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疑惑
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朝のやり取りも嬉しかったけれど、やっぱりちゃんと会いたいなぁ……。
明日休みなのにたっつんがいないんじゃ何していよう。
たっつんは出社も退社も送り迎えが来るってどういう事なんだ?
実家で何してんだろ……。
突っ込んで聞いちゃいけないやつだよな……。
少しでも会おうって言ったら迷惑かな?
でも、昼間の会社なんて人ばかりだ。会う場所もない。
少し話す事はできても、触れ合う事はできない……って、俺は欲求不満か!
こういう時に営業部で仕事があればいいのに……。
でも、顔見たら余計寂しくなるかも……あぁーもう! 考えるのやめよう!
会えない寂しさを仕事で誤魔化す。
一緒に住んで、毎日隣にいるという事がどれだけ幸せだったのかが身にしみてわかった。
何度目かわからないため息をついた。
◆◇◆
ガチャン!
「あ……やっちゃったぁ……」
休みに掃除をしている時に、掃除機をぶつけてカップを割ってしまった。
片付けるの忘れてた……。
綺麗に掃除をしてから、新しいカップを買おうと出かける用意をする。
大型のショピングモールへ行って食器を扱うお店に入った。
自分が使っていたカップに似た物を手に取ってそれを買おうとしたら、そこにあったペアグラスに目が行った。
これにビール入れて、たっつんと乾杯なんていいかもしれない。
ペアグラスをじっと見つめていた。
やっぱりいいな……これ。
「あれ? マサ?」
聞き覚えのある声に背後を振り返れば、富田部長だった。
「こんな所で何してんだ?」
「部長こそ何しているんですか?」
「グラスを割ってしまってな。新しいのを買いに来た」
部長の手には一人用のビアグラスの箱。
部長は俺の見ていたペアグラスを覗き込んで、ニヤニヤとする。
「彼氏とお揃いのグラスか?」
う……もう誤魔化せないよな……。
「はい……」
こういうの恥ずかしいな!
「へぇ。いいんじゃないか? 相手も喜ぶだろ」
「ほ、本当ですか⁉︎」
思わずパッと笑顔を向けてしまう。
「ああ。まぁ、お前から貰えるものなら、なんでも嬉しいだろうよ……」
「そうですかね?」
自信を持てるように言ってくれているのだろうけれど、そんな風に言われると嬉しい。
部長の言葉に背中を押されて、そのペアグラスを買った。
いい買い物もできて、部長と一緒にご機嫌で店を出る。
「部長、ありがとうございます」
「大袈裟だな。マサ、これから予定はあるのか?」
「ありませんよ」
「なら飯でも行くか?」
「いいですね!」
たっつんはいないし、部長とご飯を食べに行っても平気だろう。
「何が食べたい? 奢るぞ」
「焼肉ですよ! 連日の仕事の貸しがありますから! あ、でも……倒れた時にお世話になったんでダメですかね?」
「何言ってんだ。お前の日頃の頑張りの方が多いに決まってんだろ」
「やった!」
「はははっ。それなら行くか」
そうやって部長と話しながら歩いていたら、前を歩く人物の後ろ姿に見覚えがあった。
胸がギュッと痛くなって、思わずジッと見つめてしまった。
たっつん……と……綺麗な黒髪ロングの女の人……。
間違いない。見間違える事なんてない。
時々チラリと見える横顔がたっつんだ。
買い物をしたのか、たっつんがたくさんの荷物を持って歩いている。
実家に帰っているはずじゃなかったのか……。
「マサ? 急に黙るな」
「あ、いえ……ちょっと……考え事をしていました」
俺の視線の先に気付いた部長が険しい顔をした。
「あれ? あいつ……」
歩き出そうとした部長を慌てて止めた。
「ちょ……ダメです! 相手の人、取引先とかだったらどうするんですか!」
「──でも、私服だし……ほら、腕組んだぞ! どう見ても仕事じゃない!」
頭から足先まで冷えるような感覚に思わず立ち止まってしまった。
確かに目の前を歩く二人は腕を組んで歩いている。
たっつんの腕に捕まる女性を振り払う気配はない。
親しそうなその様子が買い物デートみたいに見える。
なんだ……これ……。
たっつんが俺と付き合う前の事は聞いていない。過去を気にしなくていいほど、今が幸せだったから……。
普通に女性が好きだったんだろうか?
俺みたいに元から男が好きという訳じゃないのかも……。
一緒に住んでいるんだから、俺が本命でいいんだよな……?
って、こんな考え方があるか!
