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第1話 巫女見習い①
しおりを挟む豊かな緑と美しい山岳地帯に恵まれた朱雀国。辺境と呼ばれるここはヤタガノ村。
村一番の大屋敷は村長宅である。
白装束の老婆の前に、三人の娘が緊張して座っている。
この老婆、先代の巫女である。当代の巫女と区別するために、巫女婆様と村人たちは呼んでいる。当代の巫女は訳あって休養中。
「心して聞きな!お前たち3人の中から次の巫女を決める!選定は一月後じゃ!明日より神楽の特訓をはじめる!」
老婆のしわがれ声が広間に響き渡る。
それを聞いた娘たちは、三者三様の反応を見せる。
一人目の娘はミツ。黒髪おかっぱで、前髪は眉毛のラインできっちり揃えられている。引っ込み思案で超内気。それでいて、いつでも現実的なクールガールだ。
「あ、あの、神楽なんてできません。絶対無理です。だから、私は勘弁してください」
小さい声で勇気を出して言うも、巫女婆にぴしゃりと叱られる。
「やる前からできないと言うな!」
「ひぃ」
二人目の娘はサク。整った小さい顔、手足が長くすらりとした肢体、粗末な衣服を身に着けていてもハッと人目を惹く美しい娘だ。
「それなら、私も…。うちはお父さんしかいないから、私が家のことや畑をやらなくちゃいけないし、特訓とか通えません」
サクの母は、サクを産んで間もなく死んだらしい。隣国の踊り子だったと、父のサブロに聞いたが、母の記憶はない。
「大丈夫、お前さんならできる!」
巫女婆は、人の話を聞く気がないのだろう。
そして、三人目の娘はチナ。村長の娘で、気が強くてわがまま。だけど、どこか憎めないお嬢様。
きれいな桃色の生地に大きな花柄の入った華やかな着物に身を包み、きゅっと上がった目尻と唇に紅色が入っている。
背中で揺れる長い茶色い髪は、手入れが行き届いて艶々だ。
「じゃあ、私に決まりね。二人とも、できないというのでは仕方ないわ。巫女婆様、私が巫女になります」
三人の中で唯一、前向きな発言をしたチナだったが、やはり巫女婆にぴしゃりと言われる。
「厳しい特訓に耐え抜いてから、そのセリフを言いな!」
チナは不服そうな表情をしたが、表立って文句を言えるほどの度胸はない。
なぜこの3人の娘が次代の巫女候補になったのかと言えば、年頃の娘が他にいない、それだけの理由だ。
歳の近い若者は、三人の他には少し年下のデグという男の子がいるだけ。
四人は幼馴染として、喧嘩をしながらも共に育った。
「たった今からお前たちは巫女見習いじゃ。明日から兎三つの時刻に神社へ来ること!遅刻は許さん!」
「勘弁してくださいぃ…」
「えー、畑終わるかな…」
「はっや」
「返事ははい!じゃろがー!」
三人まとめて叱り飛ばされ、この会合は終了した。
巫女婆がいなくなると、チナが目を吊り上がらせてサクとミツをなじった。
「なんであの場で辞退しないのよ!」
その言い草にサクは怒るより先に呆れる。
「どこに辞退する隙があったと言うの?チナだって見ていたでしょう?」
「やらないって言えばいいだけでしょ!」
「言ったじゃない。巫女婆様が聞いてくれないだけで」
「身の程を知りなさいと言っているの!ミツはちんちくりんだし、サクは余所者じゃない。まさか、巫女を引き受けようと思っているのではないでしょうね?」
サクが余所者と言われるのは、両親が隣国からの移民だからだ。
何があったか、祖国を出てこのヤタガノ村に住み着いた。
妻亡きあと、サブロが一人でサクを育てたが、村で孤立しがちであった。
村人が特別に余所者に冷たいわけではない。
こんな辺境の地で、余所者が警戒されるのは当たり前のことだ。
村人にとってサブロは十五年経ってもまだ余所者で、親身になってくれるのはデグの家くらいなものだった。
「そんなこと思っていないわよ」
「わ、わたしも思ってないわ」
サクとミツが否定すると、チナは満足そうに頷いた。
「そう、ならいいわ。ちゃんと断りなさいよね。巫女にふさわしいのは、この私なんだから!」
サクとミツは目を見合わせて、小さなため息をついた。
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