彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた

おみなしづき

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愛してるよ

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 涼のマンションは、オートロックの高層マンションだった。
 雅哉の家とダブって見える。
 住所を何度も見返して、間違いがない事を確認する。
 まだ社会人にもなっていない涼が、どうしてこんな所に部屋を借りれるのか少し疑問だ。

 着いたはいいが、インターホンを押す勇気がなくて立ち往生していた。
 マンションの住人が俺を訝しみながら、何人か通り過ぎた。
 やっぱりまた今度にしようかと思い始めた時に、声が掛けられた。

「君、このマンションに何か用なのかい?」

 スーツをしっかりと着込んだ清潔感のある紳士だった。
 目元は切れ長で、どことなく涼に似ているような気がしなくもない。
 そのせいか、その人に対して警戒心はあまりなかった。

「あの……実は、人を訪ねてきたんですけど……行くかどうか迷ってて……」
「どうしたんだい?」
「急に来たから……迷惑かもしれなくて……」

 目線を下に落としてしまった。
 やっぱり涼は、俺に会いたくないかもしれない。だから、俺に何も言わなかったんじゃないのか?

「もしかして……春樹君かな?」
「え? どうして名前……」

 思わず顔を上げて、その人を見つめる。
 どう考えても知り合いではない。
 何でこの人が俺の名前を……?

「やっぱり。その制服、そうじゃないかと思った。初めまして。私は、河西かさいあきらと言います。涼は、私の弟なんだ。本人は認めたがらないけどね」
「え⁉︎」

 という事は……涼のお兄さん⁉︎

「君も、ある意味私の弟……というのは、おこがましいかな?」
「いいえ! そんな! でも、涼から兄がいるなんて聞いた事がなくて……」
「そうかもね。涼は、私を嫌っているからね。」
「そうなんですか……?」
「そうだよ。同族嫌悪というやつかな? 私と涼は、似過ぎているから」

 そう言って輝さんは苦笑いした。

「君は、どうして涼を訪ねてきたんだい?」
「急にいなくなったから……理由を聞きたくて……」
「涼は君に何も言わなかったのかい?」
「はい……」
「なるほどね」

 面白そうにクスクスと笑う。その顔がやっぱり涼に似ている気がする。

「涼はね、ひとまず私の所にいるんだ。開けてあげるから、行くといいよ」
「え? いいんですか?」
「いいんだよ。君を通した事を感謝されても、恨まれる事はないからね」

 カードキーなのか、輝さんはすんなりと中に入って、一緒に来るように言った。
 二人でエレベーターに乗った。

「涼が就職する会社はね、私達の母の会社でね。ここから近いんだ」
「そうなんですか……」

 そんな事全く聞いたことがなかった……。

「私はね、母の後継者として育てられたけれど、男性しか愛せなくてね。それを知った母は、涼に矛先を向けた。でも、ほら、涼もそうだろ? 母は涼しかいないと思っていたから、それはガッカリしてね。結婚しないというのなら、こちらに来て母の会社で働けと言われたのさ」
「そうだったんですね……」

 それなら、涼が引っ越すのは決まっていたという事なんだろうか……。

「父は、親権もない母に従う必要はないと言ったけれど、涼は、会社に就職すること自体は別にいいんだそうだ。君に引っ越す事を伝えなかったのは──なんらかの理由があるんだろう……」

 涼──言ってくれなきゃわからないじゃないか……。
 俺も何も聞かなくて、なんの疑問もなく一緒にいれると思っていたのが悔やまれた。

「あの、輝さんは、俺たちのこと……知っているんですか?」

 輝さんは、優しく微笑んだ。

「ふとした時に君の事を少し話してくれたよ。あんなに素直に話してくれたのは初めてかな」
「なんて……言ってましたか?」
「とても愛おしい存在だ……とね」

 胸の奥がキュウッと鳴った。
 そんな風に思っているならどうしてだ?

