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 あっという間に五年が過ぎてしまった。
 私はオズワルドの妻となり公爵夫人となった。子宝にも恵まれ三人の男の子を産んだ。公爵夫人としての最低限の務めは果たしたといえる。

「ヴィア、せっかくの結婚記念日だ。今日は二人でゆっくり過ごそう」

 愛しの旦那様の美貌は五年たってもかわらぬまま。庭園に咲いている華やかなはずの花たちは全て彼の添え物のすぎない。

「これまでは子どもたちと一緒に過ごしてきたのに今年になって二人きりがいいなんて、いったいどうしたの?」
「これまでずっと我慢してただけだ」

 オズワルドは私の手の甲に口付けた。

 彼からの重すぎる愛は五年間ずっと変わることなく重いままだった。いや、むしろ重くなった気がする。

 妊娠中は歩くなと言わんばかりに私をお姫様抱っこして移動しようとするし、出産後も身体を労わってくれてずっと付き添ってくれていた。
 それが三回。初回だけでなく妊娠するたびに繰り返された。
 ひとたび体調を崩せば片時も離れず看病してくれるし、私が心配だからと少しの外出にもついてくる。というか敷地内の庭園でも常に隣にいる。
 屋敷の使用人たちも呆れるほどの過保護ぶりだ。

 もちろん今のように健康で元気なときでさえ彼は私を壊れ物のように大切に扱ってくれる。
 人前では少し恥ずかしいけれど、こうやって二人きりのときには……正直嫌ではない。

「足元に気を付けるんだ。転んだら大変だからな」
「転んだくらいじゃ大変なことにならないわよ。いい加減過保護にするのはやめて。恥ずかしいの」
「今は二人きりだ。誰も見ていない」
「それはそうだけど……。でも貴方はいつも周囲に人がいても気にしないじゃない」

 私は立派な大人で三児の母で、もう少女という年齢でもないし新婚と言える期間はとうに過ぎている。
 二人きりの時だけ、が出来ないのだからやめてもらうしかないのだ。
 ちょっと寂しいけれど言ってすぐにやめてくれる人じゃないから早めに手を打っておきたい。
 三十過ぎてもこんな状態だったらさすがに恥ずかしいなんてもんじゃないし。

「気にする必要がないからな」
「もう、それが困るのよ。私たちはもう立派な大人なのよ。子どもたちの見本にならなければならないの。父親である貴方が我慢できない人なのに子どもたちになんと言って我慢を覚えさせたらいいの?」
「ふむ…………ではこうしよう。我慢をやめるのは寝室にいる時だけ。外では昔のように少し距離をとって接しよう」
「えっ、本当にできるの……?」
「ああ。ヴィアが望んでいるのだからやるさ」

 思わず苦笑する。

 私の望みを彼が叶えてくれたことは一度もなかった。
 いつだってそう。

 でも気付けばそれで満足していた。
 オズワルドからの婚約破棄を望んでいたはずなのに、結婚した今はこれで良かったと思ってしまっている。

「では今から寝室に向かおう」
「は……? なんで寝室?」
「寝室では我慢しなくていいのだろう?」

 眩しい笑顔でそんなことを言う彼に頭を抱えたくなった。

「さあ行くぞ。今日はずっと寝室で過ごすことにしよう」
「今はまだ十時なのよ?!」
「ああ。ゆっくりできるな」

 違う、そうじゃない。
 けれどもうオズワルドは聞き入れてくれないだろう。




 でも本当は、彼の嬉しそうな顔を見たら何も言えなくなるだけだ。
 だってその顔を見るのが私の幸せだから。
 いつからこんなに好きになってしまったのかはもうわからない。

 歩き始めた彼の腕に抱きつくように腕をからめる。

「ヴィアも離れるのが寂しくなったのか?」
「馬鹿なこと言わないで。今日は特別だからよ。それに、今は二人きりでしょう?」

 私の言葉にオズワルドは満足そうに笑った。
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