24 / 52
再訪と隣人
しおりを挟む
佐須杜さんはまだ若干落ち込んでいたものの、人栄さんがそれをなだめて二人はほどなく帰宅していった。
私はようやく落ち着くことができたので、ひとまず……夕食を作ることにした。しかし、冷蔵庫には何一つ入っていない。出前という悪魔の誘惑が私を襲ったが、それを振り払う。最近外食し過ぎなのだから、野菜たっぷりのスープを飲むべきだし、飲みたいのだ。
スープ。きちんと作ろうとすれば結構大変だ。丁度良い食感になるように野菜ごとに適切な大きさに切り揃えたり、適切な順番・タイミングで煮込んだり、揚げたり、焼いたり……そういう面倒なことを今日はしない。手抜き万歳。
そういうわけで、とにかく雑に切り刻んだ野菜類に若干のベーコンをこれでもかと鍋にいれる。そこにコンソメと月桂樹、ホールトマトの缶詰を入れて煮込む。あっという間に健康野菜スープの完成だ。
ここにショートパスタを入れても美味しいのだが、今日は止めておく。一番安いものから三番目くらいの六枚切りの食パンをトースターで焼き、バターをほどほどに乗せたものを主食としよう。
食パンをトースターにセットして、焼き上がるのを待つ。
しかし、そこでインターホンが鳴り響く。全く予想なんてしてない来客に私は少々驚いてしまった。
「はい、どちら様でしょうか」
私は慌てて、『通話』のスイッチを押しながら、玄関ドアの外側を写すディスプレイを確認する。
「あ、あの。すいません、人栄です……わす、忘れ物をしてしまってようでして」
そこにいたのは昨晩の服装よりもかなりリラックスした装いの人栄さんだった。オーバーサイズの白いシャツの袖を肘辺りまでまくりあげていて、真っ白な腕がそこから覗いている。
「ああ、こんばんは。いま開けますので」
そういえば、彼女が帰宅した後のベッドルームをきちんと確認していなかった。私は玄関を開けて彼女を迎え入れる。
「す、すいません……えっと、多分スマートフォンがどこかに、あるんではないかとですね……」
彼女の様子は、一言で表現するなら『しどろもどろ』である。明るく、爛漫だった彼女はどこに行ってしまったのか。心なし、腰も引けているように見える。
「あ、ああ。どうぞ、適当に探してください」
「しつ、れいしますー」
彼女はおっかなびっくりな足取りで私の寝室の方に消えて行く。そして程なく、その手に真っ黒な装飾もなにもないスマートフォンを持ってきた。
「ありました!」
彼女は嬉しそうに私にそれを見せつける。矢賀さんが持っているごてごてでラメラメなものと比較して、あまりにそっけない実用品という風体だ。もしかしたらそもそもあまり使用していないのかもしれない。
「それは良かった」
きゅう、という擬音で表現するのが適切だろうか。私の正面、つまり彼女の方、もっと具体的には彼女のお腹の辺りから可愛らしい音がした。それが何なのか分かりきっているので私は詮索するような真似はしない。聞かなかった振りをするのがマナーというものだろう。
「あ、いや、その!この音はですねっ!」
しかし、人栄さんはその体調が不安になるくらい顔を真っ赤にしてわたわたと両手を振って言い訳しようとする。
「何のことでしょうか?」
私は暗に『何も聞いていませんよ』ということを伝えたつもりだったが、彼女はその意図を酌んでくれなかった。
「その!昨晩から何もですね、食べていないのですね!だから……仕方ないんですう」
次第に小さな声になっていき、お尻の方はほとんど聞き取れなかった。
「……簡単なものよろしければお食べになりますか?スープとパンだけですが」
気付けば私は彼女に提案していた。お腹が空いた人間を見過ごすことはできない。しっかり食べて、しっかり運動して、よく眠る。人間の生活の基本なのである。
「えっと……じゃあ、いただきます」
幸いにも彼女はこの提案を受けいれてくれた。なんだか、彼女と頻繁に食事をとっているような気がするのだが、そういう日が続くこともあるだろう。
こうして私は再び彼女と食事をともにすることになった。
私はようやく落ち着くことができたので、ひとまず……夕食を作ることにした。しかし、冷蔵庫には何一つ入っていない。出前という悪魔の誘惑が私を襲ったが、それを振り払う。最近外食し過ぎなのだから、野菜たっぷりのスープを飲むべきだし、飲みたいのだ。
