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ロリは彼の出自を知った
しおりを挟む―今から20年以上前の事。
タナノフ王国ではある問題を抱えていた。
ドロイ盗賊団という大きな組織が、度々事件を起こしていたのだ。
窃盗、詐欺、殺人は日常茶飯事。
果ては怪しげな薬や宝石の密売にまで手を出して…隣国のアイシスやマルロワにも被害が出てしまっていた。
当時のダンデ王は、先王の急死により王位を継いだばかり。
下っ端の者達は幾度となく捕まえてきたが、親玉であるドロイの逮捕には一歩届かず、被害者は増える一方だった。
そんなある日の事。
ダンデは周囲からの期待と重圧に耐え切れず、一人でこっそり遠出していた。
途中、馬を休ませようとオアシスに立ち寄る。中央にある泉に近寄ろうとした所、突然何者かが襲ってきた。
刺客かと思い、慌てて相手をし仕留めたが…その男はドロイ盗賊団の証であるバンダナを身に付けていた。
まさか、一味がこの近くにいるのか。そう思い慎重に泉へと近づいた。
すると、そこには…一人の美しい女性が水浴びをしていた。彼女が服を一切身につけていない事にダンデは慌て、そのはずみで物音を立ててしまう。彼は気付かれてしまった。
しかし…女性は悲鳴をあげることなく、それでも怯え、警戒しながら側にある服を手繰り寄せた。
女性は言った、「側に見張りの男がいた筈だ、彼はどうしたのか」と。
ダンデはその言葉を聞き…彼女が盗賊団の一味に攫われたのだと、勘違いしてしまったのだ。
すぐに「大丈夫だ、自分は王族だ。保護してやる」と、女性を抱きかかえ王都へと戻った。
戻りながら女性に家はどこかと聞いたが、「物心ついた頃から盗賊団といた、そんなものは無い」と返され、途方に暮れた。
城へ連れて帰っても良いが…まだ独身の自分が女性を連れて帰ったとなると、大臣達が色々とうるさいだろう。
考えた末、宰相になったばかりのニッチ夫妻にしばらく預けることとなった。自宅に離れ家があるから好きに使っていいと言われ、礼を言って彼女を住まわせた。
彼女はデボネと名乗った。
まだ17だと言われ、ずいぶん大人びた娘だと思いつつも、彼女の人生を奪った盗賊団に改めて憤りを感じた。
デボネは盗賊団について重要な事を知っているはずだ。しかし彼女は無口で、常に何かに怯えていた。きっと連中が自分を連れ戻しにくるのではないかと、不安なのだろう。
心の傷が癒え、自身から言ってくれるまでは待とう…。そうダンデは決めた。
時折り様子を見に離れ家へ通い、何気ない会話ならできるようになった。突然王になってしまった事への愚痴や大臣らの悪口を、デボネは笑いながら聞いてくれる。ダンデはその時間がとても幸せなものとなっていく。
いつしか夜になっても共に過ごす事が増えた。
しばらくして。
ついにデボネが盗賊団のアジトの場所を話してくれた。ダンデはすぐに兵を召集し、一気に攻め入った。
そこにはなんと、親玉のドロイも隠れ住んでいた。激しい攻防の末ダンデは彼を討ち取り、他にいた仲間も捕縛し、組織の壊滅に成功した。
ダンデの功績は瞬く間に大陸中に広まった。それまで若造だと馬鹿にしていた大臣達も、ようやく彼に従順になってくれた。
勿論彼の活躍は素晴らしいが、正確なアジトを教えてくれたのはデボネだ。
ダンデは彼女に礼を言うと共に…良ければずっと側にいてくれないかと、求婚しようと考えていた。
確かに彼女は身元も不明で身分もない。しかし、今の彼には力がある。文句を言う貴族がいても黙らせてやる…そんな勢いがあった。
早速離れ家に行き、デボネに組織を壊滅させた事を報告した。関わった一味は全て処刑したから、もう安心して暮らせる、とも。
それを聞いた途端、デボネは泣き崩れた。
ダンデは彼女に何が起こったのか、理解できなかった。大喜びしてくれると思ったから。困惑しているダンデに向かい、彼女は言った。
…自分は、ドロイの娘だと。
いつ白状しようか、ずっと悩んでいたと。
幼い頃からずっと父の監視があり、自由に生きられなかった事に不満があったと。
自分は盗賊団のように殺人や窃盗などは一切していないと。
けれども今まで自分が食べた物や着ている服はきっと盗品だ、自分も彼らとやっている事は同じじゃないかと苦しんでいたと。
苦しさのあまり、ダンデと出会った時、救いが来たとすがってしまった事。
まるで盗賊団に連れ去られたような体でいてしまった事。
保護してもらいダンデと一緒にいて、楽しくて幸せだった事。
組織を裏切ってアジトを教え壊滅させた事。
…全てがつらかった、と。
ダンデは悪人とは言え、彼女の父親を殺してしまった事にとてもショックを受けていた。
しかし我に帰り、嗚咽が止まらないデボネを一旦落ち着かせようとしたが…彼女はその場で嘔吐し、気を失った。
…デボネは妊娠していた。
ダンデはデボネから全てを聞いた上で、それでも共にいて欲しいと願った。
しかし、彼女は首を横に振った。どんな事情があっても、自分があの大罪人ドロイの娘であった事は変わらない。
この国の英雄であるダンデと、その大罪人の一族の血が混じった事が、世間に知られたら…彼はたちまち失脚するだろう。
すぐにでもここを出て行く、とデボネは言った。彼女の強い意志に、ダンデは何も言えなかった。
しかし精神状態が不安定な彼女を、そのまま出て行かせる訳にはいかない。
すると、隣で事情を聞いていた宰相ニッチと…その妻ノルダがこう提案した。
実はノルダも妊娠している、彼女も初めてで精神的に不安だから、せめて出産まではここにいて彼女の話し相手をしてくれないか、と。
特にノルダには身の回りの世話をしてもらっていたデボネは、これには逆らえなかった。
ノルダからも「せっかくデボネちゃんとお友達になれたのに、すぐお別れなんて寂しい」と言われ…仕方なく、またここに住まわせてもらう事となった。
出産はノルダが先だった。元気な男の子で、ナッジと名付けられた。
ニッチ夫妻の喜びようと、可愛い赤ちゃんを見て、デボネは自分の出産が楽しみになっていた。
そしてついに、デボネも出産した。こちらも元気な男の子で、ドルーガと名付けられたのだった。
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