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修学旅行へ

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「今日から三年生は修学旅行になるな。準備はできているか? 忘れ物はないか?」

 ベルナルド先生の言葉に数名の生徒から「はーい」と声があがる。

 今は、いつも鍵がしまっていて入れない部屋に集合している。
 時間は、お昼過ぎだ。目の前には、転移魔法陣がある。

 集まっているのは、クラスのみんなと先生方全員だ。
 三日間は一、二年生は特別講師が来る。先生がいないからと羽目は外せず、別の魔法使いが見張りに来る。俺たちの時もそうだった。

「目的地はラクノーヴァのキルタズだ。学長が転移魔法を使ってまとめて送ってくれる。帰りも向こうにいる魔法使いが送ってくれる手筈になっている」

 転移魔法なんてものが使える人はほとんどいない。
 俺は転移魔法は魔法陣なしだと怖くて使えない。魔法陣なしでは、しっかりとした場所のイメージがなければ発動しないか、知らない所に飛ばされる。場所のイメージは、風景を全く同じにイメージしないといけないらしい。全く同じなんて無理だ。

「じゃあ、そろそろ行こうね」

 転移魔法陣にみんなで入って学長が魔法を使えば魔法陣が光る。
 瞬きをした次の瞬間にはもう知らない場所だった。
 どこかの部屋の一室のようだ。
 そこにいた魔法使いらしき人がニッコリと笑った。

「ようこそ。ラクノーヴァ王国の最北にある町、キルタズへ。今回、皆様の担当として派遣されましたラクノーヴァの魔法使いで、グレンと申します」

 お辞儀が綺麗な人で、物腰は柔らかく育ちの良さそうな人だ。絶対貴族だろう。

「私がこの町の町長であるキートン・メーベスです。」

 ペコリとお辞儀をしたのは、魔法使いの隣にいた恰幅のいいコロコロしたおじさんだった。
 今、町って言ったよな? 前は村で村長は違う人だった。

 ベルナルド先生は、みんなを見回した。

「これからの事を確認するぞ。今日は部屋に行って荷物を置いたら自由にしていい」

 ベルナルド先生の言葉にわぁと盛り上がる。
 みんなそれぞれ行きたいところがあるらしい。
 チラリとリンゼイを見れば、目が合った。
 軽く首を振られる。先生は自由じゃないらしい。残念だ……。

「だが、明日の集合時間は厳守だからな」

 朝早くに宿屋の前に集合だったな。
 今度は、宿屋の店主らしき人が話し出す。

「ここは、キルタズの宿屋です。皆様の貸し切りになっておりますので、ご安心下さい。では、部屋にご案内します」

 案内されながら、みんな驚いていた。
 学院の寮と同じぐらいの規模があった。
 この宿屋の事を説明されたら納得だ。
 ここはトランダムの学院を手本にして作った宿屋らしい。

「なんか……旅行に来た気がしない……」

 ケフィンの言葉に苦笑いしながら頷く。

「学院の寮に寝泊まりするようなものですもんね……」
「でも、ほら、窓の外を見てみろ」

 メルフィスの言葉にみんなで窓を覗き込んだ。
 そこに見えたのは、整備された綺麗な街並み。
 向こうは商店街か。店は一軒一軒が大きくて立派だ。

「すご……」

 ケフィンの感想にみんな頷くことしかできなかった。

 それにしても、ここは俺の知っているキルタズとは全く違う。
 昔は本当に何もない村だったのに面影もない。
 そんな疑問も宿屋の店員さんが説明してくれた。

「魔物に侵略されつつあったこの村は、エルド・クリスティアによって結界で守られるようになり、その魔石や結界を見にくる観光目的の人や、皆様のように派遣される魔法使いの方々で大変賑わうようになって、数年でここまで発展したんです」

 そんな事になっていたとは……。

「エルドは町の英雄です」

 笑顔で言われた事に内心で驚いていた。
 ラクノーヴァでそんな風にいう人はいなかったのに……。

 案内された部屋も学院の寮を狭くしたような感じだった。
 二人一部屋で使うらしい。
 俺はブルーノと一緒だった。

「なんでお前と一緒なんだよ……」

 こっちのセリフだ。

「エーベルトと代われ」
「別にいいですけど……」

 エーベルトの部屋へ行けば、メルフィスと一緒だった。
 事情を説明すれば、エーベルトは嬉しそうにブルーノの部屋に行った。

「メルフィス、僕と同じになってしまってすみません」
「え!? そんな! 俺は、ディノと一緒で嫌だなんて思ってない! むしろ……その……嬉しいというか……」
「僕もブルーノより断然メルフィスがいいです」
「あ……うん……そうか」