スープ。きちんと作ろうとすれば結構大変だ。丁度良い食感になるように野菜ごとに適切な大きさに切り揃えたり、適切な順番・タイミングで煮込んだり、揚げたり、焼いたり……そういう面倒なことを今日はしない。手抜き万歳。
そういうわけで、とにかく雑に切り刻んだ野菜類に若干のベーコンをこれでもかと鍋にいれる。そこにコンソメと月桂樹、ホールトマトの缶詰を入れて煮込む。あっという間に健康野菜スープの完成だ。
ここにショートパスタを入れても美味しいのだが、今日は止めておく。一番安いものから三番目くらいの六枚切りの食パンをトースターで焼き、バターをほどほどに乗せたものを主食としよう。
食パンをトースターにセットして、焼き上がるのを待つ。
しかし、そこでインターホンが鳴り響く。全く予想なんてしてない来客に私は少々驚いてしまった。
「はい、どちら様でしょうか」
私は慌てて、『通話』のスイッチを押しながら、玄関ドアの外側を写すディスプレイを確認する。
「あ、あの。すいません、人栄です……わす、忘れ物をしてしまってようでして」
そこにいたのは昨晩の服装よりもかなりリラックスした装いの人栄さんだった。オーバーサイズの白いシャツの袖を肘辺りまでまくりあげていて、真っ白な腕がそこから覗いている。
「ああ、こんばんは。いま開けますので」
そういえば、彼女が帰宅した後のベッドルームをきちんと確認していなかった。私は玄関を開けて彼女を迎え入れる。
「す、すいません……えっと、多分スマートフォンがどこかに、あるんではないかとですね……」
彼女の様子は、一言で表現するなら『しどろもどろ』である。明るく、爛漫だった彼女はどこに行ってしまったのか。心なし、腰も引けているように見える。
「あ、ああ。どうぞ、適当に探してください」
「しつ、れいしますー」
彼女はおっかなびっくりな足取りで私の寝室の方に消えて行く。そして程なく、その手に真っ黒な装飾もなにもないスマートフォンを持ってきた。
「ありました!」
彼女は嬉しそうに私にそれを見せつける。矢賀さんが持っているごてごてでラメラメなものと比較して、あまりにそっけない実用品という風体だ。もしかしたらそもそもあまり使用していないのかもしれない。
「それは良かった」
きゅう、という擬音で表現するのが適切だろうか。私の正面、つまり彼女の方、もっと具体的には彼女のお腹の辺りから可愛らしい音がした。それが何なのか分かりきっているので私は詮索するような真似はしない。聞かなかった振りをするのがマナーというものだろう。
「あ、いや、その!この音はですねっ!」
しかし、人栄さんはその体調が不安になるくらい顔を真っ赤にしてわたわたと両手を振って言い訳しようとする。
「何のことでしょうか?」
私は暗に『何も聞いていませんよ』ということを伝えたつもりだったが、彼女はその意図を酌んでくれなかった。
「その!昨晩から何もですね、食べていないのですね!だから……仕方ないんですう」
次第に小さな声になっていき、お尻の方はほとんど聞き取れなかった。
「……簡単なものよろしければお食べになりますか?スープとパンだけですが」
気付けば私は彼女に提案していた。お腹が空いた人間を見過ごすことはできない。しっかり食べて、しっかり運動して、よく眠る。人間の生活の基本なのである。
「えっと……じゃあ、いただきます」
幸いにも彼女はこの提案を受けいれてくれた。なんだか、彼女と頻繁に食事をとっているような気がするのだが、そういう日が続くこともあるだろう。
こうして私は再び彼女と食事をともにすることになった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。
春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。
それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。
にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる