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ヒヤヒヤと隣人
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味も雰囲気も非常に美味しい――はずだ。確信が持てないのは、矢賀さんとの会話をしながら、他方で隣室の会話にも集中するという私にとっては負担の大きい作業をしているからだろう。
隣の彼女達がうっかり私の名前を出して変なことを言わないかヒヤヒヤである。
そんな作業に疲労がすっかり溜まった私は、一度厠に立つ。
「ふう……」
鏡の前で自分の顔を見てみると、矢賀さんが言うところの『食虫植物が虫を捕食したら、滅茶苦茶不味かった』みたいな表情を本当にしていて、微妙な気持ちになった。こんな顔を自分がしていること、矢賀さんの表現が的確だったことという二つが要因だろう。
もう一度大きくため息をついて、私は席に戻った。
「誠司さん、いま隣の個室の方のお話をこっそり聞いていたんですけど……」
声をひそめて矢賀さんは話を振ってくる。私はといえば、その発言に少し背中に汗を掻き始めていた。一体彼女達は何を話したのか、聞きたいような聞きたくないような。
「なんかあ、結構若い女性みたいですけど、隣人の年上の男性と凄く仲良いみたいですよ!なんか紳士な素敵な男性みたいで!」
「……へえ」
こういう状況でなければ素直に喜んでいたかもしれない評価である。
「いいですよね!現実に隣人同士でそんな出会があるなんて!」
「……そうですね」
「なんかあ、せんぱい反応悪くないっすか?」
矢賀さんが不審そうに私の顔を見てくる。どう言い訳をするか――よし。
「いや、あまり隣席の話に耳をそばだてるのもマナー的に良くないかなと思いまして、ね」
「む、確かにそうですね。失礼しました」
矢賀さんは納得したようにそう言う。よしよし、どうやら上手いことこの話題をごまかせたようだ。
その後は矢賀さんと雑談に興じつつ、隣に耳をそばだてつつ何とか無事に食事を終えることができた。終了後、すぐにお店を出たかったがそういうわけにもいかず、気が気でない状況で、矢賀さんと食後のコーヒーを楽しんだ。
「じゃ、あまり長居してもあれですし……」
矢賀がそう提案してきたのに私は飛びついた。
「ええ、それじゃあ出ましょうか。私は会計がありますので先に行きますよ」
「はーい」
私は先んじてレジにいた老紳士のところに向かう。あわよくばさっさと会計を終わらせて、店の外で待ちたいのだ。
「本日も大変美味しかったです」
そう言いながらカードを手渡す。老紳士はスムーズな動作で会計手続を進めていく。
「ありがとうございます。失礼ながら、本日はあまりお食事に集中できていなかった様子でございましたが、私どもになにか不手際がございましたでしょうか?」
本当に申し訳無さそうな表情で聞いてくる彼に私は只々恐縮するばかりだった。
「い、いえ、そういうわけでは。ちょっとした個人的な事情でして、皆さんには全く問題なく、相変わらず大変美味しかったです」
「そうでしたか。いえ、不躾な質問をしてしまい申し訳ございませんでした」
彼は一礼しつつ、カードを手渡してくれる。
「せんぱい、ごちそうさまでした!」
矢賀さんは私に追いついてきて、深々と頭を下げる。
「ああ、会社のお金だから気にしないで」
「またまたー!結構足が出ることくらい知ってますよ!今日は甘えさせていただきます!」
おっと、流石に気づいていたようだ。私は気にしないでと軽く手を振り――よし、外に出ようというところ隣人の魔の手は私の背中に届いてしまった。
「あれ、目島さん。ここで会うなんて奇遇ですね」
「あ!ほんとだ。目島さん、こんにちは!」
私はその声が耳に届いた瞬間、天を仰いでしまった。ここまで声をかけてもらったら、もうどうしようもなかった。
隣の彼女達がうっかり私の名前を出して変なことを言わないかヒヤヒヤである。
そんな作業に疲労がすっかり溜まった私は、一度厠に立つ。
「ふう……」
鏡の前で自分の顔を見てみると、矢賀さんが言うところの『食虫植物が虫を捕食したら、滅茶苦茶不味かった』みたいな表情を本当にしていて、微妙な気持ちになった。こんな顔を自分がしていること、矢賀さんの表現が的確だったことという二つが要因だろう。
もう一度大きくため息をついて、私は席に戻った。
「誠司さん、いま隣の個室の方のお話をこっそり聞いていたんですけど……」
声をひそめて矢賀さんは話を振ってくる。私はといえば、その発言に少し背中に汗を掻き始めていた。一体彼女達は何を話したのか、聞きたいような聞きたくないような。
「なんかあ、結構若い女性みたいですけど、隣人の年上の男性と凄く仲良いみたいですよ!なんか紳士な素敵な男性みたいで!」
「……へえ」
こういう状況でなければ素直に喜んでいたかもしれない評価である。
「いいですよね!現実に隣人同士でそんな出会があるなんて!」
「……そうですね」
「なんかあ、せんぱい反応悪くないっすか?」
矢賀さんが不審そうに私の顔を見てくる。どう言い訳をするか――よし。
「いや、あまり隣席の話に耳をそばだてるのもマナー的に良くないかなと思いまして、ね」
「む、確かにそうですね。失礼しました」
矢賀さんは納得したようにそう言う。よしよし、どうやら上手いことこの話題をごまかせたようだ。
その後は矢賀さんと雑談に興じつつ、隣に耳をそばだてつつ何とか無事に食事を終えることができた。終了後、すぐにお店を出たかったがそういうわけにもいかず、気が気でない状況で、矢賀さんと食後のコーヒーを楽しんだ。
「じゃ、あまり長居してもあれですし……」
矢賀がそう提案してきたのに私は飛びついた。
「ええ、それじゃあ出ましょうか。私は会計がありますので先に行きますよ」
「はーい」
私は先んじてレジにいた老紳士のところに向かう。あわよくばさっさと会計を終わらせて、店の外で待ちたいのだ。
「本日も大変美味しかったです」
そう言いながらカードを手渡す。老紳士はスムーズな動作で会計手続を進めていく。
「ありがとうございます。失礼ながら、本日はあまりお食事に集中できていなかった様子でございましたが、私どもになにか不手際がございましたでしょうか?」
本当に申し訳無さそうな表情で聞いてくる彼に私は只々恐縮するばかりだった。
「い、いえ、そういうわけでは。ちょっとした個人的な事情でして、皆さんには全く問題なく、相変わらず大変美味しかったです」
「そうでしたか。いえ、不躾な質問をしてしまい申し訳ございませんでした」
彼は一礼しつつ、カードを手渡してくれる。
「せんぱい、ごちそうさまでした!」
矢賀さんは私に追いついてきて、深々と頭を下げる。
「ああ、会社のお金だから気にしないで」
「またまたー!結構足が出ることくらい知ってますよ!今日は甘えさせていただきます!」
おっと、流石に気づいていたようだ。私は気にしないでと軽く手を振り――よし、外に出ようというところ隣人の魔の手は私の背中に届いてしまった。
「あれ、目島さん。ここで会うなんて奇遇ですね」
「あ!ほんとだ。目島さん、こんにちは!」
私はその声が耳に届いた瞬間、天を仰いでしまった。ここまで声をかけてもらったら、もうどうしようもなかった。
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