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入学後

死んだ時の記憶

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 魔道具の材料を取りに行って家に帰ってくれば、扉が少し開いていた。
 俺はリンゼイが来たのかと思って浮かれてしまったんだ。だから、油断した。
 リンゼイの顔が早く見たくて足早に進んでしまい、扉を開けてすぐにあった魔法陣に足を踏み入れてしまった。

 それは、全ての魔力を奪うまで発動する陣だった。
 俺は魔力が多かったおかげで、すぐには魔力が尽きたりしなかった。
 抵抗しようとしたためか、魔法陣に魔力を吸われていく感覚がビリビリと響いて痛い。

 リンゼイは、そんな時に俺の家に来てしまった。
 魔法陣の中で膝をつく俺を発見して、俺を助けようと悲痛な表情で手を伸ばしたリンゼイを、巻き込まないように止めたかった。

『エルドッ!』
『来るな……っ!』

 反射的にリンゼイの足を止める魔法を使ってしまった。
 魔法陣の中で魔法を使うなんて無謀な事をしたせいで、魔法同士がぶつかり合って爆発した。

 くそ……リンゼイも吹き飛んだ……。

 リンゼイは、外の木にぶつかって倒れていた。
 側に行きたいのに家の壁に強く体を打って動かせない。
 魔力も一気に尽きた。
 ピアスや腕輪の魔石にため込んでいた魔力も全部無くなった。この魔法陣を作ったやつは相当のやり手だ。

 少しして誰かが俺の前に立って笑う。
 家の中で待ち伏せしていたようだ。

『爆発するとは予想外だったな。エルド、私たちと一緒に来い』
『…………』

 目の前の男は城で見た事があった。
 王家の騎士だ。

 これは──呼び出しに応じなかったからか。

『おい。立て』
『ふはっ……。魔力ゼロにしといて……立てなんて……鬼か……』

 立てる状況じゃなくて、思わず笑ってしまう。
 普段ならすぐに治せる傷も全く治せずに体のあちこちがズキズキと痛む。

『皮肉はいい。一緒に来い』
『……そんなのは……例え立てても……ごめんだね』

 トランダムは、大国と言っていいほど大きくなった。
 それなのに、さらに国を大きくする為に、近隣諸国を力で押さえつけようとした。

 一度呼び出しに応じて城へ行けば、そこには他国の要人がいて、俺を見て怯えていた。
 他国にとって俺は恐怖の象徴。
 こちらに有利な条約を結ぶ為に俺は利用された。

 それ以来、国からの呼び出し命令は、全て従わずに破り捨てて燃やした。
 必要な時は、俺から城へ行った。

 俺がそんな事に加担したと知ったら、リンゼイが悲しい顔をする……そんな顔をさせたくない。リンゼイのそんな顔は見たくない。

『今連れて行った所で、魔力が戻ったら……城ごとぶっ壊してやる……』
『噂通りのやつだ。その力、ルーベンス様の為に使うのがなぜ嫌なんだ』

 ルーベンス──あいつの臣下か……。

 ルーベンスが直接指示を出したのか? それともこいつらの独断か?
 どちらにせよ、そこまでして俺を従わせたいのか。

 その男は、視線を外へ向けた。

『エルド。外に倒れている男はなんだ?』

 全身に鳥肌が立つようにゾクッとした。
 思い切り睨んでやる。

『──なるほど。答えなくてもわかるな』

 ニヤリといやらしい笑い方をされた。
 嫌な汗をかく。

『あいつを連れて行こう。エルドの弱点だ』

 その男は、近くにいたやつに命令しようとする。

『ふざけんなっ……! 俺を連れてけ……!』
『先ほどと随分と意見が変わるんだな』
『何でもいう事を聞いてやる! あいつは関係ないだろう……っ!』

 リンゼイの為なら、何だってする。
 人を殺そうが、国を滅ぼそうがやってやる。

 必死な俺を見て、その男は笑う。

『これは良い拾い物をした。良く考えれば、エルドだけを連れて行った所でエルドを制御できるとは思えない。魔力が戻れば誰も手を出せなくなる。だが、そのエルドの弱点を見つけた。あいつがいれば、エルドは思いのままだ』

 俺のせいだ……!
 俺がリンゼイのそばにいたから……!

