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一章
11.理由2
しおりを挟む「……軽々に決められることではないわ。その可能性を裏付ける証拠がいるの。仮に何も成果が出なかったとしてもナフィタリアが責任を負う必要がないと言えるだけの物証が」
「ええ、もちろんです。シャルロット様のお許しをいただけるのなら、アシルに調査を命じるつもりです」
「アシルに……? 魔物の調査は経験が必要だと授業で言っていたじゃない。昨日宮廷魔術師になったばかりのアシルには荷が重いわ」
「アシルは神の祝福を授かっております。誰よりも適任でしょう」
この件で功績を上げればアシルの立場は一気によくなるだろう。
しかし経験のない彼が何かを見つけられるとは思えなかった。
「祝福が与えるのは才能であって、経験は実践を重ねることでしか得られないわ。アシルに調査させるのであれば経験豊富な魔術師を同伴させなさい」
「承知しました。そのようにいたします」
アルベリク卿は恭しく頭をさげた。
彼の言葉は国を思うからこその提案……だと思う。
いくらアルベリク卿がアシルを虐げているように見えたとしても、今回の件を利用してアシルを貶めるようなことはしないはずだ。
経験のないアシルを遣わせてわざと調査を失敗させるなんて、そんなことするはずがない。
もし本当に深刻な問題ならばそのようなことをやっている余裕なんてないはずだから。
国が傾けば当然貴族にも影響が及ぶ。富も権力も持っているロバン侯爵とてそれは避けられない。
嫌がらせのためにやるにはリスクが大きすぎる。
だから大丈夫だ。
けれど不安は消えない。
ロバン侯爵家はナフィタリア建国からずっと王家を支えてくれた一族だ。疑うことは臣下の忠義を否定することに繋がる。
王女として彼の言葉を信じなければならない。
……アシルのことさえなければ、私は喜んで彼の言葉を受け入れただろう。
好好爺という言葉が良く似合う彼は、私を孫のように可愛がってくれていた。
物心ついた頃には既に祖父はいなかったけれど、杏奈の祖父との思い出がアルベリク卿と重なり勝手に祖父のように慕っていたのだ。
それをこんな形で裏切られることになるとは思わなかった。
「ところでそのアシルは今日も適性検査をやっているのかしら?」
「適性検査は昨日で全て終わりました。今日は宮廷魔術師として必要な規則を学んだり王宮内を見て回っております」
「それは配属されたら真っ先にやらなければならないことよ。騎士団はそうしてるわ。何故後回しにしたの?」
王宮内を把握するのは宮廷魔術師として必要なことだ。
なぜなら謀反や戦争が起こった場合に彼らは王族を守らなければならないから。
その際に王宮のどこに何があるのかわからなければ話にならない。
だから配属されたばかりのアシルが王宮内を案内されるのは何もおかしいことではない。
けれど本来ならばその二つは何を差し置いても優先しなければならないことのはずだ。
昨日の件といい魔術師達の行動は不自然すぎる。
「アシルは特別な子ですから。魔物の異変が起こったときからアシルの力をその異変の解決のために使うべきだと思っておりました。ですから先にアシルの能力を調べたのです。今は魔術師団長と副団長の二人が今後の指針を話し合っています」
白々しいことこの上ない。
けれど魔術師のことをよく知らない私はその言葉を否定することができない。
「……何にしても今日は会えなさそうね。アシルを調査に向かわせるのはいつになるのかしら」
「魔術師団長の許可を得てからになりますが、彼も反対することはないでしょう。明日か、遅くとも明後日までに出立するかと思います」
ここから例の国境付近まではどれだけ急いでも一日はかかる。
当然アシルに会いに行くことはできない。
例の件の調査がどれだけかかるのかはわからないが、以前派遣した魔術師達は周辺の調査に一週間ほどかけていた。今回もそのくらいはかかるだろう。
「しばらくアシルに会うことはできないようね」
思わずため息が漏れた。
八年間の想いのやり場がなくてやるせなくなる。
どうして思い通りにならないのだろう。
私はただアシルに会ってこれまでのことを話したいだけなのに。
それはそんなに悪いことなのだろうか。
「調査が無事終わりノルウィークとの交渉が上手くいけばシャルロット様にもアシルにも時間の余裕ができるでしょう。そのときに改めて交流の場を設けます」
「…………楽しみにしているわ」
話を終えた私たちは魔術師の塔を後にした。
昨日とは違って空はまだ青い。
考えなければならないことは沢山あるけれど、じっとしているのは性にあわない。
歩きながら考えることにした。
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