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涙と隣人
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私からのお誘いから10分後、彼女は私の部屋の定位置についていた。昨日に比べると無機質な印象は薄れており、どちらかというと戸惑いの様子を見せている。
「あの……随分豪華ですね」
彼女は私が食卓に並べた色とりどりの夕食を前にして驚いているようだ。
「ええ、たまには豪華な食事もいいかな、なんて思ったもので。それに……こういう食事は一人で食べるよりは誰かと、ね」
私は精一杯そんなことを言う。彼女ことが心配だった、という本当の動機についてはあえて触れないようにする。まあ、言わなくても彼女には伝わったようで、「……ありがとうございます」と彼女は小さく頭を下げた。
「さて、なんのことでしょう」
私はとぼけて、あえて笑顔を作る。そんな私の様子を見て、彼女は今日初めての笑顔を見せてくれて――私の胸中に少しだけ震えるものを感じてしまった。
「いただきます」
「いただきます」
二人で挨拶をして、私はまずメインの牛頬肉から頂く。口に入れた瞬間、噛む必要もなくホロリと崩れ牛肉の旨味が舌に広がる。すでに味見しているとはいえ、改めてきちんと食べると本当に上手く出来ている、と自分でも嬉しくなる。
ちらりと彼女を見ると、牛肉を口いっぱいに頬張り、少しだけ顔をほころばせている。
「おかわりもありますからね」
「う……はい」
たくさん口に入れているのを見られたのが恥ずかしいのか、少し恥ずかしそうにしながらも、コクリと頷いてくれる。とりあえず、食事を受け付けないという状態ではなさそうでほっとした。
そこかたは静かなもので、二人で黙って食を進める。人栄さんは食欲旺盛という様子だが、もしかしたら昨日から何も何も食べていないのかもしれない。結局、彼女は二回もお代りをした。きちんと三杯目をそっと出してきたときには思わず笑ってしまった。
「ごちそうさまです」
「はい、お粗末様でした」
彼女は手を合わせつつ僕に頭をぺこりと下げてきたので、私も笑って返事をする。
「……その、お気遣い頂きまして」
私から目を目をそらしつつ、そんなことを言う。
「気にしないで下さい」
「いや、流石に……」
彼女は遠慮しようとするが、私は言葉を続けて何かを言うのを許さない。
「遠慮しないでだいじょ……いや、遠慮しないで下さい。困ったときはお互い様ですから。私だって、家族を亡くしたときには、周りの人に助けて頂きました。だからこそ、というわけではないですけれど、人栄さんを助けさせて下さい」
私の言葉を聞いて彼女は押し黙る。大丈夫だろうか、と思うと彼女は私の隣にすっと移動して――そのまま抱きついてきた。
「――」
一瞬どうするべきか迷ったが、彼女の顔を押し当てた私の鎖骨のあたりが少しだけ滲んでいるのに気づいた。私は……彼女に軽く手を回し、背中をぽんぽんと叩く。ゆっくりと、子供をあやすように。
そのままどれくらいの時間が流れただろうか。机の鍋に入った牛頬肉はすっかり冷めているだろう。彼女は最後に力を込めて抱き寄せてきたので、私もそれに答えて少しだけ力を入れる。
「……差し出がましいかもだけど」
「はい」
「今日、今日だけはお願いを聞いてくれるかな……?」
「……はい」
彼女のお願いが何かは分からない。しかし、それを聞き入れることに迷いはなかった。
「今晩だけは、目島さんの家に泊まらせて……」
……やはり迷ってもいいだろうか。僕は珍妙な顔をしているだろうが、結局頷いてしまった。
「あの……随分豪華ですね」
彼女は私が食卓に並べた色とりどりの夕食を前にして驚いているようだ。
「ええ、たまには豪華な食事もいいかな、なんて思ったもので。それに……こういう食事は一人で食べるよりは誰かと、ね」
私は精一杯そんなことを言う。彼女ことが心配だった、という本当の動機についてはあえて触れないようにする。まあ、言わなくても彼女には伝わったようで、「……ありがとうございます」と彼女は小さく頭を下げた。
「さて、なんのことでしょう」
私はとぼけて、あえて笑顔を作る。そんな私の様子を見て、彼女は今日初めての笑顔を見せてくれて――私の胸中に少しだけ震えるものを感じてしまった。
「いただきます」
「いただきます」
二人で挨拶をして、私はまずメインの牛頬肉から頂く。口に入れた瞬間、噛む必要もなくホロリと崩れ牛肉の旨味が舌に広がる。すでに味見しているとはいえ、改めてきちんと食べると本当に上手く出来ている、と自分でも嬉しくなる。
ちらりと彼女を見ると、牛肉を口いっぱいに頬張り、少しだけ顔をほころばせている。
「おかわりもありますからね」
「う……はい」
たくさん口に入れているのを見られたのが恥ずかしいのか、少し恥ずかしそうにしながらも、コクリと頷いてくれる。とりあえず、食事を受け付けないという状態ではなさそうでほっとした。
そこかたは静かなもので、二人で黙って食を進める。人栄さんは食欲旺盛という様子だが、もしかしたら昨日から何も何も食べていないのかもしれない。結局、彼女は二回もお代りをした。きちんと三杯目をそっと出してきたときには思わず笑ってしまった。
「ごちそうさまです」
「はい、お粗末様でした」
彼女は手を合わせつつ僕に頭をぺこりと下げてきたので、私も笑って返事をする。
「……その、お気遣い頂きまして」
私から目を目をそらしつつ、そんなことを言う。
「気にしないで下さい」
「いや、流石に……」
彼女は遠慮しようとするが、私は言葉を続けて何かを言うのを許さない。
「遠慮しないでだいじょ……いや、遠慮しないで下さい。困ったときはお互い様ですから。私だって、家族を亡くしたときには、周りの人に助けて頂きました。だからこそ、というわけではないですけれど、人栄さんを助けさせて下さい」
私の言葉を聞いて彼女は押し黙る。大丈夫だろうか、と思うと彼女は私の隣にすっと移動して――そのまま抱きついてきた。
「――」
一瞬どうするべきか迷ったが、彼女の顔を押し当てた私の鎖骨のあたりが少しだけ滲んでいるのに気づいた。私は……彼女に軽く手を回し、背中をぽんぽんと叩く。ゆっくりと、子供をあやすように。
そのままどれくらいの時間が流れただろうか。机の鍋に入った牛頬肉はすっかり冷めているだろう。彼女は最後に力を込めて抱き寄せてきたので、私もそれに答えて少しだけ力を入れる。
「……差し出がましいかもだけど」
「はい」
「今日、今日だけはお願いを聞いてくれるかな……?」
「……はい」
彼女のお願いが何かは分からない。しかし、それを聞き入れることに迷いはなかった。
「今晩だけは、目島さんの家に泊まらせて……」
……やはり迷ってもいいだろうか。僕は珍妙な顔をしているだろうが、結局頷いてしまった。
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