浮気だろ⁉︎ これ⁉︎
いや、でも、腕組んで歩いていたってだけで、まだそうだとは決まった訳じゃない……。
たっつんの耳元で囁く女性を見ると胸が痛い。
俺……浮気したら出て行くって言ったのに……。
余計な事をグルグルと考え込んでしまった。
立ち止まっていたせいでたっつんとその人は歩いてそのまま遠くに行ったようだ。
「マサ! おい! 追いかけないのか⁉︎」
部長の声に現実に戻されたかのようにビクッと震えてしまう。
「部長……今のってやっぱり付き合ってますかね?」
「そう見えたな……」
ため息と共に肯定された。
やっぱりそうなのか……。
浮気かぁ……しかも相手は女……。
俺を見つめる部長と目を合わせれば、心配そうに見られた。
「部長……俺と彼の事……知っていたんですか?」
さっきも声を掛けようとしてくれた。
「ああ……たまたまな……」
「俺って……あまり魅力ないんですかね……」
「は? お前何言い出すんだ?」
「教えて下さい。俺ってそんなに浮気しても大丈夫そうに見えますか?」
ケンちゃんもたっつんも俺なら浮気を許すと思っているんだろうか……。
たっつんなんて……始まりが始まりだし、俺が浮気相手って可能性もあるな……。
部長に痛い物を見るような目で見られてしまった。
「あっははは……すみません……こんな質問……するべきじゃないですね……」
無性に自分が惨めな気がした。
泣いてもいないのに、そっと目元を拭うように触れられた。
「マサ……浮気しても大丈夫だなんて、そんな訳ないじゃないか……」
強張っていた体が一気に緩んだ気がした。
部長に甘えちゃいけない。
「部長! 行きましょ! 焼肉! 今の俺、めちゃめちゃ食べて飲みますから!」
「おい! 引っ張るな……」
まだ気にしているような部長を引き摺るようにして夕飯を食べに行った。
◆◇◆
焼肉を食べて、居酒屋で飲み直す。
一人きりの家に帰りたくなかった。
部長は俺に付き合ってくれていた。
「俺はいつも真剣なんすけどねぇ……」
すっかり酔っ払ってグルグルと世界が回って見える……。
「何かの勘違いかもしれないだろ? ちゃんと話し合った方がいい」
「そうですねぇ……そうだといいんですけどぉ……」
「おい。もう飲むな」
飲んでいた酒を奪われてムッとする。
「あーあ……相手が女じゃ……俺はどうもできませんねぇ……」
「──それなら、マサも浮気したらどうだ?」
真面目な部長がこんな面白い冗談を言うなんて笑ってしまう。
「はははっ。俺なんて相手にしてくれる人いませんよぉ……」
「俺とすればいい」
今……俺って言った?
それって部長と俺が浮気するって事?
ジッと何事もないようにこちらを見つめる部長の真意が見えなかった。
明日休みなのにたっつんがいないんじゃ何していよう。
たっつんは出社も退社も送り迎えが来るってどういう事なんだ?
実家で何してんだろ……。
突っ込んで聞いちゃいけないやつだよな……。
少しでも会おうって言ったら迷惑かな?
でも、昼間の会社なんて人ばかりだ。会う場所もない。
少し話す事はできても、触れ合う事はできない……って、俺は欲求不満か!
こういう時に営業部で仕事があればいいのに……。
でも、顔見たら余計寂しくなるかも……あぁーもう! 考えるのやめよう!
会えない寂しさを仕事で誤魔化す。
一緒に住んで、毎日隣にいるという事がどれだけ幸せだったのかが身にしみてわかった。
何度目かわからないため息をついた。
◆◇◆
ガチャン!
「あ……やっちゃったぁ……」
休みに掃除をしている時に、掃除機をぶつけてカップを割ってしまった。
片付けるの忘れてた……。
綺麗に掃除をしてから、新しいカップを買おうと出かける用意をする。
大型のショピングモールへ行って食器を扱うお店に入った。
自分が使っていたカップに似た物を手に取ってそれを買おうとしたら、そこにあったペアグラスに目が行った。
これにビール入れて、たっつんと乾杯なんていいかもしれない。
ペアグラスをじっと見つめていた。
やっぱりいいな……これ。
「あれ? マサ?」
聞き覚えのある声に背後を振り返れば、富田部長だった。
「こんな所で何してんだ?」
「部長こそ何しているんですか?」
「グラスを割ってしまってな。新しいのを買いに来た」
部長の手には一人用のビアグラスの箱。
部長は俺の見ていたペアグラスを覗き込んで、ニヤニヤとする。
「彼氏とお揃いのグラスか?」
う……もう誤魔化せないよな……。
「はい……」
こういうの恥ずかしいな!
