収穫祭の夜に花束を

Y子

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10月29日

20.サンはルーナの世界を見る

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 また朝が来た。
 ベッドから降りた僕は肺の中の空気を全て吐き出した。そして部屋の中を埋め尽くす花たちを見る。
 残された時間は多くない。

 三日後の夜にはすべてが終わっているはずだ。
 それより先のことを何度かルーナに聞こうとしたが、いつもその勇気がでなくて聞けずにいた。
 痛みはあるのだろうか。苦しいのだろうか。
 聞いたところで今更引き返すこともできないし、もしその答えが僕の望んだものではなかったとしても、僕にはどうにもできない。
 
 ルーナと過ごす時間は間違いなく僕の人生の中で最も幸せな日々だ。
 だからこそ終わりが悲しい。


 これまでと同じように食事をとって一階の掃除をする。
 それが終わったタイミングで二階のルーナの部屋の扉が開く音がした。
 見上げるとルーナが部屋から出てきていた。

 いつもと違ってその目はしっかりと開かれている。
 
「ルーナ様、おはようございます。今日は早いですね」
「おはよう、サン。今日は異界を見に行こう」
「わかりました」

 どうして突然そう言い出したのかわからないけれど、昨日のように何か用事があるのかもしれない。
 反対する理由も意味もないので僕は頷く。
 
 
「異界は普通の人間が過ごすには少し辛い環境でね。魔法をかけておくけれど、もし少しでも苦しかったらすぐに言うんだよ」
「はい、わかりました」

 ルーナは僕のおでこの辺りに手をかざす。
 昨日は目が温かくなったけれど、今日は身体全体が温かく感じた。

「行こう。昨日のように扉を開ければそこが異界だ。危ないから決して私の傍をはなれるんじゃないよ」
「わかりました」

 ルーナが扉を開ける。
 そこには絶景が広がっていた。 


 色とりどりの花が咲き誇る庭園のような場所だった。
 奥には川があり、ごうごうと音を立てて崖から水が流れ落ちている。

 右手側にはこの世のものとは思えない奇妙なものがあった。
 紫……、いや、ピンクかな。
 毒々しい色のとげとげがついた何かが立っている。いや生えている、という表現のほうがいいのかもしれない。
 とげとげの下には蔓の束があって、うねうねと動く葉っぱもついている。

 たぶん、あれは植物だ。

 家の前の原っぱにも異界の植物はあったけれど、あんな奇妙なものはなかった。

 よくよく見ると木の葉の色もおかしい。僕が知っている葉の色は緑や茶色、赤、黄色だ。
 でも奥にある木は……なんというか色んな色が混ざりあっていて、しかもずっと見ていると色がどんどん変わっていく。

 最初に綺麗だと思った景色は落ち着いてみるとおかしいものだらけだった。

「ここが異界だよ。どうだい?」
「思っていたよりずっと……綺麗で……変です」

 僕の答えにルーナはお腹を抱えて笑った。

「そうか、変か! サンの目にはここが変に見えるんだね。私にとってはこれが普通なんだよ」
「ではルーナ様には昨日行った街の方が変に見えるのですか?」
「ふむ、そういう考え方をしたことは無いな。あそこは確かに私の知っている普通ではないが、それはそういうものだと思って見ていたよ」
「そういうもの……」
「そう。私やサンの目の色が赤いのも、そういうものだ。別に変ではないだろう?」

 そうなのか。
 僕にとってこの目はおぞましい色の目だったのだが、ルーナにとってはそういうもの、なのか。
 今までそんなふうに考えたことはなかったけれど、そう思えたら少しは楽に生きることが出来ただろうか。

「変だと思うのは知らないからだ。知れば大抵の事は理解できるし、理解できなくても恐れや不安はなくなる。そこまでくれば、もう何も気にならないだろう?」

 もし、村でおばあちゃんや他の村の人に僕のことをちゃんと知ってもらうことができていたら、何か変わっただろうか。

「……知ることができないときはどうすればいいんですか?」
「そうだね。そのときは考えるしかないさ。それくらいしかできないからね」
「一生懸命考えれば、知ることができますか?」
「いや、できない。知った気になるだけだ。それでも何もやらないよりはマシだろうし、いつか知る方法を見つけられるかもしれない」

 ルーナは足元に咲いている花を摘んだ。
 それは僕達の目とおなじ、血のように赤い花だった。

「サン、知ることも大事だけど選択することも大事だよ。全てを知ることは必ずしも正しいことではない。知らないままでいる、という選択が正しいことだってある」

 ルーナはその赤い花を握りつぶす。
 するとその花は煙となって跡形もなく消えた。

「まあ、大体は間違った後でそのことに気付くんだけどね。だから、選択肢が与えられたそのときは間違えないようにしっかり選ぶんだよ」
 
 僕はルーナがどうしてそんなことを言うのかわからなかった。
 わからなかったけれど、聞き返すことができなかったからとりあえず頷いた。

「じゃあ行こうか。少し遠い場所に行くから烏に乗っていくよ」



 烏は荷物を運んでいるくらいだからきっと犬くらいの大きさだと思っていた。
 実際はもっともっと大きくて、僕を食べてしまえそうなくらい、小さな小屋くらいの大きさの鳥だった。

 その烏の背中に乗って今は空を飛んでいる。
 僕は落ちてしまいそうで怖くて下を見ることができない。
 後ろにいるルーナが支えてくれているけれど、烏が上がったり下がったりするたびにふわっとした感覚が襲ってきてとても生きた気がしない。

「あそこに城があるのが見えるかい?」
「……っ!」

 僕は声を出すこともうなずくこともできない。ただひたすら身体を強張らせて目的地に到着するのを待った。

 ほどなくして、烏はゆっくりと旋回しながら地面へと降りた。
 僕はこれ以上あの感覚を味わわなくていいのだとほっと息をついた。
 本当に死ぬかと思った。

 ルーナに抱えられるようにして烏から降りる。
 が、脚が震えて一人で立つことができない。その場にへたり込んでしまった。

「どこか苦しいところや痛い場所があるのかい?」
「いえ、その、空を移動するのが怖くて……脚が……」

 僕はルーナに支えられてなんとか立ち上がる。なんとも情けない姿だ。
 




「あら、貴女がここに帰って来るのは珍しいわね。おかえりなさい。その子が噂のサンかしら?」

 出迎えてくれたのは赤い髪の女の人だった。
 ルーナより一回りほど大きな身体と金色の吊り上がった目、そして唇の端から見える二本の鋭い歯がとても印象的な女性だった。

「メール……今日はサンに異界のことを見せたくて来たんだ」
「もちろん歓迎するわ。カリタス城へようこそ」

 メールと呼ばれた女性の背後には立派な城が建っていた。
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