上 下
29 / 55

ロリは彼の出自を知った

しおりを挟む
 
 ―今から20年以上前の事。
 タナノフ王国ではある問題を抱えていた。

 ドロイ盗賊団という大きな組織が、度々事件を起こしていたのだ。
 窃盗、詐欺、殺人は日常茶飯事。
 果ては怪しげな薬や宝石の密売にまで手を出して…隣国のアイシスやマルロワにも被害が出てしまっていた。

 当時のダンデ王は、先王の急死により王位を継いだばかり。
 下っ端の者達は幾度となく捕まえてきたが、親玉であるドロイの逮捕には一歩届かず、被害者は増える一方だった。

 そんなある日の事。

 ダンデは周囲からの期待と重圧に耐え切れず、一人でこっそり遠出していた。
 途中、馬を休ませようとオアシスに立ち寄る。中央にある泉に近寄ろうとした所、突然何者かが襲ってきた。
 刺客かと思い、慌てて相手をし仕留めたが…その男はドロイ盗賊団の証であるバンダナを身に付けていた。

 まさか、一味がこの近くにいるのか。そう思い慎重に泉へと近づいた。
 すると、そこには…一人の美しい女性が水浴びをしていた。彼女が服を一切身につけていない事にダンデは慌て、そのはずみで物音を立ててしまう。彼は気付かれてしまった。

 しかし…女性は悲鳴をあげることなく、それでも怯え、警戒しながら側にある服を手繰り寄せた。
 女性は言った、「側にがいた筈だ、彼はどうしたのか」と。

 ダンデはその言葉を聞き…彼女が盗賊団の一味に攫われたのだと、勘違いしてしまったのだ。
 すぐに「大丈夫だ、自分は王族だ。保護してやる」と、女性を抱きかかえ王都へと戻った。

 戻りながら女性に家はどこかと聞いたが、「物心ついた頃から盗賊団といた、そんなものは無い」と返され、途方に暮れた。
 城へ連れて帰っても良いが…まだ独身の自分が女性を連れて帰ったとなると、大臣達が色々とうるさいだろう。
 考えた末、宰相になったばかりのニッチ夫妻にしばらく預けることとなった。自宅に離れ家があるから好きに使っていいと言われ、礼を言って彼女を住まわせた。

 彼女はデボネと名乗った。
 まだ17だと言われ、ずいぶん大人びた娘だと思いつつも、彼女の人生を奪った盗賊団に改めて憤りを感じた。
 デボネは盗賊団について重要な事を知っているはずだ。しかし彼女は無口で、常に何かに怯えていた。きっと連中が自分を連れ戻しにくるのではないかと、不安なのだろう。
 心の傷が癒え、自身から言ってくれるまでは待とう…。そうダンデは決めた。

 時折り様子を見に離れ家へ通い、何気ない会話ならできるようになった。突然王になってしまった事への愚痴や大臣らの悪口を、デボネは笑いながら聞いてくれる。ダンデはその時間がとても幸せなものとなっていく。
 いつしか夜になっても共に過ごす事が増えた。

 しばらくして。

 ついにデボネが盗賊団のアジトの場所を話してくれた。ダンデはすぐに兵を召集し、一気に攻め入った。
 そこにはなんと、親玉のドロイも隠れ住んでいた。激しい攻防の末ダンデは彼を討ち取り、他にいた仲間も捕縛し、組織の壊滅に成功した。
 ダンデの功績は瞬く間に大陸中に広まった。それまで若造だと馬鹿にしていた大臣達も、ようやく彼に従順になってくれた。
 勿論彼の活躍は素晴らしいが、正確なアジトを教えてくれたのはデボネだ。
 ダンデは彼女に礼を言うと共に…良ければずっと側にいてくれないかと、求婚しようと考えていた。
 確かに彼女は身元も不明で身分もない。しかし、今の彼には力がある。文句を言う貴族がいても黙らせてやる…そんな勢いがあった。
 早速離れ家に行き、デボネに組織を壊滅させた事を報告した。関わった一味は全て処刑したから、もう安心して暮らせる、とも。

 それを聞いた途端、デボネは泣き崩れた。

 ダンデは彼女に何が起こったのか、理解できなかった。大喜びしてくれると思ったから。困惑しているダンデに向かい、彼女は言った。

 …自分は、ドロイの娘だと。
 いつ白状しようか、ずっと悩んでいたと。

 幼い頃からずっと父の監視があり、自由に生きられなかった事に不満があったと。
 自分は盗賊団のように殺人や窃盗などは一切していないと。
 けれども今まで自分が食べた物や着ている服はきっと盗品だ、自分も彼らとやっている事は同じじゃないかと苦しんでいたと。

 苦しさのあまり、ダンデと出会った時、救いが来たとすがってしまった事。
 まるで盗賊団に連れ去られたような体でいてしまった事。
 保護してもらいダンデと一緒にいて、楽しくて幸せだった事。
 組織を裏切ってアジトを教え壊滅させた事。
 …全てがつらかった、と。

 ダンデは悪人とは言え、彼女の父親を殺してしまった事にとてもショックを受けていた。
 しかし我に帰り、嗚咽が止まらないデボネを一旦落ち着かせようとしたが…彼女はその場で嘔吐し、気を失った。

 …デボネは妊娠していた。

 ダンデはデボネから全てを聞いた上で、それでも共にいて欲しいと願った。
 しかし、彼女は首を横に振った。どんな事情があっても、自分があの大罪人ドロイの娘であった事は変わらない。
 この国の英雄であるダンデと、その大罪人の一族の血が混じった事が、世間に知られたら…彼はたちまち失脚するだろう。
 すぐにでもここを出て行く、とデボネは言った。彼女の強い意志に、ダンデは何も言えなかった。

 しかし精神状態が不安定な彼女を、そのまま出て行かせる訳にはいかない。
 すると、隣で事情を聞いていた宰相ニッチと…その妻ノルダがこう提案した。
 実はノルダも妊娠している、彼女も初めてで精神的に不安だから、せめて出産まではここにいて彼女の話し相手をしてくれないか、と。
 特にノルダには身の回りの世話をしてもらっていたデボネは、これには逆らえなかった。
 ノルダからも「せっかくデボネちゃんとお友達になれたのに、すぐお別れなんて寂しい」と言われ…仕方なく、またここに住まわせてもらう事となった。
 出産はノルダが先だった。元気な男の子で、ナッジと名付けられた。
 ニッチ夫妻の喜びようと、可愛い赤ちゃんを見て、デボネは自分の出産が楽しみになっていた。

 そしてついに、デボネも出産した。こちらも元気な男の子で、ドルーガと名付けられたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】強制力なんて怖くない!

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。 どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。 そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……? 強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。 短編です。 完結しました。 なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

処理中です...