上 下
1 / 6

1

しおりを挟む

 私が悪役令嬢マリアになったのは今から約一年前のこと。



 鏡に写った私は私ではなかった。
 この世界での私の記憶はそこからはじまる。
 
 長く美しい銀髪、くっきりとした二重に吊り上がった目、そして形の良いぷっくりとした唇。
 その鏡に映った顔を私はよく知っていた。


 それはプレイしていた乙女ゲームに登場するキャラクターで、ヒロインであるプレイヤーに嫉妬し嫌がらせをする存在。
 つまり悪役令嬢である。

 その事に気が付いた時には軽く絶望したし、ここから逃げ出したくて仕方がなかった。
 もちろん世間知らずのお嬢様であるマリアがここではないどこかへ行ける訳もなく、そして元の世界に帰ることもできない。
 だから私はマリアが死なないルートでこの世界ゲームをクリアする決意をした。

 ゲームなんだからクリアしたら元の世界に戻れるでしょ、なんていう安易な考えで行動したことを今では後悔している。

 学園でありとあらゆる手を使ってヒロインリリーと攻略対象者達をくっつけようとしたけれど全ては失敗に終わってしまった。
 騎士団長令息リオンとも幼馴染の伯爵令息ノアとも宰相令息私の弟ともただのお友達の関係。
 その結果、悪役令嬢マリアは婚約破棄されることも死ぬこともなくゲームのエンディング直前の二月を迎えてしまった。
 ゲームのどのエンディングとも違う結末。

 これ、クリアしたことにならないよね……?
 さすがに違いが多すぎてもうここがゲームの世界だとは思っていないけれど、クリアしたら元の世界に帰れるんじゃないかという小さな希望が消えるのはなんだか悲しい。






 盛大にため息を付き、目の前の本のページを捲る。
 文字を目で追うが何も頭に入ってこない。
 これではもう意味が無いだろう。
 私は本を閉じて周囲を見回した。

 今私たちが居るのは学園の図書館の最奥。禁書と呼ばれる一般人が目にしてはならない書物が保管されているエリアだ。
 当然そこに入ることのできる人は限られていて、その権限を持つうちの一人は今私の隣にいる。
 だから今この学園内で私たち以外にここに入ることの出来る人はいない。
 わかっていても確認して安心を得たかった。

「そこまで警戒しなくても人は来ないよ」
「ええ、でもどうしても気になってしまって……」

 隣にいる金髪の皇太子フランツ殿下にこたえて笑みを返す。

「大丈夫。何があっても僕が守るから。それより何か手がかりは見つかった?」
「何も……。魂を取り出して別の人間の身体に入れた、との記述はありますが……どのようにしてそれを成したのかは書かれていません」
「困ったね。ここにある全ての本を全て確認するわけにもいかないし……。僕も手伝えたらよかったんだけど……これって何語で書かれているかわかる?」
「わかりません……。私も理解して読んでいるわけではなく、文字を見ると意味がわかるだけですので……」
「そっか。辞書を確認しながらでも読めたらと思ったんだけど……。そういえば会話も何語を話しているかわからないんだっけ?」

 申し訳なく思いつつ小さく頷く。
 私の耳に入ってくる言葉は全て日本語だし、私の話す言葉もまた日本語だ。
 けれど実際にはこの国の言葉を話しているらしい。そして別の国の言葉で話しかけられればそれに対応した言葉で話せるようだ。

 たぶん転生者特典のようなものなのだろう。私は転生していないけれど。

 殿下は眉間に皺を寄せ小さくため息をついた。

「困ったね。卒業まであと一ヶ月半ほどしかない。それまでに全てを解決できなければ、僕達は結婚しなければならなくなる」

 彼の言葉に少しだけ胸が痛んだ。

 目の前にいる殿下はマリアの幼い頃からの婚約者だ。
 そして私の“推し”でもある。
 ゲームの中の彼はプレイヤーであるヒロインに恋をする。
 そしてそれを嫉んだ悪役令嬢マリアは二人を害そうとして失敗し、処刑されてしまう。

 彼のルートに入ればマリアの未来はない。
 そう思って必死に彼に好かれようと努力した結果、私が彼を好きになってしまった。
 そして彼も私を好きになってくれたのだけれど……。

「もう一度確認したいんだけど……君は異世界から来たマリアとは別の人間で、その身体にはマリアと君の二人分の魂が入っている。マリアの意識は表に出ることはなく、おおまかな感情を感じ取ることはできるけれど意思疎通をはかることはできない」
「はい、その通りです」

 私が頷くと彼は小さくため息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その国外追放、謹んでお受けします。悪役令嬢らしく退場して見せましょう。

ユズ
恋愛
乙女ゲームの世界に転生し、悪役令嬢になってしまったメリンダ。しかもその乙女ゲーム、少し変わっていて?断罪される運命を変えようとするも失敗。卒業パーティーで冤罪を着せられ国外追放を言い渡される。それでも、やっぱり想い人の前では美しくありたい! …確かにそうは思ったけど、こんな展開は知らないのですが!? *小説家になろう様でも投稿しています

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

悪役令嬢っぽい子に転生しました。潔く死のうとしたらなんかみんな優しくなりました。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したので自殺したら未遂になって、みんながごめんなさいしてきたお話。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 …ハッピーエンド??? 小説家になろう様でも投稿しています。 救われてるのか地獄に突き進んでるのかわからない方向に行くので、読後感は保証できません。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...