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1章

11.ヒロインの布教活動

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 今日もいい天気だ。
 いつものようにお昼休みを中庭で過ごす。
 誰も来ない場所は安心出来る。失敗する心配がないからだ。


 中庭の隅にあるベンチで足をぶらぶらさせながら、昨日のアランとフローレンスの会話を思い出してゆっくりと息を吐いた。
 商会に関することを義理の娘である私が決めることはできない。出来ることはアランと義父の橋渡し役になるくらいだろう。
 今朝、昨日の出来事を簡単に説明した手紙を義父に送った。
 きっと喜んでくれるはずだ。

 これで少しは恩を返せただろうか。

 でもまだ足りない。
 私はまだ何もできていないのだから。





 神様に助けてもらうためにはもっと頑張らないといけないはずだ。

 色々試した中で唯一手応えが感じられたのはギルバートへの布教だった。
 だからひとまずこの方向性で頑張ってみるつもりだ。

 可能なら近衛騎士団長子息ジェイクと仲良くなりたい。
 彼も攻略対象の一人なんだから、うまくいけばギルバートのように刺繍に興味を持ってくれるかもしれないから。
 とはいえジェイクにはまだ出会えていない。目立つ人だから遠目に見かけたことはあるけれど、普段どこにいるのかもわからないし、攻略方法も朧気だ。
 
 ギルバートのようにどこかでばったり出会えないものか。
 そう、例えば今この瞬間話しかけてきたり……。

 なんて、そんな都合のいい事が起こるわけない。そう考えた時だった。


「リゼット、今日もここにいたのか」

 その声はよく知った人の声だった。
 慌てて顔をあげると、少し呆れ顔のギルバートがいて、その隣に誰かが立っている。
 赤毛の短髪、そして周囲に威圧感を与えるような鋭い目つき。その人は今まさに会いたいと思っていたジェイクだった。

「ギ、……ギルバート様、御機嫌よう」

 立ち上がっていつものように応えようとしたけど、咄嗟に誤魔化して当たり障りのない挨拶を返した。
 平民である私が侯爵家の人間であるギルバートに気安く話しかけている場面をジェイクに見られるわけにはいかない。

 ぎこちなく挨拶をする私を見てギルバートは怪訝そうな顔をした。

「ああ、ジェイクがいるから驚いているのか。こいつはジェイク。俺の友人だ」
「はじめまして。ジェイク=クロムウェルだ」
「は、はじめまして。リゼット……リゼット=オルコットです」

 緊張しながらもスカートをつまんでお辞儀をする。
 ジェイクは……ギルバートのように身分を気にしない人なのだろうか。ゲームではいつも主人公に優しかったけど、シナリオ外のこの時点ではどうなのかはわからない。
 嫌われないようにしないと。

「怖がらなくていい。ジェイクは目付きは悪いが穏やかで根は優しいんだ。特に初対面の人にはな」
「目付きが悪いは余計だ。フォローするつもりならもっとマシなことを言ってくれ」

 ジェイクの言葉にギルバートは笑ってさらにジェイクの見た目とのギャップについて言及し始めた。
 ジェイクはそれを聞いて怒るわけでもなく、半ば呆れたように言い返している。


 ……二人ともこんなキャラだったっけ?
 ギルバートはゲームに出てくるギルバートと同じ性格だと思ったのに……。
 フローレンスも本来なら主人公と仲良くなるようなキャラではない。やっぱりゲームとこの世界は違うのだろうか。

「とにかく、ジェイクを気にする必要はない。リゼットはいつも通りにしていればいい」
「い、いつも通りって言っても……」

 そんなことをしてジェイクに嫌われてしまったら大問題だ。
 せっかくの布教チャンスを潰すことになる。

 いやでもギルバートがいつも通りと言うのだから従うべきなのだろうか。だって二人は仲のいい友人みたいだし。
 友人の言葉を聞き入れない私をジェイクは好意的に見てくれないよね……?

 失礼なことを言わないよう気を付けつつ、いつも通りに刺繍を布教してみよう。

 …………なんだか難しいな。
 布教の前にまずは仲良くなるところからかも。

「今日はリゼットと話がしたくて探してたんだ」
「私と話を? でもギルバートが聞いて楽しいことなんて話せないし……」

 政治や外交の話はわからないし、男子生徒の間で流行っているものも知らない。
 音楽や絵画にも疎いし、教養がないからギルバートの話の半分もわからない。
 ギルバートはいつも私に色々話してくれるけど、私はその話のほとんどを理解出来ずにただ頷いているだけだ。
 そのせいなのか、ギルバートはある程度話したら刺繍の話を振ってくれる。

 あれ、これってもしかしなくても気を使われてるってこと?

 ギルバートは困ったように笑った。

「いつも通りで構わないと言っただろう。今までのように刺繍の話をしてほしいんだ」
「えっ、でも……」

 ちらりとジェイクの方を見る。
 嫌そうな表情ではない。
 一応大丈夫かな……? 大丈夫じゃなかったとしても、ギルバートに話すよう促されているのだから私に拒否権はない。

 まぁ軽く話すくらいなら大丈夫……だと信じよう。

「えっと……ジェイク様がいらっしゃるので、まずはセブラム刺繍について説明しますね」

 ジェイクは刺繍の知識がないはずだ。
 だから何も知らないジェイクにも興味を持ってもらえるよう丁寧に話さないといけない。

 セブラム刺繍の特徴と他の刺繍との違いと……。あ、そもそもセブラム地方のことを知らないかな。そこも話して、あと道具の話をして。
 そうそう説明だけじゃなくて私の好きな刺繍の話もしないと。
 最近はフローレンスの影響もあってお花のモチーフを練習している。
 花弁が多い花はどうしても手間がかかって大変だ。けれど、その分完成した時の達成感は段違いだ。
 そんな話をしながら少し前に刺した薔薇の刺繍を見せ、ふと顔を上げたときだった。

 二人が苦笑していることに気が付いたのは。


 やらかした。
 喋るのを止めて必死に挽回する方法を考える。

 だめだ、どうしたらいいのかわからない。
 恥ずかしさに全身から汗が吹き出した。

「リゼット……?」
「その……ご、ごめんなさい。ずっと一方的に喋ってしまって……」
「問題ない、気にしないでくれ」

 けれどお二人の顔はそうは言っていないのですが。
 呆れてるじゃん。どう見てもうんざりしてる。

 ジェイクに興味を持ってもらいたかっただけなのに。どうして私はいつも失敗しちゃうんだろう。
 目頭が熱くなる。情けなくて泣いてしまいそうだけど、ここで突然泣きだしたらわけのわからない女になってしまう。
 涙が零れてしまう前に急いでここから離れないと。

「っ、次の授業の準備があるので私は失礼させていただきますね」

 慌てているのがバレないようできるだけ丁寧に礼をして、急いでその場から離れた。




 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
 気を付けるつもりだったのに、二人を置いてけぼりにして一人でベラベラと喋ってしまった。
 これじゃジェイクに興味もってもらうどころじゃない。

 どうやったら私は失敗しないようになるのだろう。
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