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鼻歌と隣人

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『せんぱい、なんかいつもより疲れた仏頂面になっていません?大丈夫っすか?』
矢賀さんはいつもどおり失礼なことを言ってくるが、全くをもってその通りの表情をしていることには十分な自覚がある。
「ああ……いや、気にしないで下さい。少し休日ではしゃぎすぎただけですよ」
『はしゃぐ誠司せんぱい……うわ!こわすぎっ!』
彼女は自分の腕を抱くようにして、恐怖に顔を歪める。もちろんふざけてやっているだけだと分かっているので、そのような態度を取られても嫌な気分になったりはしない。彼女のキャラクターの勝利だろう。
「無論冗談です。少し夢見が悪かっただけですよ」
悪夢は現在進行系なのだが、それを言うことはしない。先程からちらちらと視界の端に暗い穴が見えて、日曜日を無駄にしたことを思い出してしまう。
『ふーん。ま、せんぱいも何か困ったことがあればこの矢賀ちゃんにご相談するんですよー』
「気が向いたらそうさせてもらいます。さて、そういう矢賀さんはこの土日はしっかり休めたかな?」
私の話は良いのだ。彼女の話を聞いてこそ上司としての役目を果たすことができる。
『土曜の朝までゲームして、夕方まで寝て、またゲームして日曜の夜に起きて、ピザを食べて、寝て、月曜日っす!』
元気いっぱい胸焼けいっぱい。カメラが自分を写しているのは重々承知していながらも、私は頭を抱えてしまった。お出かけという話は一体どこへ……。
「……もう少し、なんというか、健康的な生活をした方がいいんじゃないですか?もちろん土日をどう使おうが自由なのだけど」
『まあまあ、いいじゃないっすか。少なくとも私はこの生活を楽しんでますよ!せんぱいと対面してからかえないのはそこそこ寂しいけど!』
「来週には一度対面でのランチを設けますので。もちろん、からかって欲しいという趣旨ではないから、履き違えないように」
『誠司さんのおごりっすか!?」
「いや、会社のおごりです。適当なところを予約しておきますのて」
せっかくなので私のお気に入りのイタリアンとかにしておこう。多少、いやそこそこ足が出ることになるだろうがそれくらい別にいいだろう。
『やった、楽しみにしてるっすよ!』
「はいはい、それじゃあまた今週も頑張りましょう」
『はいはーい、では通信終了!』
そしてまた私の部屋には静寂が――訪れない。隣からは、「おえかき、おえかき、たのしいなあー!」という鼻歌らしきものが聞こえてくる。
……いや、うん。とりあえず気にしても仕方ない。私はコーヒーを入れ直して仕事に取り組むことにした。
私は仕事の内容的にあまり人と話す必要がないので、隣人の彼女――人栄さんの声が聞こえてもさほど問題はない。そんな風に自分に言い聞かせながら、ケトルが湧くのを待つのであった。
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