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 由緒あるクラーク侯爵家に生まれ美人で何でもできた私は、全てのことにおいて一番でなければ気が済まないたちだった。

 だから皇子の婚約者になることを目指した。
 オズワルドは九人いる皇子達の中で誰よりも優秀で最も特別な人だった。彼の婚約者に選ばれるということは私がこの国で最も優秀な女性であることの証明に他ならない。

 そうして一昨年の夏、私は最も優秀な皇子オズワルドの婚約者となった。

 オズワルドのことを愛しているわけではないが彼と結婚することに不満はなかった。
 彼が皇帝になれば何人もの優秀な女性を娶ることになるけれど、嫉妬なんてしないし寧ろ気楽でいいと思っていた。
 前世の記憶が戻るまでは。


 日本での記憶を得たあの日から私の価値観は大きく変わってしまった。

 月並みだけれど、誠実で私だけを愛してくれるイケメンと結婚したい。
 脳筋で他所の女に心を奪われるような皇子とはさっさと離れて私だけの運命の人を見つけたいのだ。
 だからこそシャルロットを小説通りの完璧王女にして、さくっと婚約破棄してもらって新たな私の人生を歩みたかったのに……。



 主人公であるシャルロットは少しだけ照れたようにもじもじとしている。
 その様子は小動物のようでとても可愛らしい。穏やかな日差しの差し込む中庭で、シャルロットの周囲だけ輝いて見える。
 流石は主人公、といいたいところなのだが。

「オリヴィア様、ハンカチに刺繍してみました。見ていただけますか……?」

 差し出されたハンカチを受け取って刺繍を見る。
 中央には華やかなルビー。その上にクラーク家の紋章が刺繍されている。
 精緻で色数も多く、もはや刺繍の技術は文句のつけ所がない。

 けれど。

「……どうしてハンカチにこのような刺繍を?」
「オリヴィア様に贈りたくて。以前好きだと仰っていたルビーとクラーク侯爵家の紋章なら喜んでいただけるかと思ったのです。この鷹の羽の部分、とても頑張りました」

 誇らしげに、でも少しだけ恥ずかしそうにシャルロットは理由を教えてくれた。

 紋章の中央に居る鷹は生き生きとしていて迫力がある。
 刺繍だけを見ると確かに素晴らしい。
 ここまでやれる人は世界中どこを探してもいないだろう。

 けれどこれはハンカチなのだ。
 中央にこんなでかでかと刺繍していたらハンカチとして使うことなんてできない。
 そもそも折りたたんでしまうことすら難しいだろう。

「確かに刺繍の出来はとても素晴らしいです。ですが、以前も申しましたようにハンカチだというのならそれに相応しい刺繍をしてください。これではハンカチとして使うことはできません」

 私はなるべく冷たく突き放すように言った。

 前回は確か本の挿絵を刺繍にしてきていた。その本は童話の絵本で、ハンカチの片隅に迫力のありすぎるドラゴンが牙を向いていた。
 その前は練習と称してハンカチ一面に花を刺繍してきた。色とりどりの花が刺繍されたそれは花束のようだった。


 そして今日のこれ。

 これはもはやハンカチというより絵画だ。
 額に入れて壁に飾ればいいインテリアになるかもしれない。
 これでシャルロットの作品は三作目。また私の部屋が華やかになってしまう。

「も、申し訳ございません……」

 シャルロットは慌てて謝罪の言葉を口にしたが、何故かその表情は明るい。
 喜んでいるようだ。

 彼女はいつもそうだった。
 厳しく突き放すように注意しても凹むどころか嬉しそうにする。
 ドMか? ドMなのか??
 小説の主人公なのに。そんな設定どこにも書いてなかったんですけど。

「次はもっと頑張るのでまた見て貰えませんか……?」

 やっぱりもじもじと恥ずかしそうに言うシャルロットは可愛い。
 可愛いのだけど、これはやっぱり怒られたくてやっているのだろうか。


 まぁでもこれはいい機会だ。
 笑顔で頷く。

 なぜなら私は悪役令嬢としてシャルロットを虐めなければならないのだから。
 けれどやり過ぎればクラーク侯爵家に泥を塗ることになるし、他国の王女を害する行為は私の未来をも閉ざしてしまう。だから単に彼女を虐めればいいというわけではない。

 肝心なのはシャルロットに冷たくしているところをオズワルドが目撃して私を見限ること。そして彼が私の代わりに健気なシャルロットを好きになること。

 その二つの目的を達成するための計画は今の所順調に進んでいた。
 私はほぼ毎日シャルロットに冷たい言葉をかけているしオズワルドもばっちりそれを見ている。

 このままいけば私は穏便に婚約破棄してもらえるはず。


「こんなところに居たのか。今日もまた俺に隠れて二人きりで話をしていたのか?」

 後方からオズワルドに声を掛けられた。
 あらわれるのがあと二分早ければシャルロットに冷たくしているところを見てもらえたのに!!

 振り向くと優しく微笑みを浮かべているオズワルドが立っていた。
 彼は容姿だけはこの国一番だと思う。キラキラ輝いていて、本当に絵になる人だ。
 そんなオズワルドの隣には可憐なシャルロットこそが相応しい。

「隠れてなんていませんわ。いつものようにシャルロット様とお話していただけですから」

 後ろめたいことなど何も無い。
 けれど疑ってほしいから少し含みのある言い方をした。

「最近はいつもそう言うな。たまには俺と二人で過ごさないか?」
「皇子直々のお誘いは光栄ですが……まだシャルロット様が心配ですのでまたの機会に。彼女には私の助けが必要ですから」

 シャルロットから引き離そうとしても無駄だ。
 まだ暫くは彼女をしっかりと虐めないといけない。
 見かねたオズワルドがシャルロットに手を差し伸べるまで虐めぬくのだ。

「オリヴィア様にはいつも親切にしていただいて……婚約者として共に過ごす時間を横取りするような形になってしまい申し訳ありません」

 シャルロットはオズワルドに謝罪した。
 けれど、なんというか彼女からは申し訳なさは感じられない。
 オズワルドと会話ができて嬉しいからだろうか。
 これは後からキツく言い聞かせないと。
 皇子に対して、しかも婚約者である私の目の前で色目を使うなんて言語道断だ。

「気にする必要はありません。シャルロット様の指導が一段落すればまた共に過ごせるようになるのですから。それにオリヴィアが私の婚約者であるという事実は変わらないのです。この程度の僅かな時間を惜しんだりはしません」

 まだ距離があるけれど、やっぱりお似合いの二人だ。
 二人が微笑んでいるだけで視界の全てが輝いているし心做しか周囲の空気が清浄化された気がする。

「オリヴィア様、昨日国から特別なお茶が届きましたの。日頃のお礼にお茶菓子もご用意しております。そろそろ準備ができる頃ですから寮へ戻りませんか?」
「ありがとうございます。ではオズワルド様、私たちはこれで失礼します」
「また二人きりになるのか」
「ええ、シャルロット様とは話さなければならないことが沢山ありますから」

 私の言葉にオズワルドはほんの少しだけ眉をひそめた。

 これは私を疑っているに違いない。
 この後陰湿な虐めをするんじゃないかと心配しているはずだ。

 最近はオズワルドも私とシャルロットが二人きりになることにやんわりと苦言を呈するようになってきていた。
 どうにかしてシャルロットを助けたいのだろう。
 もう少しすれば私に対する不信感が溜まり愛情も完全に覚めるはず。そして可憐なシャルロットに惹かれ、小説のストーリー通りに秘密裏に付き合うようになるはずだ。
 
 計画通り。

 さすが私。
 ここまで来ればもう勝ち確定だ。
 小説のストーリーから逸脱していると気付いたときはかなり焦ったけれど何とかなってよかった。

 あとは婚約破棄後の人生をどう過ごすか考えないと。
 今回の件は私には瑕疵のない婚約破棄なのだから多額の慰謝料をもらえるだろう。
 せっかくだし事業でもはじめてみようかしら。私は美人で優秀だからきっとなんでもできるはず。
 クラーク侯爵家の領地ももっと豊かにしたい。
 それに世界を旅して回ってもいいかも。

 やりたいことは山ほどある。
 

 踊り出したい気持ちを抑え、オズワルドに一礼してシャルロットと共に寮へと向かった。



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