 メルフィスが嬉しそうだ。

 ブルーノなんて上から目線だし偉そうだ。エーベルトはなぜあんなやつがいいのか。二人きりだと違うのか? 優しいブルーノとかそれはそれで想像したくない。

「ベッドはどちらを使いますか?」
「どちらでもいい」
「それなら僕はこっちを使いますね」

 ボフッとベッドに寝転がる。
 ふかふかで気持ちいい。

「ディノはどこか行く予定はあるのか?」
「アンジェにお土産を買えればいいです」
「それなら一緒に買い物へ行かないか?」

     ◆◇◆

 メルフィスと共に商店街の方に来た。
 大きな店舗に入ればニコニコとした店主に声を掛けられる。

「トランダムの魔法使い様には感謝してます。毎年本当にありがとうございます」

 メルフィスと顔を見合わせてしまった。

「僕たちはまだ見習いですが……」
「関係ありません。こうやってこの町の発展に貢献してもらっています」

 これは、結界の事を言っているのか、買い物をする事を言っているのか……或いは両方か。

 アンジェのお土産は入浴剤にした。掌サイズの固形の入浴剤を浴槽に入れるとあら不思議。ブルーローズの花びらがブワッと発生するらしい。アンジェが好きそうだ。

 買い物が終わってメルフィスと帰れば、夕食の時間でみんな食堂に集まっていた。
 どこに行ったとか、さっそく楽しい話で盛り上がっていた。
 そのほとんどは、トランダムの魔法使いに感謝しているとか、エルドは英雄だとか……。
 けれど、コリーたちから別の話を聞く。

「商店街から道に迷っちゃって、知らない路地に入ったら、そこの一画は随分と様子が違ったよ。そこで会った人たちには、出て行けって言われたんだ。エルドは英雄なんかじゃない。トランダムは、ラクノーヴァの敵だって息巻いてた」
「俺も言われた。商店街から向こうは国を売ったやつらの集まりだとかなんなんとか……」
「怖いね……。あまりそっちの方には行かない方がいいのかも」

 なんとなくわかってきた。町として発展して喜ぶ奴らもいれば、まだトランダムを敵国だと思っている奴らもいるという事だ。
 そいつらが商店街より向こうに集まって暮らしているんだろう。
 一方は褒め称えて、一方は罵る。
 やはりそんなに変わる事なんてないんだ。

「なぁ、大浴場があるんだってさ! みんなで行こうぜ!」

 ケフィンの興奮したような声が聞こえて、暗くなっていた雰囲気が和らいだ。
 そのうちに、みんなで大浴場へ行く事になったらしい。

 部屋に戻ってきてメルフィスに声を掛けられる。

「ディノも行くだろう?」

 あまり気が進まなかった。

「僕はいいです」
「じゃあ俺も……」
「メルフィスは行って下さい」
「でも……」
「大丈夫です。楽しみなんでしょう?」

 メルフィスは、迷いながらも大浴場へ行った。
 自分のベッドに寝転びながらため息が出た。
 後悔はしていないけれど、自分の罪の重さを実感していた。

 ラクノーヴァにとってエルドは、そう簡単に許されない存在であることを再確認した。

 だからと言って、俺自身がどうこうしようという気はない。
 暗い気分になるだけだ。とりあえず……寝て忘れるか……。

     ◆◇◆

 パッと目が覚めると辺りは真っ暗だった。
 メルフィスも布団に入っていて寝入っている。
 俺が寝てたから起こさないようにしてくれたらしい。

 お風呂にまだ入ってなかったので用意をする。部屋に添え付けのお風呂でもいいけれど、うるさくなったらメルフィスが起きてしまう気がして、大浴場の方へ足を向けた。

「お。さすがにこんな時間じゃ人が居なくて貸し切りだな」

 脱衣所で服を脱ぐ。
 ルンルンと大浴場に期待しながら中に入った。

「うわぁ。広い!」

 こんなに広いお風呂に入れるなんて滅多にない。
 すぐに頭も体も洗って早速入ろうとしたら、奥に露天風呂がある事に気付く。

 そちらへ行けば岩を切り出して作った岩風呂だった。空を見上げれば、満点の星に笑顔が溢れる。

「最高!」

 風呂に入ろうとして人がいた事に気付く。

「ディノ?」
 
 岩の影からこちらを覗き込んだのはリンゼイだった。
 



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