27 / 52
ヒヤヒヤと隣人
しおりを挟む
味も雰囲気も非常に美味しい――はずだ。確信が持てないのは、矢賀さんとの会話をしながら、他方で隣室の会話にも集中するという私にとっては負担の大きい作業をしているからだろう。
隣の彼女達がうっかり私の名前を出して変なことを言わないかヒヤヒヤである。
そんな作業に疲労がすっかり溜まった私は、一度厠に立つ。
「ふう……」
鏡の前で自分の顔を見てみると、矢賀さんが言うところの『食虫植物が虫を捕食したら、滅茶苦茶不味かった』みたいな表情を本当にしていて、微妙な気持ちになった。こんな顔を自分がしていること、矢賀さんの表現が的確だったことという二つが要因だろう。
もう一度大きくため息をついて、私は席に戻った。
「誠司さん、いま隣の個室の方のお話をこっそり聞いていたんですけど……」
声をひそめて矢賀さんは話を振ってくる。私はといえば、その発言に少し背中に汗を掻き始めていた。一体彼女達は何を話したのか、聞きたいような聞きたくないような。
「なんかあ、結構若い女性みたいですけど、隣人の年上の男性と凄く仲良いみたいですよ!なんか紳士な素敵な男性みたいで!」
「……へえ」
こういう状況でなければ素直に喜んでいたかもしれない評価である。
「いいですよね!現実に隣人同士でそんな出会があるなんて!」
「……そうですね」
「なんかあ、せんぱい反応悪くないっすか?」
矢賀さんが不審そうに私の顔を見てくる。どう言い訳をするか――よし。
「いや、あまり隣席の話に耳をそばだてるのもマナー的に良くないかなと思いまして、ね」
「む、確かにそうですね。失礼しました」
矢賀さんは納得したようにそう言う。よしよし、どうやら上手いことこの話題をごまかせたようだ。
その後は矢賀さんと雑談に興じつつ、隣に耳をそばだてつつ何とか無事に食事を終えることができた。終了後、すぐにお店を出たかったがそういうわけにもいかず、気が気でない状況で、矢賀さんと食後のコーヒーを楽しんだ。
「じゃ、あまり長居してもあれですし……」
矢賀がそう提案してきたのに私は飛びついた。
「ええ、それじゃあ出ましょうか。私は会計がありますので先に行きますよ」
「はーい」
私は先んじてレジにいた老紳士のところに向かう。あわよくばさっさと会計を終わらせて、店の外で待ちたいのだ。
「本日も大変美味しかったです」
そう言いながらカードを手渡す。老紳士はスムーズな動作で会計手続を進めていく。
「ありがとうございます。失礼ながら、本日はあまりお食事に集中できていなかった様子でございましたが、私どもになにか不手際がございましたでしょうか?」
本当に申し訳無さそうな表情で聞いてくる彼に私は只々恐縮するばかりだった。
「い、いえ、そういうわけでは。ちょっとした個人的な事情でして、皆さんには全く問題なく、相変わらず大変美味しかったです」
「そうでしたか。いえ、不躾な質問をしてしまい申し訳ございませんでした」
彼は一礼しつつ、カードを手渡してくれる。
「せんぱい、ごちそうさまでした!」
矢賀さんは私に追いついてきて、深々と頭を下げる。
「ああ、会社のお金だから気にしないで」
「またまたー!結構足が出ることくらい知ってますよ!今日は甘えさせていただきます!」
おっと、流石に気づいていたようだ。私は気にしないでと軽く手を振り――よし、外に出ようというところ隣人の魔の手は私の背中に届いてしまった。
「あれ、目島さん。ここで会うなんて奇遇ですね」
「あ!ほんとだ。目島さん、こんにちは!」
私はその声が耳に届いた瞬間、天を仰いでしまった。ここまで声をかけてもらったら、もうどうしようもなかった。
隣の彼女達がうっかり私の名前を出して変なことを言わないかヒヤヒヤである。
そんな作業に疲労がすっかり溜まった私は、一度厠に立つ。
「ふう……」
鏡の前で自分の顔を見てみると、矢賀さんが言うところの『食虫植物が虫を捕食したら、滅茶苦茶不味かった』みたいな表情を本当にしていて、微妙な気持ちになった。こんな顔を自分がしていること、矢賀さんの表現が的確だったことという二つが要因だろう。
もう一度大きくため息をついて、私は席に戻った。
「誠司さん、いま隣の個室の方のお話をこっそり聞いていたんですけど……」
声をひそめて矢賀さんは話を振ってくる。私はといえば、その発言に少し背中に汗を掻き始めていた。一体彼女達は何を話したのか、聞きたいような聞きたくないような。
「なんかあ、結構若い女性みたいですけど、隣人の年上の男性と凄く仲良いみたいですよ!なんか紳士な素敵な男性みたいで!」
「……へえ」
こういう状況でなければ素直に喜んでいたかもしれない評価である。
「いいですよね!現実に隣人同士でそんな出会があるなんて!」
「……そうですね」
「なんかあ、せんぱい反応悪くないっすか?」
矢賀さんが不審そうに私の顔を見てくる。どう言い訳をするか――よし。
「いや、あまり隣席の話に耳をそばだてるのもマナー的に良くないかなと思いまして、ね」
「む、確かにそうですね。失礼しました」
矢賀さんは納得したようにそう言う。よしよし、どうやら上手いことこの話題をごまかせたようだ。
その後は矢賀さんと雑談に興じつつ、隣に耳をそばだてつつ何とか無事に食事を終えることができた。終了後、すぐにお店を出たかったがそういうわけにもいかず、気が気でない状況で、矢賀さんと食後のコーヒーを楽しんだ。
「じゃ、あまり長居してもあれですし……」
矢賀がそう提案してきたのに私は飛びついた。
「ええ、それじゃあ出ましょうか。私は会計がありますので先に行きますよ」
「はーい」
私は先んじてレジにいた老紳士のところに向かう。あわよくばさっさと会計を終わらせて、店の外で待ちたいのだ。
「本日も大変美味しかったです」
そう言いながらカードを手渡す。老紳士はスムーズな動作で会計手続を進めていく。
「ありがとうございます。失礼ながら、本日はあまりお食事に集中できていなかった様子でございましたが、私どもになにか不手際がございましたでしょうか?」
本当に申し訳無さそうな表情で聞いてくる彼に私は只々恐縮するばかりだった。
「い、いえ、そういうわけでは。ちょっとした個人的な事情でして、皆さんには全く問題なく、相変わらず大変美味しかったです」
「そうでしたか。いえ、不躾な質問をしてしまい申し訳ございませんでした」
彼は一礼しつつ、カードを手渡してくれる。
「せんぱい、ごちそうさまでした!」
矢賀さんは私に追いついてきて、深々と頭を下げる。
「ああ、会社のお金だから気にしないで」
「またまたー!結構足が出ることくらい知ってますよ!今日は甘えさせていただきます!」
おっと、流石に気づいていたようだ。私は気にしないでと軽く手を振り――よし、外に出ようというところ隣人の魔の手は私の背中に届いてしまった。
「あれ、目島さん。ここで会うなんて奇遇ですね」
「あ!ほんとだ。目島さん、こんにちは!」
私はその声が耳に届いた瞬間、天を仰いでしまった。ここまで声をかけてもらったら、もうどうしようもなかった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。
春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。
それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。
にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです
たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。
お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。
これからどうやって暮らしていけばいいのか……
子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに……
そして………
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる