family shape ∞家族のかたち∞

文字の大きさ
上 下
27 / 36

27

しおりを挟む
千恵の教室を後にした二人は、職員室へ向かうことにした。

「失礼します」

 二人はそう言うと、辺りをキョロキョロしながら中へ入っていった。職員室に入って直ぐ側に各教員の座席表が貼ってあったので、さっそく秋山湊人という名前を探した。
 秋山先生の席は、入り口から若干遠かったが、奥まで行かなくても席が見えた。

「あいつか?」

「そのようだな」

 秋山先生と思われる人物はパソコンを打っている最中であった。三十代半ば程で、黒髪の真面目そうな感じの先生だ。席に座っている姿は背筋もピンとしていて、どこか堅苦しそうにも見えた。

「あの人が今日、本当に殺人なんか犯すのか?」

 伊吹の言う通り、秋山という男は人を殺すような人間には見えない。けれど、黒羽が指名したのはこの男だ。ここは黒羽を信じるべきなのか…それとも…

「取りあえず、あの先生の素性について他の生徒に聞いてみよう」

 二人は静かに職員室を出て行くと、ひとまず中学三年生の教室がある方へ向かった。というのも、三年生であったらこの先生についての情報もあると考えたからだ。

 中学三年生に知り合いの居ない二人は、仕方ないから、適当に廊下を歩いている生徒に話しかけた。

「あの、ちょっと良いかな?」

 蒼が話しかけたのは、ショートカットのさっぱりとした女子であった。いきなり話しかけられた彼女は、少し驚いた顔をした。

「何ですか?」

「あのさ、俺たち高等部二年なんだけど、君、秋山先生のことは知っているよね?」

 彼女は一切曇った表情をせずに、笑顔で答えた。

「秋山先生ですか!もちろん知っていますよ!」

「あの…秋山先生ってどんな先生なのか教えてくれる?」

 明るく答える彼女は、先ほどの千恵の様子と全く異なっていた。秋山先生はもしかしたらそんなに評判が悪い先生でもなさそうだ、と二人は思った。

「秋山先生は水泳部の顧問で担当は理科ですよ。三年二組の担任なんですけど正直、一組に来て欲しかったですよぉ…」

「え?秋山先生って、人気があるのか?」

 彼女の口調から、秋山先生は人気者のように聞こえてきた。

「もちろんですよ。まだ三十二歳だし、先生はとても優しいんです。あの真面目で紳士的な人はこの学校には秋山先生しかいませんよ」

「……、」

 二人とも想像を遥かに超えた秋山先生のイメージに言葉が出なかった。すると、後ろから三人組の女子がやって来た。

「亜紀?何やってんの?」

 亜紀と呼ばれた彼女は三人に笑顔でこう言った。

「丁度良かった。今秋山先生について色々聞かれているんだけどね」
 秋山先生、と聞いた彼女らは興味津々で蒼たちに近寄ってきた。

「えっ、何なにぃ?秋山先生がどうしたって?」

 きゃ、きゃ、と楽しそうに聞いてくる彼女らに蒼と伊吹は思わず三歩下がった。

「いや…秋山先生って、そんなに人気があるんだぁ…」

苦笑い気味で話す伊吹にその中でも髪の長い女子が、

「そうですよ!秋山先生は女子からも男子からも安定して人気があるんです!」

彼女に続いて、そうだ、そうだ、と周りも頷き始めた。

「…秋山先生って、独身なのか?」

しかし、何となく蒼がそう聞くと、彼女たちは一斉に表情を曇らせた。

「秋山先生はとっくに結婚していますよ。確か、今年で三年目だとか何とか…」

驚く程低い声で亜紀は答えた。

「へぇ…」

「でも、先生は素晴らしい人ですっ」

そう言うと、再び彼女らは笑顔で騒ぎ出した。

 その後も、何人かの生徒に秋山先生について聞いたが、やはり誰もが彼を賞賛していた。一人も秋山先生を悪く言う者は居なく、理想の教師というイメージが二人の頭に植えつけられた。
秋山湊人、真面目そうな外見をしていて、生徒達からの人気も高い。そんな彼が今日中に殺人者?そんな有り得ない話があるというのか…

 二人は自分たちの教室に戻ると、蒼の席の前でコソコソと話し始めた。

「どういうことだよ、あんなに人気な先生だったなんて…」

 蒼は頭を抱えて、大きくため息をついた。

「やっぱりあの鴉、嘘つきなんじゃねぇか?大体、怪しいのはあっちだろ?きっと変な魔法か何か使って、俺たちの記憶を操作したんじゃね?」

 伊吹はそう言うが、蒼はその点に関しては、黒羽は嘘をついていないような気がした。
 昨日見せられた記憶の数々、その全ては確かに自分が歩んできた道のりであった。自分の中にある記憶がふっと蘇った…それは真実。ただ、浄罪師の使徒をしていた頃の記憶が戻らないのは、気になる点ではある。

「それは無いと思う。伊吹だって、昨日見ただろ?あの記憶…間違えなく自分の記憶だった」

「……、確かにそうだけどよ」

「それに、真雛っていう浄罪師…あの人間離れした容姿、あれが偽物だって言うのか?」

 伊吹は下を向いて、ゆっくりと首を横に振った。

「そうだな…あれは偽物とは思えない。でも、秋山先生はみんなの人気者らしいし、殺人なんて…」

「人気者だとしても、それは表面上の顔なのかもしれないだろ?」

 表面上の顔、偽装されたイメージ、作られた性格…本当の自分をそのまま外に曝け出す者なんて果たしているのか?人間は動物と違って理性がある。一目を気にして、本当の自分、醜い自分は隠す習性があるのだ。
 蒼は窓から外を見渡した。伊吹もそれを真似て窓際に近寄る。
 外はしきりに雨が降っている。まだ十二時半過ぎだというのに、外は薄暗くなっていた。

「放課後…」

蒼は窓を睨みつけて、口を開いた。

「放課後が勝負だな」

「ああ」

 伊吹は低い声で答えると、教室側へ向き直って蒼の席に座った。

「お~い、蒼ィ~、お客様がいらっしゃっていますよ~ぉ?」

と、その時。クラスメートの青島という男子から声を掛けられた。ふざけた声で呼ばれた蒼は何事かと、青島に尋ねる。

「どうしたんだよ、青島?」

「姫様がお呼びですぞぉ?あ、お、い、ど、の!」

 日頃からふざけた奴だが、さすがに今回は様子がおかしかった。とうとう頭のネジが全て吹っ飛んだか?と蒼は哀れみの目で青島を見つめる。
 青島は蒼の背中を押して廊下へ連れていった。蒼は訳が分からず、呆れ顔で仕方なくそのまま廊下へ向かった。

 伊吹は蒼の席から、そんな二人の背中を口を開けながらポカンと見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

憧れていた天然色

きりか
BL
母という名ばかりの女と、継父に虐げられていた、オメガの僕。ある日、新しい女のもとに継父が出ていき、火災で母を亡くしたところ、憧れの色を纏っていたアルファの同情心を煽り…。 オメガバースですが、活かしきれていなくて申し訳ないです。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

始まりの、バレンタイン

茉莉花 香乃
BL
幼馴染の智子に、バレンタインのチョコを渡す時一緒に来てと頼まれた。その相手は俺の好きな人だった。目の前で自分の好きな相手に告白するなんて…… 他サイトにも公開しています

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

君と秘密の部屋

325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。 「いつから知っていたの?」 今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。 対して僕はただのモブ。 この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。 それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。 筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

処理中です...