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第8話 祈年の祭②
しおりを挟む祈年の祭り、当日。
「それじゃあお父さん、私は支度があるから先に行くわね。絶対、ぜーったい見に来てね!」
サクがサブロにそう言うと、サブロはかすかに笑ってうなづき、懐から簪を取り出した。
「これを持って行きなさい」
赤い玉飾りの付いた、美しい簪だった。
「これ、お母さんの形見?」
「ああ。きっとお母さんも喜ぶ」
「…ありがとう!」
サクは簪を受け取ると、跳ねるような足取りで神社へと向かった。神社では村の女衆たちがサクを出迎え、着付けやら化粧やらを手伝ってくれた。支度が済むと、最後に母の簪をスッと差して立ち上がった。
「きれいね~。あんたのお母さんも美しい人だったわ」
「…そうなんですか?」
「そうよー、あんたはそっくりよ」
母に似ていると聞いて、サクの胸の奥がポッと温かくなる。サクは鏡の中の自分をじっと見つめた。見慣れぬ化粧をした美しい女が、そこにいた。
サクの舞は素晴らしかった。
村中の人々がサクの一挙手一投足を、固唾をのんで見守った。サクは舞にのめり込み、人々が見ていることも忘れ、ただ無心に舞った。振りの最後に、神に祈るように組んだ手を天に高く突き上げ空を仰ぐと、観客からわぁっと歓声が上がった。
控室に下がったサクは、何人かの女衆に寄って衣装を解かれていく。やりきった高揚感でサクの頬は赤く上気している。
ミツがおずおずと部屋に入ってくると、サクは満面の笑みを見せた。
「ミツちゃん、見てくれた?」
「もちろんだよ!すごかった。女神様かと思った」
「えへへ、大げさだよ。でも、ありがとう」
「大げさなんかじゃないよ。サクちゃんが踊り終わったとき、曇ってた空までぱーっと晴れたんだから!」
「えー?偶然でしょう?それはともかく、楽しかったー!やってみて良かったよ」
「うん、良かったね」
晴れ晴れした中に少しチナを心配する気持ちが顔を出す。
「チナと仲直りできるかな」
「きっと大丈夫だよ。チナちゃんだってサクちゃんの実力は認めているわ。それに、チナちゃんも見に来ていたよ」
「本当?」
「本当よ。都のお役人様と一緒にいたよ。楽しそうにしてた」
チナは蒼月の隣を陣取っていた。蒼月の関心を引きたくてソワソワしていたが、肝心の蒼月はサクの舞に夢中で、チナに視線を向けることはなかった。
「そうなんだ。それ聞いてほっとしちゃった」
衣装を脱ぎ、化粧を落とすと、サクはただのサクに戻ったような心持になる。
神社から出てミツと別れたら、もう元の余所者のサクだった。それでも何かを掴み取ったような感覚がサクの足を軽くして、家までの長い坂道も駆け登る勢いで進む。
「ただいま!お父さん、見てくれた?」
家に入るなりサクは嬉しそうにサブロへ話しかけたが、次の瞬間、家に客が来ていることに気が付き、思わず口を手で覆った。
サブロは顔をしかめて座っている。その正面に見たことのない男が2人、サクの顔を見つめていた。
一人は驚くほど整った顔立ちをしている20代半ばくらいの男。紺の飾り気のない衣を着ている。その衣は触らなくてもわかるほど、滑らかな材質でできている。
もう一人は、サクよりは少し年上、まだ少年らしさが残る若い男で、突然入って来たサクを真ん丸の目で見ている。
「ごめんなさい!お客様とは知らなくて」
焦ってサクが頭を下げると、年若い男がくすっと笑った。
「さっきの舞姫がこんなに元気な女の子だなんてびっくりだ」
「悠遊、失礼だよ」
「あっ、ごめんなさい!悪い意味じゃなくって、親近感が湧くなぁって思って!」
「悠遊。もう黙っていなさい。サクと言ったかな?どうぞ上がって」
まるで家の主のように促され、サクは草履を脱ぎサブロの横に座った。
「あの…お客様はどういった方で?」
「私は王都から参った尚書省兵部の副官、宋蒼月。こちらは従者の悠遊。先ほどきみの神楽を拝見したが、大変すばらしい舞だった」
「あ…」
ミツが言っていた都の役人とは、この人たちのことか、と思い当たった。
「お役人様でしたか。おほめ頂き、ありがとうございます」
「村長殿に伺ったところ、きみが神楽を舞うのは今年が初めてだったとか。とても信じられない。このような辺境だけで神楽を舞うのは、実にもったいない。どうだろうか。私と一緒に王都へ行かないか?王都で神楽をやった方がいい。きみは王都の神楽座で舞姫となれる才能がある」
「王都!?」
サクは思ってもみない提案にびっくりして飛び上がりそうになった。
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