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10月28日
19.ルーナは終わりを考える
しおりを挟む28日が終わろうとしている。
ルーナはため息をついた。
今日は街で買い物をして、サンにお菓子を買ってあげて、そしてレストランで食事をした。
お菓子もレストランの食事もサンにとっては初めて見るものばかりだったようで、それはもう喜んでいた。
きっとサンは幸せな日々を過ごせているだろう。
ルーナはサンのためにできることを全てやってきたつもりだ。
それの目的は最初の日から何一つ変わっていない。
ルーナは鏡に視線を向けた。
「宝石、ありがとう。ちゃんと受け取ったわよ」
「ああ、こちらも収穫祭の飾りを受け取った。問題なく当日を迎えられそうだ」
赤髪の魔女が送ってきた飾りはジャック・オー・ランタンと呼ばれる橙色のかぼちゃをくり抜いて作ったランタンが5つ、オレンジと黒のガーランドが3本とひょうきんな顔の幽霊の置物、そして魔女の箒が3本。
「貴女は人間式の収穫祭は初めてでしょう? 楽しめるといいわね」
「そうだな。31日の夜にはサンに植えた種の芽が出る。その前にうんと楽しませてやらないと」
ルーナが答えると赤髪の魔女は何か言いたげに口を開いたが、小さく首を振ってまた口を閉じた。
そうして一拍ほど黙ったあとまたしゃべり始める。
「……そのサンって子をかなり気に入ってるのね」
「ああ、私と同じ目の色をしていたんだ」
「赤い目の人間ってこと? そんな珍しい子がいたの……」
「だからサンは特別な子どもなんだ」
ルーナは無感情にそういった。
「そんな顔をするくらいなら花にするんじゃなくて使い魔にしてしまえばよかったのに……」
「サンは魔力がほとんどないんだ。使い魔にしたところでなんの役にも立たないさ」
「でも貴女と共に過ごすことはできるわ。貴女の最期の願い、覚えているかしら? もう何百年も経って記憶も擦り切れてしまったかもしれないけど……」
「さあ、記憶にないな。……メール、無駄話をするために私はここにいるわけではない」
「あら、私の名前、憶えていてくれたのね。嬉しいわ」
「何度も何度もしつこく教えられたら忘れられるものも忘れられない。私は余計なものを頭に入れたくないのに」
ルーナが本当に必要とするのは魔法と薬の知識だけ。
これまでも、これからもずっとそうだ。
だから他人の名前なんていう意味のないものを覚えたくはなかった。
「でも家族の名前くらい覚えておくべきでしょう? 貴女は私の娘で私は貴女の母よ」
「魔女に親なんていない」
「そうね。でも貴女を魔女として育てたのは私よ。だから私が魔女である貴女の母親なの」
メールは楽し気に笑う。
ルーナは彼女のその表情が好きではなかった。
彼女はいつだって自分のことを母親だという。
しかし彼女にとっての子どもはルーナだけではなかった。
異界で最も偉大な魔女、メールはすべての魔女たちの母親だった。
魔女となった子を集め、魔女として育てる。
彼女は何千年もの間ずっとそうして生きてきた。
子を育てることが彼女の最期の願いだったから、だそうだ。
ルーナがこのことを覚えているのは、何度も何度もメールに言い聞かされたからだ。
そしていつもメールはルーナにこういう。
最期の願いを叶えなさい、と。
「だからね、困ったことがあるなら頼りなさい。子どもたちを助けるために私はいるのよ」
ルーナは憮然とした表情のまま何も答えなかった。
そしていつものように鏡に布をかける。
これでうるさいことをいう魔女の顔を見なくてすむ。
けれど本当にそれでいいのだろうか。
ルーナは一人黙り込んで思案する。
自分の最期の願いとは何だっただろうか。
はるか昔に忘れてしまった願いだ。
どうして忘れようとしたのだろうか。どうして忘れてしまったのだろうか。
時計を確認するともう29日になっていた。
もう一度ルーナはため息をつく。
あと二日と半日だ。
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