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しおりを挟む私が悪役令嬢になったのは今から約一年前のこと。
鏡に写った私は私ではなかった。
この世界での私の記憶はそこからはじまる。
長く美しい銀髪、くっきりとした二重に吊り上がった目、そして形の良いぷっくりとした唇。
その鏡に映った顔を私はよく知っていた。
それはプレイしていた乙女ゲームに登場するキャラクターで、ヒロインであるプレイヤーに嫉妬し嫌がらせをする存在。
つまり悪役令嬢である。
その事に気が付いた時には軽く絶望したし、ここから逃げ出したくて仕方がなかった。
もちろん世間知らずのお嬢様であるマリアがここではないどこかへ行ける訳もなく、そして元の世界に帰ることもできない。
だから私はマリアが死なないルートでこの世界をクリアする決意をした。
ゲームなんだからクリアしたら元の世界に戻れるでしょ、なんていう安易な考えで行動したことを今では後悔している。
学園でありとあらゆる手を使ってヒロインと攻略対象者達をくっつけようとしたけれど全ては失敗に終わってしまった。
騎士団長令息とも幼馴染の伯爵令息とも宰相令息ともただのお友達の関係。
その結果、悪役令嬢は婚約破棄されることも死ぬこともなくゲームのエンディング直前の二月を迎えてしまった。
ゲームのどのエンディングとも違う結末。
これ、クリアしたことにならないよね……?
さすがに違いが多すぎてもうここがゲームの世界だとは思っていないけれど、クリアしたら元の世界に帰れるんじゃないかという小さな希望が消えるのはなんだか悲しい。
盛大にため息を付き、目の前の本のページを捲る。
文字を目で追うが何も頭に入ってこない。
これではもう意味が無いだろう。
私は本を閉じて周囲を見回した。
今私たちが居るのは学園の図書館の最奥。禁書と呼ばれる一般人が目にしてはならない書物が保管されているエリアだ。
当然そこに入ることのできる人は限られていて、その権限を持つうちの一人は今私の隣にいる。
だから今この学園内で私たち以外にここに入ることの出来る人はいない。
わかっていても確認して安心を得たかった。
「そこまで警戒しなくても人は来ないよ」
「ええ、でもどうしても気になってしまって……」
隣にいる金髪の皇太子にこたえて笑みを返す。
「大丈夫。何があっても僕が守るから。それより何か手がかりは見つかった?」
「何も……。魂を取り出して別の人間の身体に入れた、との記述はありますが……どのようにしてそれを成したのかは書かれていません」
「困ったね。ここにある全ての本を全て確認するわけにもいかないし……。僕も手伝えたらよかったんだけど……これって何語で書かれているかわかる?」
「わかりません……。私も理解して読んでいるわけではなく、文字を見ると意味がわかるだけですので……」
「そっか。辞書を確認しながらでも読めたらと思ったんだけど……。そういえば会話も何語を話しているかわからないんだっけ?」
申し訳なく思いつつ小さく頷く。
私の耳に入ってくる言葉は全て日本語だし、私の話す言葉もまた日本語だ。
けれど実際にはこの国の言葉を話しているらしい。そして別の国の言葉で話しかけられればそれに対応した言葉で話せるようだ。
たぶん転生者特典のようなものなのだろう。私は転生していないけれど。
殿下は眉間に皺を寄せ小さくため息をついた。
「困ったね。卒業まであと一ヶ月半ほどしかない。それまでに全てを解決できなければ、僕達は結婚しなければならなくなる」
彼の言葉に少しだけ胸が痛んだ。
目の前にいる殿下はマリアの幼い頃からの婚約者だ。
そして私の“推し”でもある。
ゲームの中の彼はプレイヤーであるヒロインに恋をする。
そしてそれを嫉んだ悪役令嬢は二人を害そうとして失敗し、処刑されてしまう。
彼のルートに入ればマリアの未来はない。
そう思って必死に彼に好かれようと努力した結果、私が彼を好きになってしまった。
そして彼も私を好きになってくれたのだけれど……。
「もう一度確認したいんだけど……君は異世界から来たマリアとは別の人間で、その身体にはマリアと君の二人分の魂が入っている。マリアの意識は表に出ることはなく、おおまかな感情を感じ取ることはできるけれど意思疎通をはかることはできない」
「はい、その通りです」
私が頷くと彼は小さくため息をついた。
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