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入学後
これからの生活
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リンゼイは先生を辞めなくてすんだ。
学長は、卒業前に俺とリンゼイを学長室に呼び出した。
リンゼイをかなり気に入っているようだった。
『リンゼイの事は、学生の頃から目をつけてたんだ』
ニコニコとそんな事を言う学長と、あまり仲良くならないようにリンゼイに言っておいた。
先生方の寮には必ず入らなくていいらしい。
アンリ先生は結婚していて寮で暮らしていなかったらしい。
生徒の夜間の見回りなんかは交代だけれど、雇われ魔法使いがしている事もあるのでそれほど順番は来ないそうだ。
『ディノ。生徒達が夜間外出したらわかる魔道具作ってよ。言い値で買うから』
学長にそんな事を言われてしまった。
『な、なんで僕が魔道具を作れると……?』
『君の校則違反を何度か咎めないでいてあげたでしょ? 卒業できなくできるよ?』
脅された……了承するしかなかった。
『君は、個人向けの魔道具屋をやったらどう? その人の為だけの魔道具って必要だと思うんだよね。僕が後ろ盾になってあげるから、王家には文句を言わせない。誰が作っているかも秘密にしてあげる』
それは、なんとも有難い話だ。
『どうしてそこまでしてくれるんですか?』
『誰も知らない魔道具屋をリンゼイと僕だけが知っているなんて楽しいでしょ? それに──僕は、エルドの事も気にかけていたんだ。ディノはエルドの魔法陣が描けるし、生まれ変わりみたいに可愛くてね』
この人は、どこまでわかっているのか……。
それでも、有難い話を断るわけはない。
学長のおかげで俺は仕事が見つかった。
というわけで、俺とリンゼイの新居は、魔法使いの森──ではなく、王都の学院の近くになっていた。
リンゼイと二人で暮らす新居を見ながら感心していた。
庭付きの一戸建て。リビングも広いし、寝室もダブルベッドが置いてあった。
魔道具を作るための研究室もある。
「気に入った?」
はにかむリンゼイに笑顔を向ける。
「楽しみにしてくれてたんだな。嬉しすぎ」
リンゼイはご飯を作ってくれるので、掃除と洗濯ぐらいは手伝おうと思っている。
これからの生活が楽しみでしょうがなかった。
◆◇◆
四つ星になってしまった為に、城に挨拶に行った。
この国の王に謁見する。
片膝をついて胸に手を当てる。
これ、エルドの時も含めると二回目……。
「そなたの活躍をこれからも楽しみにしているぞ」
口髭を生やした国王は、形式的な言葉を残していなくなった。
やっと帰れると思いながら、城の廊下を歩く。
メルフィスには会いたいが、城に長居したくない。
今日は帰ろうと廊下を歩いている途中でルーベンスに会ってしまった。
廊下の端に避けて目の前を通り過ぎるのを待った。
ところが、ルーベンスは、俺の目の前で止まる。
「あれ? 君、どっかで見た事あるなぁ──……あっ! 学院でメルフィスと《優良》もらった子だ! こんな所で何してるの?」
ルーベンスが立ち止まったせいで、後ろを歩いていた従者も俺を認識してしまう。
悟られないように笑顔を作る。
「僕も四つ星になれました。国王陛下に挨拶に来たんです」
「ふぅん。四つ星なんてすごいね。マベルと一緒じゃないか」
「僕なんてまだまだです」
「城の魔法使いになったら?」
「いいえ。僕は恋人と一緒にいれればそれでいいので」
「そっか。頑張ってね」
興味がなさそうに、そのまま通り過ぎたのに、後ろにいた従者がルーベンスに耳打ちする。
エルドが死ぬきっかけになった男だった──。
恨んでいるのか? と聞かれたら、恨んではいない。
会ったらもっと色々思う所があるのかと思ったが、心は驚くほど凪いでいた。
エルドを狙っていたのは彼だけじゃない。いずれ誰かが同じ事をしただろう。
「え! そうなの!?」
ルーベンスは、驚いたと思ったら俺の所に戻ってきた。
「君さ、エルドの魔法陣を描き上げたって本当!?」
余計な知識を入れてしまったようだ──。
「たまたまです……」
「すごい事だよ! エルドみたいだ! 君は、エルドみたいになれる!?」
