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後輩ランチと隣人
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「誠司さん!ここ、めちゃくちゃいいとこじゃないっすか!?」
矢賀さんは佐須杜さん推薦の例の中華料理屋に大興奮だった。
「たまの外食だからすからね。せっかくだからいいところにしました」
会社からの補助金からは完全に足が出てしまうが、別にいいだろう。独身一人暮らしの男なんてほとんどお金なんか使わないのだから、こういうときにこそ財布の紐を緩めるべきだ。
「うっひょお!いやあ、誠司さんの部下でほんと良かった!」
前回お世話になった老紳士は私のことを覚えていたようで、にこやかに一礼し、本来は夜にしか使わないであろう奥の個室を案内してくれた。そのため、私と矢賀さんは優雅にランチを楽しむことができそうだった。
「お酒はなしでお願いしますね」
「えー。でも、この後どうせなにもないじゃないですか」
「まあ、一応会社の会食みたいなものですから。今回はやめておきましょう」
うちの会社は妙に太っ腹で、月イチのこのランチは午後いっぱいを使用していいことになっている。つまり、ランチの後はそのまま休みでOKということだ。総務の知り合いに確認したから間違いない。
「ちぇー、なんだかんだ誠司さんとお酒飲んだこと無いんだもんなあ。ま、今日はやめとくっすよ。この後買い物にも行きたいし!」
「その妙に大きなリュックサックはそういうことですか」
矢賀さんはあまり大きくないその体格の半分くらいは隠れそうな大きなリュックサックを背負ってきていたのだ。
「はい!今日はプラモとかゲームとか、色々見たいんです!こっちの方はあまり来ないんで、せっかくだからそういうお店を巡るっす!」
おそらく明日からの休日に楽しむのだろう。彼女を見ていると、こちらも対抗して何か楽しまなければという義務感に駆られるが……まあ、明日のことは後で考えればいいだろう。
私たちはグレープフルーツジュースを注文し、明日からの休日について雑談をしながら料理を待つ。
「お待たせ致しました、本日の前菜でございます。順にご紹介させて頂きます」
老紳士が相変わらず気持ちの良い白のシャツを着こなし、ランチを運び説明してくれる。夜のものよりも品数は少ないものの、こちらもコースであり、事前に確認した限り、非常に好感の持てるラインナップだった。
「いやあ、平日昼間っからこんなに豪華なものを食べられるなんて、ありがたやありがたや」
矢賀さんは食事に向かって――ではなく、私の方に向かってなむなむと両手を合わせて拝む。
「お礼は会社にお願いします。じゃあ、いただきます」
「いっただきます!」
矢賀さんは、意外と、というと失礼になるが、マナーは相当しっかりしている。箸の持ち方が綺麗なのはもちろん、くわえ箸、指し箸など細かなマナーまでよく知っている。だから、私も彼女とであれば気楽にこういう少し高いお店にも誘うことができる。
ここで、私達の隣の個室に他のお客さんが入ってきたようだ。がたがたと椅子を引いたり、荷物を置くような音が聞こえてくる。
「いやあ、本当に美味しい!コンビニのサラダもこれくらい美味しかったら主食にしちゃうんだけどなあ」
矢賀さんは大層気に入ったようで、満点笑顔でご満悦である。
「喜んでくれて何よりです。野菜嫌いなのかと思っていましたが、そういうわけではないんですね?」
以前のWeb会議の際にそんなことを言っていたような気がして、聞いてみる。
「いやあ、ここまでのものだったら普通の野菜とかとは一線を画しますから!これは別腹ってやつ!」
使い方は微妙に違う気もするが、言いたいことはよく分かった。一般的な人やお店が野菜を調理してもこれほどまで美味しくは食べられないだろう。
「確かに、この人参なんて本当に美味し――」
「いやあ、今日は誘ってくれてありがとうね!」
――大変、聞き覚えのあるこえが耳に入り、私は言葉を途中でつまらせてしまった。いや、しかし、良く似た声の他人かもしれない。あまり気にしないように……
「まあ、今日は大きい案件を終えたシノのお祝いだからな。私が奢るよ。……この前の夕食の件でお金出しそびれたしな」
「あー、そうだよね。ナコちゃん、あれはちゃんと払いたいから連絡しないとね」
「そうだよなー。おい、酒は無しだぞ!」
「分かってるよ!流石に前の件で懲りたからしばらくは飲みません!」
ああ、私の希望は潰えた。間違いなく人栄さんと佐須杜さんだ。佐須杜さんの紹介なのだから彼女がここを使っている可能性はもちろん考慮していたが、まさか人栄さんも一緒だとは。
矢賀さんにバレると間違いなく面倒な事態を引き起こす。
「せんぱい、どうしたっすか?なんか『食虫植物が虫を捕食したら、滅茶苦茶不味かった』みたいな顔してますよ?」
矢賀さんは不思議そうにしながら、また変な喩えで私をからかってくる。彼女はなぜ私の顔そんなに植物に喩えたがるのか。
