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二章

25.小火

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 あの後アシルから魔術のことを沢山教わった。

 使用する際には具体的なイメージが必要なこと。このイメージが不安定だと上手く行かなくなってしまうらしい。
 次に魔力はよく寝てよく食べないと回復しないということ。
 そして一番大切なのは観察し考えることなのだという。
 上手くいかなかったという結果には必ず原因がある。
 それを見つけて修正することで理想に近付いていく。



 私が今日習ったのは基礎的な魔力を操作する部分らしい。魔力をしっかり制御することで魔術と呼ばれる術を行使することができるようになる。

 まずはアシルが見せてくれたような小さな火の玉を出す練習からだ。
 私はさっぱりできなかったけどイヴォンはあっさりとできるようになってしまったから悔しい。
 やっぱりなんでも出来る王女であることを諦めたくないのだ。




 大きなため息をついてベッドに倒れ込む。
 私の部屋の中でもこのベッドの上はお気に入りの場所だ。
 一日の疲れが取れるように、そしてお姫様気分を存分に味わえるようにとかなり拘った。
 レースと刺繍満載の天蓋付きフワフワベッドの上に居ると癒される。
 例え泥だらけの訓練場を転がり回った後だとしても私はお姫様なのだと実感できるから。

 再度ため息をつく。

 

 アシルに教えてもらった通りにしても上手くいかなかった。何故だろう。
 好きなものを思い浮かべろと言われても私の好きなものが何かがわからない。
 確実に好きだと言えるのはアシルくらいだ。




 今日のアシルの様子を思い出す。
 彼は真剣になればなるほど早口になり、そして距離が近くなった。
 子どものようにキラキラした目で話す彼を見ていると私も楽しくなったしもっと話を聞きたいと思った。

 魔術のことはわからないことだらけで感覚の話もしっくりこなかったけど、何度も言い換えてくれたり私が納得するまで待ってくれたおかげでなんとか理解出来た……気がする。
 たぶんアシルは面倒見のいい性格なのだろう。
 初めて会ったときも見ず知らずの私のことをやさしく諭してくれていたし。

 それに真面目で苦手な事も努力してくれる。
 魔術の訓練の合間に少しづつ言葉遣いを教えてみたら、嫌がらずに真剣に聞いてくれた。

 ノルウィークからの援軍の一部は貴族だ。
 そして祝福を持ったものはそれなりの家の出身だろう。
 神の祝福を授かった一人としてノルウィークの貴族と関わらなければならない場面はきっと訪れる。
 そのときに少しでもアシルが辛い思いをしないようにしてあげたい。

 まあ援軍と関わる時にはアシルは私と一緒に行動するだろうから大丈夫だとは思うけど。
 援軍が来るまでと調査討伐が終わるまで、私はずっとアシルと一緒にいるつもりだ。
 八年も我慢したんだからそれくらい許されるだろう。



 王女が平民と結婚だなんて無理だとはわかっている。
 十六になれば成人して高位貴族の中から伴侶を選ばなければならない。
 妹は私と違って線が細く身体も丈夫ではないのだ。彼女が子を産めなければ私の産んだ子が次の王となる。
 結婚をしないという選択肢も子を産まないという選択肢も私は選ぶことができない。

 だからそれまでは夢を見ていたいのだ。
 アシルと一緒に過ごして少しでも思い出を作りたい。




 初恋なのだ。
 杏奈の人生でも恋はしなかった。
 好きな人が隣にいるということがこんなに幸せなのだということを初めて知った。

 ずっと一緒にいたい。

 もしアシルが貴族だったならこの先ずっと一緒に居られたのだろうか。
 私が約束を果たすことは叶わなくなるけれど、アシルの夢を叶える手伝いができただろうか。
 身分の違いを気にすることなんてなく共に…………。



 そこまで考えたところでふと思い至った。
 アシルを貴族にしてしまえばいいじゃない、と。

 だってアシルは神の祝福を授かった人間なのだ。
 準貴族になるのは容易だろうし、功績によってはもっと上の爵位だって授かることができるだろう。

 そして今起きているのは国を揺るがす危機だ。
 国王陛下にも危険性はしっかり伝えたしノルウィークに要請する援軍もこれまでにない規模だ。
 もしここでアシルが活躍出来たら。
 もし上級魔物をアシルが討伐できたら。

 間違いなく叙爵される。

 そこまでいけなくてもロバン侯爵の養子にすることを認めてもらうくらいならできるだろう。
 そうなればアシルは立派な貴族だ。





 どうしてこんな簡単なことを今まで思いつかなかったんだろう。
 嬉しさのあまり枕を抱きしめてベッドの上をゴロゴロと転がる。



 そうと決まったらまずは私が魔術を極めないと!
 私の功績もこっそりアシルがやったことにすれば叙爵への道が確かなものになる。


 起き上がってベッドの中央で正座し、ゆっくりと息を吐き出した。


 アシルに教えて貰ったことを再度思い出す。
 イメージを明確に、そして魔力を流し込む。
 いくら火の球の想像をしても上手くいかなかったから他の方法をとるべきだ。

 魔術のイメージ。
 シャルロットの人生ではほとんど魔術に触れてこなかった。
 杏奈の人生ではなおのこと。あの世界に魔術なんてない。

 それでも魔術や魔法の概念はあった。
 杏奈の人生で沢山遊んだゲームの魔法が私の目指す魔術の形だ。
 だからまずはあれをイメージしてみよう。
 ゲームの中で魔法使い達は杖や手から魔法を出していた。

 アシルがしていたように手のひらを天井へ向ける。
 目を閉じてゲームの画面を思い浮かべた。コマンドがあって、魔法の項目から使いたい魔法を選ぶ。
 ゲームでは火の魔法でも様々な種類があった。単体を攻撃するもの、全体を攻撃するもの。
 一番簡単な火の魔法を思い浮かべる。
 そして魔法の名前を口にした。

 何かが手に集まっていく感覚。そしてその直後に上方から何かが燃えるような音がした。

 不思議に思って目を開け上を向くと、ベッドの天蓋が燃えていた。

「は????」

 燃えている。
 私のお気に入りの天蓋がぼうぼうと燃えている。

「ちょ、まっ……誰かっ! 誰か来て!!」

 涙目になりながら必死に助けを求めた。
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