「恐れながらルーベンス殿下。僕は、エルドにはなれません。よく見て下さい。エルドとは似ても似つかないでしょう?」
「そうだね──僕のエルドは、とても綺麗でカッコよくて強かった。君みたいな弱そうな人とは全然違うね」
笑顔で言い切られた。
自分の事なのに、複雑な心境だ。
「エルドの事、好きだったんですね……」
「好きなんてものじゃない。君にはわからないよ──」
その執着が恐ろしい。
俺がエルドだと絶対にバレたくない。
『エルド……君は僕の味方?』
『俺は、誰の味方でもない』
『だから好き……』
そんなやり取りをしたのを思い出す。
ノイシスもルーベンスも幼い頃から跡継ぎ問題で命を狙われる事は多々あったらしい。
そんな中で、ルーベンスの仄暗い瞳は、いつの間にか俺しか映さなくなっていた。
その結果が従者の暴走なんだろう……。
「それじゃ、また会えたらいいね」
ルーベンスは、笑顔で手を振って歩いていく。
ルーベンスには俺とエルドが別人に見えるようだ。
その事にホッとする。
そもそも見た目が全然違うのに気付いてしまうリンゼイとノイシスがおかしいんだ。
ルーベンスの背中を見ながら思う。あんな事、二度と起こさない。
俺は、何があってもリンゼイと一緒に生きるんだ。
◆◇◆
学院から帰ってきて、料理をしているリンゼイの背中を見つめる。
魔石の魔力を使って火魔法で火を発生させる。
水道は水魔法で綺麗な水を出す。
フライパンで焼かれているのはステーキだ。
リンゼイの、バターを使ったキノコのソースは絶品だ。
俺の好きなものを作ってくれるリンゼイに愛を感じる。
学長といい、マベルといい、リンゼイはクセの強い相手に好かれる気がする。
俺のリンゼイなのに……とちょっと思う。
なんだか面白くない。
背後に近付いたら、俺より高い身長が悔しい。
包み込んでやりたい所なのに、俺の方がリンゼイの腰に抱きついて背中に顔を埋める。
「ディノ? どうしたの?」
背中にすりすりする。
「リンゼイ……俺以外のやつを見るな。喋るな。触るな」
「ふふっ。何言ってるの? そんなの無理でしょう」
「俺だけのリンゼイなのに……」
すりすりをぐりぐりに変えて、背中に攻撃する。
「ふはっ。ちょっと……くすぐったい」
「お前は俺だけのものだろ?」
抱きしめていた腕をぎゅうぎゅうと締め付けてやる。
「ディノッ。ふふっ。料理ができないからっ」
「俺だけのものだって言え~」
「私はディノだけのものだよ」
ピタリと止まってリンゼイを覗き込む。
可愛い笑顔を見せてくれる。
「本当か?」
「本当だよ。そういうディノは、私とこのステーキはどっちが好きなわけ?」
「そ、それは……究極の選択だな……」
ふざけてそんな事を言ったら、クスクスと笑われる。
ちょっと大人の余裕を見せられた気がする……。
「嘘だよ……リンゼイに決まってるだろ……」
「ふふっ。ステーキに負けるかと思ったよ。ありがとう」
チュッとキスされた。まだ足りない。
「もっと……」
「しょうがないなぁ」
クスクスと笑い合いながら、もう一度チュッとされれば満足して離れる。
リンゼイが、皿にステーキを盛り付ける。
ステーキで絆されやしないと思いつつ、残らず食べた。
食後のお茶は、エーベルトに作ってもらったお茶を飲んだ。
それを一緒に飲みながら微笑み合う。
「こういうの……幸せって言うんだろうな……」
しみじみと思ってしまった。
リンゼイと一緒にふざけ合って、美味しいものを食べて過ごす。
こんな穏やかな日常が送れる事が嬉しい。
「うん……当たり前の積み重ねって幸せだと思う。そこに君がいるだけで私は幸せだよ」
可愛い笑顔で笑うから、それだけで胸がキュンとなる。
「エルドは、お前に何もしてやれなかったから……俺はお前になんでもしてやりたい……」
リンゼイは、キョトンとしてからクスクスと笑った。
「例えば?」
「わ、わからないけど……」
とりあえず今は何も思い浮かばない。
「それじゃあ……一緒にお風呂入るとか?」
「入りたいのか?」
「え……? 入ってくれるの?」
「そんな事ぐらいしてやる」
冗談で言ったみたいだけれど、お風呂ぐらい入る。
「じゃ、じゃあ、お風呂の用意してくる!」