「へぇ。いいんじゃないか? 相手も喜ぶだろ」
「ほ、本当ですか⁉︎」
思わずパッと笑顔を向けてしまう。
「ああ。まぁ、お前から貰えるものなら、なんでも嬉しいだろうよ……」
「そうですかね?」
自信を持てるように言ってくれているのだろうけれど、そんな風に言われると嬉しい。
部長の言葉に背中を押されて、そのペアグラスを買った。
いい買い物もできて、部長と一緒にご機嫌で店を出る。
「部長、ありがとうございます」
「大袈裟だな。マサ、これから予定はあるのか?」
「ありませんよ」
「なら飯でも行くか?」
「いいですね!」
たっつんはいないし、部長とご飯を食べに行っても平気だろう。
「何が食べたい? 奢るぞ」
「焼肉ですよ! 連日の仕事の貸しがありますから! あ、でも……倒れた時にお世話になったんでダメですかね?」
「何言ってんだ。お前の日頃の頑張りの方が多いに決まってんだろ」
「やった!」
「はははっ。それなら行くか」
そうやって部長と話しながら歩いていたら、前を歩く人物の後ろ姿に見覚えがあった。
胸がギュッと痛くなって、思わずジッと見つめてしまった。
たっつん……と……綺麗な黒髪ロングの女の人……。
間違いない。見間違える事なんてない。
時々チラリと見える横顔がたっつんだ。
買い物をしたのか、たっつんがたくさんの荷物を持って歩いている。
実家に帰っているはずじゃなかったのか……。
「マサ? 急に黙るな」
「あ、いえ……ちょっと……考え事をしていました」
俺の視線の先に気付いた部長が険しい顔をした。
「あれ? あいつ……」
歩き出そうとした部長を慌てて止めた。
「ちょ……ダメです! 相手の人、取引先とかだったらどうするんですか!」
「──でも、私服だし……ほら、腕組んだぞ! どう見ても仕事じゃない!」
頭から足先まで冷えるような感覚に思わず立ち止まってしまった。
確かに目の前を歩く二人は腕を組んで歩いている。
たっつんの腕に捕まる女性を振り払う気配はない。
親しそうなその様子が買い物デートみたいに見える。
なんだ……これ……。
たっつんが俺と付き合う前の事は聞いていない。過去を気にしなくていいほど、今が幸せだったから……。
普通に女性が好きだったんだろうか?
俺みたいに元から男が好きという訳じゃないのかも……。
一緒に住んでいるんだから、俺が本命でいいんだよな……?
って、こんな考え方があるか!
浮気だろ⁉︎ これ⁉︎
いや、でも、腕組んで歩いていたってだけで、まだそうだとは決まった訳じゃない……。
たっつんの耳元で囁く女性を見ると胸が痛い。
俺……浮気したら出て行くって言ったのに……。
余計な事をグルグルと考え込んでしまった。
立ち止まっていたせいでたっつんとその人は歩いてそのまま遠くに行ったようだ。
「マサ! おい! 追いかけないのか⁉︎」
部長の声に現実に戻されたかのようにビクッと震えてしまう。
「部長……今のってやっぱり付き合ってますかね?」
「そう見えたな……」
ため息と共に肯定された。
やっぱりそうなのか……。
浮気かぁ……しかも相手は女……。
俺を見つめる部長と目を合わせれば、心配そうに見られた。
「部長……俺と彼の事……知っていたんですか?」
さっきも声を掛けようとしてくれた。
「ああ……たまたまな……」
「俺って……あまり魅力ないんですかね……」
「は? お前何言い出すんだ?」
「教えて下さい。俺ってそんなに浮気しても大丈夫そうに見えますか?」
ケンちゃんもたっつんも俺なら浮気を許すと思っているんだろうか……。
たっつんなんて……始まりが始まりだし、俺が浮気相手って可能性もあるな……。
部長に痛い物を見るような目で見られてしまった。
「あっははは……すみません……こんな質問……するべきじゃないですね……」
無性に自分が惨めな気がした。
泣いてもいないのに、そっと目元を拭うように触れられた。
「マサ……浮気しても大丈夫だなんて、そんな訳ないじゃないか……」
強張っていた体が一気に緩んだ気がした。
部長に甘えちゃいけない。
「部長! 行きましょ! 焼肉! 今の俺、めちゃめちゃ食べて飲みますから!」
「おい! 引っ張るな……」
まだ気にしているような部長を引き摺るようにして夕飯を食べに行った。
◆◇◆
焼肉を食べて、居酒屋で飲み直す。
一人きりの家に帰りたくなかった。
部長は俺に付き合ってくれていた。
「俺はいつも真剣なんすけどねぇ……」
すっかり酔っ払ってグルグルと世界が回って見える……。
「何かの勘違いかもしれないだろ? ちゃんと話し合った方がいい」
「そうですねぇ……そうだといいんですけどぉ……」
「おい。もう飲むな」
飲んでいた酒を奪われてムッとする。
「あーあ……相手が女じゃ……俺はどうもできませんねぇ……」
「──それなら、マサも浮気したらどうだ?」
真面目な部長がこんな面白い冗談を言うなんて笑ってしまう。
「はははっ。俺なんて相手にしてくれる人いませんよぉ……」
「俺とすればいい」
今……俺って言った?
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