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プロローグ

恋焦がれる

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「妃殿下」

 私の初恋は齢四歳にして起こった。

「今日から殿下をお護りさせて頂く栄光を賜りました」

 四歳の誕生日。父が誕生日プレゼントだと一人の騎士をあてがった。我がフェルナンデス家は騎士団を所有しており、王国の剣と呼ばれている。その一人娘である私は何かと命を狙われる心配事が絶えず、父の計らいで護衛騎士が選ばれた。これは数年後に知ることになるが、彼は新しく騎士団長になったばかりだったが、折り目正しく自信に満ち溢れていた。





 ――――――

「懐かしいゆめ……」

 自分の部屋のバルコニーで目が覚める。まだ昼を少し過ぎたあたりで、軽食ついでに読書をしていたことを思い出した。どうやらうたた寝をしていたらしい。
 記憶にある彼より随分と歳若い頃の姿で夢に現れたものだ。すっかり冷めきった紅茶を口にふくむとやけに渋くて不愉快になった。

「また本を読んでいる最中に眠ってしまったのですか」

 幻聴がきこえた。くしゅん。私のくしゃみだけが空気を揺らした。もうグウェインは一ヶ月も前に私の元から去っているのに、いつまでも思い出してしまう。
 朝起きた時、朝食後の散歩のとき、授業の合間の移動のとき、お茶をするとき。いつだって彼は近くにいて、優しかった。いまだってきっと、そばにいたらブランケットをもってきてくれていた。お茶だってすぐに温かいものに変えるようメイドたちに言うだろう。でも、でも……。そんなことを望んでいるわけではない。



「レイラさま」



 ただ名前を呼んで欲しいだけだ。それだけで幸せだった。




 ――――――

「どうやら魔王が復活したみたいだ」

 それでも私はこの国の第一王女としてやらなければならないことがある。毎日失恋の余韻に浸っている場合ではなかった。そんな中、家族で夕食を囲んでいる際、父上が話し出した。

「あなた、それって……」
「勇者と魔王は対の存在と示唆する文献があった。勇者の剣が世界樹から抜かれたときから、こうなる可能性は考えていたんだがな」
「それでは最近やけに魔物の討伐依頼が多いのは、魔王が原因やもしれませんね」

 やわらかい肉にナイフを刺してみなの話をきく。母上と、兄上が矢継ぎ早に父へ訊ねるおかげで私の出番はなさそうだ。弟もその話題に混ざろうとしているのを横目に私は食事をせっせと口に運んだ。しかし、そんな私を気にかけることもなく父上はわざとらしく自分のワイングラスをあおり、再びテーブルの上においた。やけに緩慢な動きに各々気づいたのだろう。部屋は一瞬で静まり返った。

「レイラ、おまえはどうおもう?」
「どう、とは」
「ふむ。魔王の復活はこの国の危機ともいえよう。討伐せねばなるまいが……おまえならどうする」

 私も父の真似をした。わざとらしく緩慢にワイングラスをあおって、置いた。家族は今度は私を凝視した。

「茫漠の地、エリモス。魔王がいるのはそこでしょう。場所はわかっている。けれど容易に手が出せない。神殿や魔塔とも協力して、慎重にことを進めねばなりませんね」
「ああ、その通りだ」
「……勇者の力が必要なら、グウェインも呼び戻ないといけませんね」
「そうだ」

 まるで軍法会議だ。そういう話がしたいのなら王位第一継承権をもつ兄上としたらいいのに。バツが悪そうにしている兄を見ていられなくて、ナプキンでくちもとを拭った。

「テオドール、レイラ、明日の軍法会議にお前たちも出席しなさい」
「ち、父上! ぼっ……ぼくも!」
「……ニコロ、お前にはまだ少しはやい。まだ帝王学をきちんと学んでいない以上、会議には出席させることはできなんだ」
「はい……」

 母上がニコロの背にそっと手をそえてなぐさめる。父上は優しく厳格なひとである。この国を支える王として足りないところなどないほどに。王であるが、父として家族のことも大事にしてくれる。帝王学を学びおえたテオドール兄上と私には、時として王としての振る舞いをしなければならない。しかしニコロはまだ学びおえていないため、その必要もない。母上も同様だ。それが少し羨ましかった。

「お先に失礼します」

 大好きだった家族。今でも大事であるが、何だかそれ以上に気まずい。それはきっと後継者問題が片付いていないからだろう。足早に私は食堂をあとにした。
 勿論このままいけば兄上が王位を継ぐだろう。皆もそう思っているし、いま父上の右腕として補佐しているのは兄上だ。ニコロは兄上に何かあったときの保険の部分がある。そう思っている者も多い。貴族も民も神官たちでさえ、そういう目でみていた。だか私たち家族だけは違和感から確信していた。


 ――レイラ、おまえはどうおもう?

 父上は、陛下は、私を――。


 こういうことははじめてではない。父上が私を射抜く視線はやけに厳しく、それでいて期待に満ち溢れていた。なにを考えているのか、家族だからこそわかってしまう。傍からみたら王女に国のことを訊ねるなんてバカバカしく、品格を損なわさせるような発言でさえある。私に帝王学や経済学を学ばせることに反対する貴族も少なくはなかったが、父上はすべて無視して学ばせてくれた。
 いままで女君主がいなかったわけではない。ただそれは王が亡くなって時期後継者が決まらない場合の数年間の話であったりするわけで。はじめから女君主として育てるなんてことは特例であった。

 正直、兄上からの視線が申し訳ないから辞めて欲しい。私はこの国が好きだし、王家に生まれた誇りだってちゃんとある。だからこそ、いつのひか政治的に他国へ嫁がされることも視野にいれていたのだが。

「父上はなにをお考えなのかしら……」

 ずっとわからないそれが、家族仲の不和の原因であった。
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