リンゼイは、立ち上がるとすぐに浴室へ行ってしまった。
その様子にクスクスと笑った。
学長は、卒業前に俺とリンゼイを学長室に呼び出した。
リンゼイをかなり気に入っているようだった。
『リンゼイの事は、学生の頃から目をつけてたんだ』
ニコニコとそんな事を言う学長と、あまり仲良くならないようにリンゼイに言っておいた。
先生方の寮には必ず入らなくていいらしい。
アンリ先生は結婚していて寮で暮らしていなかったらしい。
生徒の夜間の見回りなんかは交代だけれど、雇われ魔法使いがしている事もあるのでそれほど順番は来ないそうだ。
『ディノ。生徒達が夜間外出したらわかる魔道具作ってよ。言い値で買うから』
学長にそんな事を言われてしまった。
『な、なんで僕が魔道具を作れると……?』
『君の校則違反を何度か咎めないでいてあげたでしょ? 卒業できなくできるよ?』
脅された……了承するしかなかった。
『君は、個人向けの魔道具屋をやったらどう? その人の為だけの魔道具って必要だと思うんだよね。僕が後ろ盾になってあげるから、王家には文句を言わせない。誰が作っているかも秘密にしてあげる』
それは、なんとも有難い話だ。
『どうしてそこまでしてくれるんですか?』
『誰も知らない魔道具屋をリンゼイと僕だけが知っているなんて楽しいでしょ? それに──僕は、エルドの事も気にかけていたんだ。ディノはエルドの魔法陣が描けるし、生まれ変わりみたいに可愛くてね』
この人は、どこまでわかっているのか……。
それでも、有難い話を断るわけはない。
学長のおかげで俺は仕事が見つかった。
というわけで、俺とリンゼイの新居は、魔法使いの森──ではなく、王都の学院の近くになっていた。
リンゼイと二人で暮らす新居を見ながら感心していた。
庭付きの一戸建て。リビングも広いし、寝室もダブルベッドが置いてあった。
魔道具を作るための研究室もある。
「気に入った?」
はにかむリンゼイに笑顔を向ける。
「楽しみにしてくれてたんだな。嬉しすぎ」
リンゼイはご飯を作ってくれるので、掃除と洗濯ぐらいは手伝おうと思っている。
これからの生活が楽しみでしょうがなかった。
◆◇◆
四つ星になってしまった為に、城に挨拶に行った。
この国の王に謁見する。
片膝をついて胸に手を当てる。
これ、エルドの時も含めると二回目……。
「そなたの活躍をこれからも楽しみにしているぞ」
口髭を生やした国王は、形式的な言葉を残していなくなった。
やっと帰れると思いながら、城の廊下を歩く。
メルフィスには会いたいが、城に長居したくない。
今日は帰ろうと廊下を歩いている途中でルーベンスに会ってしまった。
廊下の端に避けて目の前を通り過ぎるのを待った。
ところが、ルーベンスは、俺の目の前で止まる。
「あれ? 君、どっかで見た事あるなぁ──……あっ! 学院でメルフィスと《優良》もらった子だ! こんな所で何してるの?」
ルーベンスが立ち止まったせいで、後ろを歩いていた従者も俺を認識してしまう。
悟られないように笑顔を作る。
「僕も四つ星になれました。国王陛下に挨拶に来たんです」
「ふぅん。四つ星なんてすごいね。マベルと一緒じゃないか」
「僕なんてまだまだです」
「城の魔法使いになったら?」
「いいえ。僕は恋人と一緒にいれればそれでいいので」
「そっか。頑張ってね」
興味がなさそうに、そのまま通り過ぎたのに、後ろにいた従者がルーベンスに耳打ちする。
エルドが死ぬきっかけになった男だった──。
恨んでいるのか? と聞かれたら、恨んではいない。
会ったらもっと色々思う所があるのかと思ったが、心は驚くほど凪いでいた。
エルドを狙っていたのは彼だけじゃない。いずれ誰かが同じ事をしただろう。
「え! そうなの!?」
ルーベンスは、驚いたと思ったら俺の所に戻ってきた。
「君さ、エルドの魔法陣を描き上げたって本当!?」
余計な知識を入れてしまったようだ──。
「たまたまです……」
「すごい事だよ! エルドみたいだ! 君は、エルドみたいになれる!?」
「恐れながらルーベンス殿下。僕は、エルドにはなれません。よく見て下さい。エルドとは似ても似つかないでしょう?」
