攻め×攻め事情

おみなしづき

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美羽の欲しいもの

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 美羽は、夏休みが終わると忙しさに拍車がかかった。
 学校の行事は沢山あるし、大学受験の為に家庭教師を雇って勉強漬けだ。
 近嗣とはあまり会えない日々が続いていた。
 それでも、学校ですれ違うだけで心にはゆとりができた。
 近嗣が美羽を見かけた時にフッと笑うのは、近嗣と深く関わった人だけがわかる表情の変化だ。
 美羽が同じ学校で良かったと思えるのはそういう瞬間だった。

 美羽が目指しているのは有名大学の医学部。近嗣はそれを知っていて邪魔するほど馬鹿じゃない。
 それが寂しいと思うのは自分勝手なんだろうと美羽は思う。

 そんな中で、美羽が受験する数日前に近嗣から連絡がきた。

『みぃちゃん、今から会えないかな?』

 近嗣がそんな事を言うのは珍しくて、もちろん会った。
 家の近くの公園に来た近嗣は、寒さで赤くなった顔を綻ばせて美羽にお守りを手渡した。

「神社に行ったんだ……これだけでも渡したくて。……じゃあ……」

 そう言って、すぐに帰ろうと背中を向けた近嗣のマフラーを慌てて掴んだ。
 近嗣は、それに気付いて振り返った。

「もう行くのか……?」

 近嗣は気を遣って会わずにいるけれど、これで終わりじゃ淋しいと思った。

「もう少し一緒にいたいと思わないのか?」
「いいの?」
「わからないのか? 僕が一緒にいたいと言っているんだ」

 美羽が赤くなって言った言葉に近嗣は嬉しそうに頷いた。

(こういう顔が好きなんだ……)

 美羽は、勉強漬けの毎日に癒しというものがあるのなら、恋人の笑顔がそうだと思う。

「僕はチカがいれば頑張れる。お守り、ありがとう」
「うん……」

 本当は人目を気にせず抱きつきたい。
 近嗣の可愛い顔をもっと見たい。
 そんな気持ちは止まる事を知らず、愛しいが溢れてくる。

 二人で近くのベンチに座った。

「チカ……合格したら、欲しいものがある。君にしか用意できないものだ」
「何?」

 純粋に聞いてくる近嗣に美羽は真剣な表情を向けた。

「合格祝いに……チカをくれないか?」

 近嗣は、驚いてから少し照れる。

「僕達の関係を進めるには、きっかけが必要だろ?」
「俺が抱かせればいいの……?」
「どうしてもダメか?」
「ダメって言うか……想像できなくて……。俺は……みぃちゃんを抱きたいって思う気持ちしかなくて……」

 お互いに吐く息が白く染まっていた。さっきまでそんな事は気にならなかったのに、近嗣が寒そうに見えて、今日の気温は寒かったんだと思い出す。
 そっと近嗣の手を握った。抱きつく事はやめた。だったら、手ぐらい繋いだっていいだろうと美羽は行動に移す。
 握り返された手に体温を感じる。この手を放したくない。

「僕もそうなんだ……。チカを抱きたいという気持ちしかない。だから、チカの気持ちもわかる。それでも、僕が欲しいものをチカが与えてくれないか?」

 少し考えて、近嗣はコクリと頷いてくれた。
 美羽は思いの外、近嗣に受け入れられた事が嬉しかった。

「やった! 僕は絶対に受かるぞ!」
「うん……頑張って……」
「本当にいいんだな!?」

 飛び跳ねそうなほど喜ぶ美羽に近嗣も嬉しそうだった。

「みぃちゃんは年上だし、俺が与えるって……なんか嬉しいし?」

 この時の照れ臭そうに笑う近嗣を、美羽は後になって何度も思い返す。嫌がってるなんて思えない、嬉しそうな顔を──。

「でも、卒業祝いにしない? やっぱりバイトする……それで……一緒に旅行……とか?」
「わかった。それぐらい待つ。楽しみだな」
「うん……」

 美羽にとっては、近嗣との甘い思い出のひとつだった。
 けれど、美羽は繰り返し思い出しては、何か見落としていたんじゃないかとその度に思っていた。

     ◆◇◆

 美羽は、無事に大学に合格。
 近嗣も喜んでくれて、来年は同じ大学で会えるようにすると言ってくれた。
 近嗣の期間限定のアルバイトも許してもらえて、美羽の卒業前に準備は万端だった。

「旅行はどこにしようか?」
「やっぱり温泉……とか?」
「そうだな。風呂付きの部屋がいい。一緒に入ろう」
「みぃちゃん……えっちだね……」

 二人でクスクスと笑い合う。
 旅行雑誌に目を通しながら、二人で計画を立てるのは楽しかった。
 けれど、それが近嗣とした最後の会話になる。 

 美羽が卒業する数日前から、近嗣と連絡が取れなくなった──。
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