 ノイシスが言っていた周りが放っておかないという言葉はよくわかっていたつもりだった。
 俺のそばにいたら、リンゼイも巻き込まれるとわかっていた。わかっていたのに離れられなかった。
 俺と一緒に暮らせば、リンゼイが確実に狙われてしまう。

 だから、俺は魔道具を作っていた。
 魔道具は全てリンゼイの為のものだった。
 リンゼイを守る結界の腕輪。遠くにいてもリンゼイと話すための指輪。
 いつもリンゼイを見ていたくて作った写真機。リンゼイの為に使う魔力を込めたピアスと指輪、腕輪の数々。

 俺のそばにいても守れるぐらいの魔道具を作れたら、一緒に暮らそうって言おうと思っていた。
 それまでは、友人としてならそばにいてもいいんじゃないかという甘い考えがあった。
 それが、リンゼイをこんな目に遭わせてしまった。
 
 この世の中でただ一人、俺の大好きなリンゼイ。お前の為に俺が出来る事は全部したかった。

『あいつを連れて帰るぞ』
『はい』

 そいつらがリンゼイの方へ足を向けた。

『やめろ……っ!』

 あいつら以外にも人がいるのかもわからない。
 追いかけたくても立ち上がれない。魔力がなくて魔法も発動できない。

 チラリと倒れているリンゼイに視線を向ける。
 あの腕輪──リンゼイは、外してないはずだ。
 俺の魔力を溜め込んだ腕輪だ。

 自分の小指に嵌めていていた仕掛け指輪から小さい針を出して、自分の太ももに刺した。
 何度も試した毒草の中で、特に強い毒を改良して作った即効性のある毒だ。
 これは俺にも効く。そういう風に改良した。

『俺を甘く見るなよ……』

 そう言って笑ってやれば、そこにいた奴らは足を止めて俺を見る。

『リンゼイは……渡さない……』
『連れて行くさ。あいつを殺されたくなければ、まずは呼び出しに従え』
『誰がお前らの言うことなんか聞くかよ……』

 今まで毒を散々試したのは、こういう時の為だ。
 俺は自分が死ぬイメージができなかった。
 俺の中に魔力がある限り、体はすぐに治せてしまう。
 自分が死ぬ為に、最高の毒を俺は探していた。

 ずっと思っていた……俺自身がリンゼイを不幸にする。

 俺がいなければ、リンゼイはこんな事に巻き込まれなくて済む。
 全ての原因は俺自身だ。
 そばにいても守れないようじゃ俺に生きる資格なんてない。

 だから、結界の発動条件は──俺が死ぬことだ。

 あの腕輪は、そういう風に魔法陣を組んでいた。
 そうやって結界自体の強度と発動時間を上げた。

 俺なんていなくなればいい。
 ずっと、ずっと思っていたんだ。

 それでも生きていたのは、リンゼイと共にいる日々が楽しかったから……。
 リンゼイと一緒にいる時だけは、自分が大魔法使いだとか、普通じゃないなんて思わずにいられたんだ。

 ゴフッと口から血を吐いた。

 さすが俺の作った毒薬……よく効くこと……。

『お前──何をした!?』

 誰が教えるか。

『まさか──毒か!? おい! すぐに解毒しろ! エルドが死んだら元も子もない!』

 必死に側にいたやつに命令するが間に合うわけないだろ。

『俺が作った毒だ……もう死ぬよ……。じゃあな……』

 皮肉めいた顔でめいいっぱい笑ってやった。

 薄れて行く意識の中で、たくさんのリンゼイとの思い出が蘇る。
 走馬灯ってやつかな……俺は【冷酷無慈悲な悪魔】だから、死ぬ時はもっと辛いことばかり思い出すのかと思っていた。

 それなのに……幸せな思い出ばかりだ……。

 リンゼイが俺の大好きな笑顔で笑ってくれる。
 俺の事を怒る顔も好きだった。悲しい顔はしてほしくない。

 一緒に暮らそうって言えなくてごめんな……。

 俺だって……本当は死にたくないんだ……。
 でも俺は、リンゼイの為ならなんだってできるんだよ。
 後悔なんてした事ない。きっとこの選択も後悔なんてしない。

 俺が大魔法使いじゃなかったら……俺が普通の魔法使いだったら……リンゼイと一緒にいられたのかな……。

 リンゼイのそばに……ずっと……ずっと……いたかった……。

 俺の望みは……それだけだったのに……なぁ……────
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