「そうだね──僕のエルドは、とても綺麗でカッコよくて強かった。君みたいな弱そうな人とは全然違うね」
笑顔で言い切られた。
自分の事なのに、複雑な心境だ。
「エルドの事、好きだったんですね……」
「好きなんてものじゃない。君にはわからないよ──」
その執着が恐ろしい。
俺がエルドだと絶対にバレたくない。
『エルド……君は僕の味方?』
『俺は、誰の味方でもない』
『だから好き……』
そんなやり取りをしたのを思い出す。
ノイシスもルーベンスも幼い頃から跡継ぎ問題で命を狙われる事は多々あったらしい。
そんな中で、ルーベンスの仄暗い瞳は、いつの間にか俺しか映さなくなっていた。
その結果が従者の暴走なんだろう……。
「それじゃ、また会えたらいいね」
ルーベンスは、笑顔で手を振って歩いていく。
ルーベンスには俺とエルドが別人に見えるようだ。
その事にホッとする。
そもそも見た目が全然違うのに気付いてしまうリンゼイとノイシスがおかしいんだ。
ルーベンスの背中を見ながら思う。あんな事、二度と起こさない。
俺は、何があってもリンゼイと一緒に生きるんだ。
◆◇◆
学院から帰ってきて、料理をしているリンゼイの背中を見つめる。
魔石の魔力を使って火魔法で火を発生させる。
水道は水魔法で綺麗な水を出す。
フライパンで焼かれているのはステーキだ。
リンゼイの、バターを使ったキノコのソースは絶品だ。
俺の好きなものを作ってくれるリンゼイに愛を感じる。
学長といい、マベルといい、リンゼイはクセの強い相手に好かれる気がする。
俺のリンゼイなのに……とちょっと思う。
なんだか面白くない。
背後に近付いたら、俺より高い身長が悔しい。
包み込んでやりたい所なのに、俺の方がリンゼイの腰に抱きついて背中に顔を埋める。
「ディノ? どうしたの?」
背中にすりすりする。
「リンゼイ……俺以外のやつを見るな。喋るな。触るな」
「ふふっ。何言ってるの? そんなの無理でしょう」
「俺だけのリンゼイなのに……」
すりすりをぐりぐりに変えて、背中に攻撃する。
「ふはっ。ちょっと……くすぐったい」
「お前は俺だけのものだろ?」
抱きしめていた腕をぎゅうぎゅうと締め付けてやる。
「ディノッ。ふふっ。料理ができないからっ」
「俺だけのものだって言え~」
「私はディノだけのものだよ」
ピタリと止まってリンゼイを覗き込む。
可愛い笑顔を見せてくれる。
「本当か?」
「本当だよ。そういうディノは、私とこのステーキはどっちが好きなわけ?」
「そ、それは……究極の選択だな……」
ふざけてそんな事を言ったら、クスクスと笑われる。
ちょっと大人の余裕を見せられた気がする……。
「嘘だよ……リンゼイに決まってるだろ……」
「ふふっ。ステーキに負けるかと思ったよ。ありがとう」
チュッとキスされた。まだ足りない。
「もっと……」
「しょうがないなぁ」
クスクスと笑い合いながら、もう一度チュッとされれば満足して離れる。
リンゼイが、皿にステーキを盛り付ける。
ステーキで絆されやしないと思いつつ、残らず食べた。
食後のお茶は、エーベルトに作ってもらったお茶を飲んだ。
それを一緒に飲みながら微笑み合う。
「こういうの……幸せって言うんだろうな……」
しみじみと思ってしまった。
リンゼイと一緒にふざけ合って、美味しいものを食べて過ごす。
こんな穏やかな日常が送れる事が嬉しい。
「うん……当たり前の積み重ねって幸せだと思う。そこに君がいるだけで私は幸せだよ」
可愛い笑顔で笑うから、それだけで胸がキュンとなる。
「エルドは、お前に何もしてやれなかったから……俺はお前になんでもしてやりたい……」
リンゼイは、キョトンとしてからクスクスと笑った。
「例えば?」
「わ、わからないけど……」
とりあえず今は何も思い浮かばない。
「それじゃあ……一緒にお風呂入るとか?」
「入りたいのか?」
「え……? 入ってくれるの?」
「そんな事ぐらいしてやる」
冗談で言ったみたいだけれど、お風呂ぐらい入る。
「じゃ、じゃあ、お風呂の用意してくる!」
リンゼイは、立ち上がるとすぐに浴室へ行ってしまった。
その様子にクスクスと笑った。
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