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入学後

二人で片付け ① メルフィス視点

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 全員分の実験器具を片付ける。
 ビーカーはビーカーで並べて仕舞い、魔法陣はまとめて先生の所に持っていくらしい。
 落としたビーカーを箒とちり取りで集めるのだけれど、ディノがやるのを見ていた。
 すると、声をかけられる。

「メルフィス。手伝って」
「な、なんで俺が……」

 手伝いたいのだけれど、やった事がない。

「あのねぇ、落としたのは君です。むしろなんで僕が手伝わないといけないのか説明して欲しいですね」

 笑顔で言われて、ググッと口籠もる。
 一応悪いとは思っている。
 けれど、腹を抱えて笑っていたディノのせいでもあるだろうと少し思う。

 このディノ・バスカルディという男。
 見た目は綺麗な水色の髪に翡翠みたいな綺麗な瞳をして、色も白く儚いようなイメージだ。
 それなのに、人を馬鹿にしたように笑ったりする。
 俺は一応、この国の第三王子で王族だ。
 みんな俺を敬うけれど、こいつは違う。
 俺を特別扱いしない。そうやって接してくれるのは、エルドに次いで二人目だ。
 それ自体は嬉しいと思っているけれど──。

「ほら、やって下さいよ」

 偉そうでムカつくんだよな……。

「掃除なんて……やった事がない……」

 正直に言ったらどうせまた笑うんだろうと思った。
 けれど、ディノは笑わなかった。

「やった事がないからとやらないでいれば、ずっとできないままですよ」
『やった事がないからってそのままにするな。ずっとできないままでいいのか?』

 ふとエルドに言われた言葉を思い出した。
 思わずディノの手首を掴んだ。見た目と同じ細い腕だった。

     ◆◇◆

 俺がエルドと会ったのは、エルドが死ぬ一年前だった。
 当時の俺は15歳で魔力が爆発的に上がっていた。

 魔力が体内で蠢いて苦しい。
 夜寝るのも辛くなっていた。

 そして、とうとう城内で魔力が暴走する。
 自分を中心とした辺り一面を壊してしまう。
 床も壁も天井もボロボロになっていく。
 誰も俺に近づけなかった。

『バカが……』

 第一王子であるノイシスは、魔法をぶつけて俺を抑え込もうとするけれど、魔力の暴走はそう簡単には止まらなかった。

『ちっ! メルフィス! それ以上魔力を放出するな! 下手をすればお前が死ぬぞ!』
『兄上……! ど、どうすればいいのかわからないのです……!』
『心を落ち着かせて魔力を抑え込め!』

 どうしようと繰り返し思うだけで、どうにもできなかった。

 そこに現れたのは、エルド・クリスティアだった。
 兄上の背後から歩いてきたその人は不思議そうに兄上に問いかけた。

『何? なんの騒ぎ?』
『エルド! 弟の魔力が暴走したんだ!』
『あ。本当だ。魔力暴走だなんて珍しい。この子才能あるね。マベルはいないの?』
『今は城にいない! 丁度いい所にきた! お前がどうにかしろ!』
『はいはい』

 エルドは、俺の魔力暴走を意に介さず俺に近付いてきた。
 まるで魔力暴走などしてないような錯覚に陥る。

『手』
『え?』
『手を出して』

 目の前のエルドにそっと手を差し出せば、ガシッと握られた。

『すごい魔力量だ。落ち着いて魔力を抑え込むんだ』

 そのままグイッと引っ張られたと思ったら、抱きしめられた。

『な、何するんだ!?』
『黙って』

 耳元で聞こえる声にゴクリと喉を鳴らした。

『俺に呼吸を合わせて』
『できない!』
『いいや。お前ならできるはずだ。自分の魔力を感じるんだ』

 触れ合った体が熱い。
 抱きしめられている事で安心したのか、自分の魔力の存在がわかっくる。

『いいぞ。そのまま魔力を抑え込んで』
『そんな事、やった事ない!』
『やった事がないからってそのままにするな。ずっとできないままでいいのか?』

 厳しいのにどこか優しい声だった。
 俺が落ち着いてやればできるのだと信じさせてくれる……。

『俺がサポートする。俺に合わせればいい。そうそう。うまいぞ』

 エルドに褒められるのは嬉しかった。
 どれくらいそうしていたのか、気付けば暴走していた魔力はおさまっていた。

『は、離せ……』

 抱きしめられている事が急に恥ずかしくなってエルドから離れる。

『もう大丈夫そうだな』

 エルドはクスクスと笑って、自分の付けていたピアスを一つ取ると、俺にピアスを渡してきた。

『これをお前にやるよ』
『これは?』
『魔力暴走は、一気に魔力が上がったのに体がついてこないんだ。そのピアスは入り切らなくてあふれた魔力を吸収して外に出してくれる。成長して魔力の入る器が大きくなれば、この程度の魔力なんてコントロールできるようになる。魔力のコントロールができるようになったら外せ』

 手の中の赤いピアスを見つめれば、なんだかエルドの瞳のようだった。

 噂には聞いていた。大魔法使いで【冷酷無慈悲な悪魔】と言われるエルド・クリスティアという男の事を。
 目の前にいるのがそうなのか?
 全然大魔法使いらしくない。冷酷無慈悲な悪魔にも見えない。

 それどころか……抱きしめられた体温はとても温かかった。
 エルドの事を意識してしまい、もらったピアスをギュッと握りしめる。

 お礼を言おうと声を掛けようとしたけれど、ノイシスがエルドに先に声を掛けてしまう。

『エルド。どうして城にいるんだ?』
『ノイシスは俺が気になってしょうがないんだろ?』
『ああ。バカは放置できない主義でな』

 そんな軽口を叩き合って笑う。
 二人はどういう関係なんだろう……。

『それより、彼に早く魔法使いの先生を付けたら? 魔力が多いなら定期的に発散させてやれよな』
『探してるところだった。どうだ? お前がやらないか?』

 エルドが先生! それを聞いて、期待している自分がいた。

『そんな面倒な事はマベルに頼めよ。それに、リンゼイ以外に俺の時間を掛けたくない』

 リンゼイ……って誰だ?

『相変わらずだな』

 ノイシスがため息を吐けば、エルドはクスクスと笑う。

『そこの弟の名前なんだっけ?』
『メルフィスだ』

 エルドは、俺を見つめて微笑んだ。
 外は夕日が沈むくらいの時刻だった。
 窓から差した淡いオレンジ色の光がエルドを照らしているみたいにキラキラとして見えた。

『メルフィス。いつか魔法使いになるといい。お前なら優秀な魔法使いになれそうだ』

 俺だけに向けられたその時の笑顔が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
 この瞬間に俺は魔力暴走を抑え込んでくれたエルド・クリスティアという男に憧れた。
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