収穫祭の夜に花束を

Y子

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10月31日

25.別れ

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 日が暮れて空が闇に染まる頃、サンは家に戻ってきた。

「おかえり。ハロウィンは楽しかったかい?」
「ルーナ様……ありがとうございました」

 サンはお菓子でいっぱいになった籠を抱えてぺこりと頭を下げた。
 どうやら楽しい時間を過ごせたようだ。ルーナは満足気に微笑んだ。

「さて、まだお祭りは終わっていない。ハロウィンでは言わなければならない事があるだろう?」
「えっと……トリックオアトリート、ですか?」
「ああ、そうだ。よく言えたね」

 サンを褒めたルーナは用意していたお菓子を取り出す。それはサンの持っている籠よりも大きな籠に詰められたお菓子の山だった。

「こ、こんなにたくさんのお菓子を貰っても食べきることはできません」
「大丈夫、ゆっくり食べるといい。どうしても気になるのならばまた次元の狭間に置いておけばいいさ」

 サンは釈然としない顔をしながらもルーナからお菓子を受け取った。

「サン、この一週間どうだった? 幸せに過ごすことはできたかい? それとも……心残りはまだあるかい?」

 ルーナはサンに問いかけた。
 サンは堪えるように歯を噛み締め、そして少しだけ間を置いて答えた。

「…………幸せでした。もう、僕には何も望むものはありません」

 その声は震え、目は涙で潤んでいた。
 ルーナは、そのサンの言葉は真実ではないと思った。だから言葉を続けた。

「私はサンと出会えてこの一週間楽しかったよ。会話をすることが、誰かのために尽くすことが、一緒に食事をとることがこんなにも喜びで溢れているとは知らなかった」

 こういうとき、何を言えばいいのかをルーナはもう知っている。

「サン、お前のおかげだ。ありがとう」

 ルーナはそういってサンの頭を撫でた。
 
「間もなく種から芽が出るだろう。そうなればお前は動かなくなって、喋ることも物を見ることも出来なくなる。……私は、サンがそうなる事を望まない」

 ゆっくりと言葉を続ける。
 サンは真っ直ぐにルーナを見ていた。

「最後にもう一度問おう。心残りはまだあるかい?」

 同じ問いかけに、躊躇うようにサンは口を開く。

「僕は……もっと、たくさんのものを見たいです。僕は知らないことばかりで、もっとたくさんのことを知りたい……。色んな場所に行って、色んな人と話してみたい……僕は、花には、なりたくないです」

 ルーナは微笑んだ。

「よく言えたね。その願いを叶えてあげよう」

 ルーナは屈んでサンと目線を合わせた。
 サンの左目とルーナの左目の視線がぶつかる。

 五秒ほどそのまま見つめあって、サンが耐えきれずに瞬きをした。
 そうして目を開いた時、ルーナの蛇のような細長い瞳孔が、人間のそれのように丸くなっていた。
 それも左目だけ。右目はいつもの蛇の瞳だった。

「これでもうサンは自由だ。好きに生きるといい」

 そう言ったルーナの左目から不思議な光が溢れ出した。
 それは徐々に細い蔓のような形になり、やがて二つの葉の形を作っていく。

 ルーナは最後に優しく微笑んで、その場に倒れた。
 閉じた左目からは光の芽が伸びている。


 サンは呆然とその光の芽を見つめていた。
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