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 晩餐後、アリーには先に部屋へと戻ってもらった。
諸悪の根源のマーガレットを問いただすためだ。
義兄の書斎に場所を移し、三人で酒の入ったグラスを傾ける。
「茶番だな」
俺の第一声にマーガレットが魔女のようにニヤリと笑う。
久しぶりに見たが、毎日メイドを三人ぐらい喰ってんじゃねえかと疑う表情だ。
「完璧だと思ったのだけど。今後の参考までになぜ分かったのか教えて下さるかしら?」
「今後は無い。もう二度とごめんだ。決定打は部屋の色が俺の瞳の色だった事。あれだけの物を揃えるには、何か月も前から準備しなきゃ出来ないだろう。アリーのドレスも昨日今日用意したにしては多すぎる。それに、メイドがアリーのドレスを先に用意していた分と言ったんだ。これがダメ押し。完全に黒だと確信した」
マーガレットの手前、茶番と言ったものの、実際は良く練られた嘘だった。
一度目に義兄を訪ねた時は、いつも通り予告なく来ると読んでいたのだろう。
だから、アリーを連れ出す時間を作るために、斡旋所をもう一度留守にするよう翌日の約束を取り付けたんだ。
俺の行動を先読みされてたかと思うと胸糞悪い。一体いつから準備していたんだ。
わたくしがやり過ぎたのね。それにメイドの事もわたくしの失敗だわ。今後は気を付けなくてはね」
人を騙しておいて、その態度かよ。
「今後は無いって言っただろ。なんでこんな手の込んだ事をしたんだ?」

またニヤリと笑う。
「もちろん愛しい弟のためよ」
背筋が寒くなる発言はやめてくれ。
「はっ!二度とふざけた茶番に巻き込まないでくれ。じゃあな」
「あらあら、婚約破棄かしら?せっかくアリーの婚約者として過ごせるチャンスなのにね」
ぐっ!確かにそうだ。
「やっとフラフラしていた弟が愛しい人に出会ったと言うのに二年も進展がないのよ」
ぐうっ!
「この人はわたくしと出会った翌日、家に訪ねてきてプロポーズしたというのに」
あの時は、生贄の子羊がのこのこ魔女を訪ねて来たと思ったけどな。
まぁ、子羊も厚い皮を被っていたから、こいつらはお似合いだ。

「このままでは、付き合うまで十年。結婚まで十年。子供が出来るまで十年掛かりそうだから、お手伝いしようとしただけなのに、まさか弟想いの姉を責めるなんてことはしないでしょうね」
ムカつくが、言い返すと倍になって返って来る。
「理由はわかった。もうやめろ。それで、どこまで嘘なんだ?」
「嘘じゃなくて作戦と言うのよ。すべて作戦」
全部、と言うことか。脅迫状は嘘。そんなものは届いていない。
まさか、あいつらも……
「親父のぎっくり腰と兄貴は?」
「二人とも元気に働いているわ。誕生会の前日には我が家に来る予定よ」
奴らもグルかよ。俺の恋愛事情が家族に筒抜けになっているとは。最悪だ。
「アリーを騙したくない。帰らせてもらう」
「じゃあ、六十歳までに子供が出来るように祈っているわ。ただし……アリーには残って頂くわ」
「はぁっ!?なんでだよ」
「求人依頼書になんて書いてあったか思い出す事ね」
俺のには、事件の解決に尽力するように書かれていた。事件自体がないのだから破棄可能だ。
アリーのには……くそっ!『ここで過ごす』簡単な依頼をマーガレット側の瑕疵で破棄するには相当な理由が無いと難しい。
これも作戦だったのか!嘘がばれた時の対策までしてやがる。

マーガレットから言質を取った時も、アリーが危険なら連れ帰るという内容だった。
脅迫がなくなった今、危険だと主張出来なくなった。
「ふふ、作戦に気付いていないふりをして、危険だと押し通せばアリーも帰れたかもしれないわね」
だからこの魔女が嫌いなんだ。小賢しい性悪とは気が合わない。
「あなたが帰るのなら、アリーには別のパートナーを用意しないとね。うちの二男が良いかしら?あなたより歳が近いし、仲良くなれるでしょう」
ダメだ!マーガレットの息子達は良い奴らだが多感な年頃だ。アリーに惚れるに決まってる。
「ちくしょう!魔女めっ!」

「まぁまぁ落ち着いて。今回は引き分けってことで、マギーの誕生日を二人で祝って欲しいな。さぁ、夜も遅いしお開きにしよう。ランドルフ君もアリーさんが待ってるよ」

今夜帰るつもりだったから、同じベッドで寝ると話した時は余裕だった。
……誰か『理性』を売ってくれ。今なら言い値で買う。


 扉の前で逡巡する。ノックすべきだよな。
またアリーが着替えでもしていたら、今度こそ襲っちまう。

大きく深呼吸をしてからノックする。

……返事がない。風呂だろうか? 
危険は無いと思うが、扉に耳を付け中の気配に集中する。
扉が分厚いので確かではないが水音は聞こえないな。
通りかかった従僕に怪訝な顔をされた。
姉の事だ、俺の行動を報告するように指示しているだろう。
従僕からの報告を受けた姉が「情けないこと」とつぶやく場面が想像され腹立たしい。
取り繕うように背筋を伸ばし、咳払いをしてから扉を開けた。

――天使だ。ソファーで天使が寝ている

足首まである貞淑な薄いピンクの寝着の上に、厚めの白いガウンを纏っている。
横向きになった体は山の稜線を描いているようで男との体の違いを明白にさせている。

息を殺しながら恐る恐る近づく。
頬から首にかけ、絹糸のような黒髪がかかっている。
眠る天使を起こさないように、気配を消したまま前かがみになり、ゆっくりと手を伸ばした。
震える指でそっとそっと髪を流す。
顔のすべてが見え、林檎のような口を薄く開き、穏やかに眠る顔を眺める。

どれだけ眺めていただろう。
アリーが「んっ」と小さく体を震わせたことで、寒いのかもしれないと思い至った。
そっとアリーを抱き上げる。
軽さに驚きながらも、横抱きにしたアリーの尻に俺のモノが当たる。
おい、お前。いつの間に勃ったんだよ。
一歩進むたびにアリーの尻をノックしようとするもんだから、最大限に腰を引いた体勢が滑稽だ。
どうか、姉がこの部屋にのぞき穴を作っていませんように。
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