「……いや、なんでも無いですよ」
今日のランチは思いがけず面倒事になりそうな予感がしてきた。
矢賀さんは佐須杜さん推薦の例の中華料理屋に大興奮だった。
「たまの外食だからすからね。せっかくだからいいところにしました」
会社からの補助金からは完全に足が出てしまうが、別にいいだろう。独身一人暮らしの男なんてほとんどお金なんか使わないのだから、こういうときにこそ財布の紐を緩めるべきだ。
「うっひょお!いやあ、誠司さんの部下でほんと良かった!」
前回お世話になった老紳士は私のことを覚えていたようで、にこやかに一礼し、本来は夜にしか使わないであろう奥の個室を案内してくれた。そのため、私と矢賀さんは優雅にランチを楽しむことができそうだった。
「お酒はなしでお願いしますね」
「えー。でも、この後どうせなにもないじゃないですか」
「まあ、一応会社の会食みたいなものですから。今回はやめておきましょう」
うちの会社は妙に太っ腹で、月イチのこのランチは午後いっぱいを使用していいことになっている。つまり、ランチの後はそのまま休みでOKということだ。総務の知り合いに確認したから間違いない。
「ちぇー、なんだかんだ誠司さんとお酒飲んだこと無いんだもんなあ。ま、今日はやめとくっすよ。この後買い物にも行きたいし!」
「その妙に大きなリュックサックはそういうことですか」
矢賀さんはあまり大きくないその体格の半分くらいは隠れそうな大きなリュックサックを背負ってきていたのだ。
「はい!今日はプラモとかゲームとか、色々見たいんです!こっちの方はあまり来ないんで、せっかくだからそういうお店を巡るっす!」
おそらく明日からの休日に楽しむのだろう。彼女を見ていると、こちらも対抗して何か楽しまなければという義務感に駆られるが……まあ、明日のことは後で考えればいいだろう。
私たちはグレープフルーツジュースを注文し、明日からの休日について雑談をしながら料理を待つ。
「お待たせ致しました、本日の前菜でございます。順にご紹介させて頂きます」
老紳士が相変わらず気持ちの良い白のシャツを着こなし、ランチを運び説明してくれる。夜のものよりも品数は少ないものの、こちらもコースであり、事前に確認した限り、非常に好感の持てるラインナップだった。
「いやあ、平日昼間っからこんなに豪華なものを食べられるなんて、ありがたやありがたや」
矢賀さんは食事に向かって――ではなく、私の方に向かってなむなむと両手を合わせて拝む。
「お礼は会社にお願いします。じゃあ、いただきます」
「いっただきます!」
矢賀さんは、意外と、というと失礼になるが、マナーは相当しっかりしている。箸の持ち方が綺麗なのはもちろん、くわえ箸、指し箸など細かなマナーまでよく知っている。だから、私も彼女とであれば気楽にこういう少し高いお店にも誘うことができる。
ここで、私達の隣の個室に他のお客さんが入ってきたようだ。がたがたと椅子を引いたり、荷物を置くような音が聞こえてくる。
「いやあ、本当に美味しい!コンビニのサラダもこれくらい美味しかったら主食にしちゃうんだけどなあ」
矢賀さんは大層気に入ったようで、満点笑顔でご満悦である。
「喜んでくれて何よりです。野菜嫌いなのかと思っていましたが、そういうわけではないんですね?」
以前のWeb会議の際にそんなことを言っていたような気がして、聞いてみる。
「いやあ、ここまでのものだったら普通の野菜とかとは一線を画しますから!これは別腹ってやつ!」
使い方は微妙に違う気もするが、言いたいことはよく分かった。一般的な人やお店が野菜を調理してもこれほどまで美味しくは食べられないだろう。
「確かに、この人参なんて本当に美味し――」
「いやあ、今日は誘ってくれてありがとうね!」
――大変、聞き覚えのあるこえが耳に入り、私は言葉を途中でつまらせてしまった。いや、しかし、良く似た声の他人かもしれない。あまり気にしないように……
「まあ、今日は大きい案件を終えたシノのお祝いだからな。私が奢るよ。……この前の夕食の件でお金出しそびれたしな」
「あー、そうだよね。ナコちゃん、あれはちゃんと払いたいから連絡しないとね」
「そうだよなー。おい、酒は無しだぞ!」
「分かってるよ!流石に前の件で懲りたからしばらくは飲みません!」
ああ、私の希望は潰えた。間違いなく人栄さんと佐須杜さんだ。佐須杜さんの紹介なのだから彼女がここを使っている可能性はもちろん考慮していたが、まさか人栄さんも一緒だとは。
矢賀さんにバレると間違いなく面倒な事態を引き起こす。
「せんぱい、どうしたっすか?なんか『食虫植物が虫を捕食したら、滅茶苦茶不味かった』みたいな顔してますよ?」
矢賀さんは不思議そうにしながら、また変な喩えで私をからかってくる。彼女はなぜ私の顔そんなに植物に喩えたがるのか。
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