月たち役人一行が王都へ帰る日になった。朝から出立の準備で賑わっている。悠遊が旅支度を終えて、蒼月の許へやって来た。
「姫ちゃん、来ませんでしたねぇ。仕方ないですよね、怪しさ満点ですもん。こんな辺境の村にいたら、王都へ行こうなんて、人さらいみたいに思ったでしょうし。蒼月様が女の子を気に入るなんて本当に奇跡みたいな出来事だったのに、ほんと、残念です。でも、きっとまたいい出会いがありますから、元気出してください、蒼月様」
蒼月は軽くため息をついた。
「朝からよく喋る口だ」
「いや、褒めていただくほどでも」
「褒めてはいない。それになんだ、姫ちゃんというのは」
「ヤタガノ村の舞姫なんで、姫ちゃんです」
サクに告げた期限が過ぎた。出立をこれ以上長引かせるわけにはいかない。残念だが、仕方ない。しかし、蒼月には確信めいた気持ちがあった。サクは舞わずにはいられまい、と。もし今回は決断できなくても、いつかは必ず王都へやって来るだろう。
諦めをつけようと、最後にもう一度サクの家へ続く坂道に目をやった時、坂を駆け下りてくるサクの姿を見つけた。
蒼月の胸に温かいものが広がる感覚があり、思わず胸に手を当てる。
(この感情は…?喜び?)
沸き起こる感情に戸惑っているうちに、サクが蒼月のすぐ近くまで駆けて来た。軽く息を弾ませて。
「蒼月様!私も、王都へ連れて行ってください!」
サクがそう言ったとき、サクの周りにはじける清涼感が広がり、そして瞳の輝きが一層増したように感じた。蒼月はそんなサクをまぶしそうに見た。大人でもない、子供でもない、この年頃の若者が放つ生命力の輝き。命が持つ力強さを感じさせる、ほとばしる瑞々しさ。
(この娘は私の感情を掻き乱す。生きているということは、こういうことなのだと、私は初めて知った)
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