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第11話 王都への勧誘③
しおりを挟むサクは卵のために、巫女婆のヤギを連れて原っぱへ行き、生え放題の雑草を食べさせた。
食べる、食べる。
好きなだけ食べさせている間、サクはぼーっと王都行きのことを考えた。
(金持ちの道楽だって、お付きの人が言っていたけれど、本当にそんなうまい話ってあるのかな?まさか詐欺?でも、お役人様がそんなことしないよね…)
蒼月の人となりを知らないのに、その真意をわかりようがない。
その時、背後から優しい低い声がサクを呼んだ。
「こんにちは」
振り返ると、蒼月が立っていた。
「あ、お役人様!こんにちは」
まさかサクに詐欺を疑われているとは思いもせず、蒼月はかすかにほほ笑んだ。
「蒼月と呼んでくれ」
「あ、はい。蒼月様。こんな人気のない所で、どうされましたか?」
「こういう場所が私は好きでね。時々疲れると、一人になれる場所を探すんだ。それで、どうだろう?昨日の話は考えてくれたか」
「…まだ、考え中です。すみません」
「いや、謝る必要はない。まだ約束の期限ではない」
「ありがとうございます。あの、少し質問してもいいですか」
「もちろん。では、隣に座らせてもらおう」
蒼月はきれいな着物が汚れるのもかまわず、サクが腰かけている切り株の隣の切り株に座った。ニコニコと人の良さそうな笑顔を見せる蒼月に、サクは事情を話した。
「そんなわけで、王都の神楽座のことをもっと詳しく教えてください」
蒼月が教えてくれたのは、巫女の神楽と興行している神楽座の違いだった。
「巫女が舞う神楽は、基本的には祈りなのだ。神様に人々の願いや感謝を届けるための。振りの一つ一つに意味があって、神様と会話するように舞うらしい。神楽座というのは、神楽を後世に伝承していこうと、神楽を大切に思う人々が集まる一座なのだが、中には大々的に興行して見物料を取る一座もある。王都の神楽座というのは、そういう興行している一座で、神楽は見世物だ。だからより美しく、より華やかに、洗練された舞になっている」
「見世物…」
「多くの人に神楽を見せ、知ってもらうことも大切なことだ。神楽座の舞姫に憧れて、神楽を始める人もいると聞く。きみは神楽をやりたくないか?」
「正直、よくわからないんです」
「そうか。では、今回神楽をやって、楽しかったか?」
「はい、それは、楽しかったです。でも、それを仕事としてやるということは、想像もつかなくて」
蒼月はにこりと笑みを浮かべた。
「この辺境に暮らしていたら無理もない。ここでは畑を耕し、獣を狩り、ヤギの乳を搾り、そうやって自然と共に生きる。神楽を仕事にするなんて、信じられないだろうな。…きみは一度王都へ行ったほうがいい。世界は広い。この辺境の地を軽んじるつもりはないが、王都にしかないものもある。王都へ行って、舞姫を見てみなさい」
サクは目を丸くして蒼月を見た。昨日も確か、舞姫という言葉を口にしていた。
「舞姫って、何ですか」
「舞姫は神楽座で一番人気があって、大事な演目を舞う役割の者だ。実際にその目で見て、感じてみたらいい。そうすれば、自分の気持ちもわかるはずだ」
サクは王都へ行ったことがない。この村の中でも、行ったことがある人間がどれだけいるか。
王都へ行く、というと簡単に聞こえるが、この辺境の村からは王都へ行くのは大変だ。乗合馬車が出ている町まで、自力で歩いて行くしかない。野宿をしながら一週間ほど行けば、ようやく王都行きの乗合馬車が出る町に着く。王都までは馬車に揺られて2週間かかる。もちろん車上泊だ。比較的安全な場所で泊まるが、野獣や野盗に襲われる危険は常に付きまとう。決して楽な旅ではない上に、乗車賃は庶民には大金である。
蒼月の誘いに乗れば、その辺の心配が全部取り払われる。しかも王都での生活基盤も整えてくれるなど、なんとも有難い提案である。
しかし―。
「蒼月様は本当に私が舞姫になれると、そう思いますか?」
蒼月は真顔で静かにうなづいた。
「ああ、思う。きみは天才だ」
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