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四章
61.求婚
しおりを挟む皇子との会談は和やかというか、本当に友人との雑談のような雰囲気で進んだ。
両国の譲れない部分や譲歩できる部分を話し合い、うまくまとめることができたと思う。
「一応これで問題は無いと思うけど、気になることがあればいつでも相談してね」
「ありがとう。この後はドラゴンの研究の進捗について確認しに行くのでしょう?」
「ああ。聞きたいことも試したいことも沢山あるからね」
表情が明るくなった。
皇子も相変わらず魔術が大好きなようだ。
「あ……も、もちろん君との約束も忘れていないよ。前みたいに三人で訓練しよう」
皇子は決まりが悪そうに付け足した。
「その事だけど……三人じゃなくて二人だけでお願いできないかしら」
昨日アシルと距離を置くことを決めたばかりなのだ。
暫くは彼と顔を合わせずに過ごしたかった。
可能なら私が王都を去るまで会わないようにしたい。そうすればきっと諦めもつくだろうから。
「…………、もちろん大丈夫だよ。アシルからドラゴンの研究について聞いた後早速訓練をはじめるかい?」
「今日はやめておくわ。だってアルはドラゴンの研究に関わることを楽しみにしてたでしょう? 明日朝九時からはじめるのはどう?」
「うん、そうしよう。じゃあこの後は夕食まで一緒にドラゴンの研究の見学だね」
「残念だけどまだやらなければならないことが残っているの。アルは私のことは気にせず満足いくまで研究をしてね」
別行動している間にアルベリク卿に協定内容の確認をしてもらって、私の担当している公務の引き継ぎ準備をしなければならない。
皇子とともにサンルームを出るとエラが困惑したような表情で近くに来た。
「シャルロット様、アシル様から伝言を預かっております」
「アシルから……?」
「『いつもの場所』で待ってるからアルフレッド様と二人で来てほしいと……」
「いつもの場所? 訓練場ってことかな?」
皇子は不思議そうに首を傾げた。
私宛の伝言でいつもの場所と指定するくらいなのだから間違いなくあの庭園のガゼボのことだろう。
もう彼と会うべきではない。
しかしそれは難しいだろう。
庭園で私だけ引き返せば会わずにすむけれど、そんなことしたら皇子に不審がられてしまう。
それにこの先彼の願いを無視したという心残りを抱えて生きていくのも嫌だった。
「わかったわ。すぐに戻るからエラとイヴォンは戻って待っていて」
既に気持ちの整理はついている。
皇子と一緒にという部分がひっかかるけれど、何を言われても状況は変わらないだろう。
皇子とともにあの庭園へと向かった。
明るい時間帯にそこを訪れるのはアシルと初めて会ったとき以来だ。
こじんまりとした庭園は今でも手入れされているものの華やかさとは程遠い。
「ここが二人の『いつもの場所』?」
「ええ。ここでアシルと初めて会ったの」
少し戸惑うように皇子は周囲を見回している。
王宮の端のこんな小さくて古い庭園に来るとは思わなかったのだろう。
庭園の中央にあるガゼボにアシルはいた。
入口付近にいる私達の方を向いて立っている彼の顔は些か強ばっているように見える。
割り切っているつもりだったけど、やっぱりアシルに会うと苦しくなる。
好きなのに、好きと言ってもらえたのに、彼の手を取ることができなかった。
「待たせてしまったかしら。私達をここへ呼び出して何の話をするつもり?」
突き放すように問いかけた。
私達はもう友人ではない。ただの王女と臣下の関係だ。
「来てくださってありがとうございます。最後にもう一度確かめたかったのです。そして……」
アシルは表情を変えることなく皇子へ視線を向ける。
「……アルに聞きたいことがあるんだ」
「僕に?」
「シャルロット様がノルウィークの子爵と結婚すると聞いた。それは事実なのか?」
予想はしていた。
皇子に私の婚姻を阻止するよう頼むのだろう。
けれど彼だって皇子なのだ。
王命の重さも、それを拒絶することの意味も知っている。
これで何かが変わるとは思えない。
「…………君がそれを知っている理由は……まあいい。シャーリィとテイラー子爵の婚約は事実だ。十一月に式をあげると聞いている」
「アルはそれでいいのか?」
「よくないよ。けど………………はぁ、君のせいで全てが台無しだよ。もう後にひけなくなったじゃないか」
皇子はため息をついて私の方を向いた。
「シャーリィのことが好きなんだ。どうか僕と結婚してほしい。必ず君を幸せにすると約束するよ」
突然のプロポーズに頭が真っ白になる。
私は結婚相手が決まったばかりだというのに。
「でもっ、テイラー子爵との婚約が……」
「彼はノルウィークの貴族だ。多少強引にはなるけれど手がないわけではない」
「でも私はノルウィークに行くわけには……」
「ああ、大丈夫だよ。確かに僕は皇太子候補ではあるけれど、継承権を放棄すればナフィタリアに来ることができる」
その言葉でようやくテイラー子爵との婚約の意味を理解した。
国王陛下はノルウィークとの強固な繋がりを欲していた。
皇太子となる人物と良好な関係を築きたかったのだろう。けれど候補は二人いる。
だから私が不幸になるような縁談を用意した。
アルフレッド皇子が私のためにその立場を捨てれば、皇太子になれる皇子は一人に絞られる。
彼が皇子という立場を利用してこの縁談を無理やり阻止すれば、彼の評価は下がりやはり皇太子候補から外されてしまうだろう。
もし皇子が何も行動を起こさなくても国王陛下としては問題ない。
現状維持のまま私が不幸な婚姻をするだけなのだから。
「ドラゴン討伐の前に僕が言ったことを覚えているかい?」
「討伐の前……、渡したい物があるって言ってたこと……?」
「ああ。ノルウィークでは愛を伝える際に家紋の入ったプレゼントを渡すんだ」
そう言って彼は懐から小さな箱を取り出す。蓋をあけるとそこには指輪がはいっていた。
「シャーリィ、僕は君のことを愛している。これからも一緒に居てほしい」
皇子の目は真剣で、その言葉は嘘ではないのだとはっきりとわかった。
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