 エレベーターが高層階に着いた。

「こっちだよ」

 輝さんの後をついて行って、ある部屋の扉の前で鍵を開けた。

「涼の部屋は、奥の左側だよ。さぁ、行っておいで」

 そっと背中を押された。
 輝さんは、そのまま中に入らず玄関を閉めた。
 そっと涼のいるであろう部屋に足を向けた。
 バクバクと鳴る心臓を落ち着かせようと何度も深呼吸をする。
 ノックもせずに、思い切ってドアを開けた。

「輝? いくら兄弟だからって勝手にドアを開けるなんて──」

 着ていたらしいジャケットをハンガーにかけながら、服を着替えようとしていたらしい涼は、こちらを見て言葉を失った。
 いなくなってまだ数日だ。それなのに、涼の声がこんなにも懐かしいと思えるなんて……。
 ほんの少しの沈黙が、とても長い時間に思えた。

「涼……」

 ゴクリと喉を鳴らした。
 色々伝えたい事や聞きたい事はあったのに、本人を目の前にして、何を言えばいいのか頭が真っ白になってしまった。
 見つめあっていた視線を先に逸らしたのは涼だ。

「ハル……どうしたの? 何かあった?」

 何かあったか……だって? ──何言ってんだ?

「ここには……どうやって?」

 涼の普通の態度に自分の中で何かがキレた。

「──ざっけんじゃねぇ」
「ハル?」

 ズカズカと涼に詰め寄って、胸ぐらを掴んでやった。

「ふざけんじゃねぇぞ!」
「ハ、ハル⁉︎」

 そのままそこにあった涼のベッドに力任せに押し倒し、馬乗りになって涼を見下ろした。

「ハル……? どうしたの……?」

 涼は、されるがままだった。

「涼がいなくなって、俺がどんな想いでいたのか知ってるか⁉︎」
「僕がいなくなって……ハルはもう解放されたよね?」
「ふざけんな! 何度も何度も思い出して、苦しかったんだ! なんで黙って行ったんだ⁉︎」
「そうしなきゃ……離れたくないって……言っちゃいそうで……」

 涼は俺から視線を逸らした。

「言えばいいじゃねぇか!」
「──言えるわけない!」

 俺から視線を逸らしたまま、泣き出しそうな涼の顔を真っ直ぐに見つめる。
 俺は一秒だって涼から視線を逸らしたくない。

「僕は……ハルに……酷い事をした……! そんな事を言えるような存在じゃない!」
「酷い事をして、涼のものだって植え付けて……それで放置か? お前は何がしてぇんだよ!」
「──ハルがどうしても欲しくなった……僕がいなくなるまでの間だけでも、ハルを僕だけのものにしたかった! ハルはもう僕から解放されて、自由に生きられる! 僕の事は……忘れないで……時々思い出してくれたら……それでいい……」
「だから──それが、ふざけんじゃねぇって言ってんだ!」

 最初から、俺を手放すつもりだったのか⁉︎
 涼との事を思い出にしろって事か⁉︎
 それでどうして俺が平気でいれるだなんて思えるんだ!

「涼がいなくなれば、俺が喜ぶとでも思っていたのか……⁉︎」
「そうだよ! ハルは僕のものだったけど、ずっと僕のものじゃなかったよ! だから! 解放してやろうって思ったんだ! 僕のものにならなかったハルを、諦めるには離れるしかなかった! ハルは僕を愛してないじゃないか!」
「──愛してるよ」
「え……?」

 涼が、やっと俺と目を合わせた。
 涼の瞳が聞き間違いじゃないのかと揺れていた。
 
「涼の事しか考えられないぐらい愛してんだよ!」

 言葉にしたら、涙と一緒に想いがあふれた。
 俺は、いつからか涼を愛していた。
 悲しい顔を見たくなくて、嬉しそうな顔を見るのが好きだった。
 酷い事をされたって許してしまう。
 何をしても忘れられなくて──そんなのもう、愛している以外にないじゃないか!

「涼を思い出さない日なんて一日だってない! 俺は、涼の全部を愛してるよ!」
「嘘だ……! だって……僕は……! ──そんなのは、ハルの思い込みだよ!」
「うるせぇよ! 思い込みでもなんでも、俺がお前を愛してるって言ってんのに、それ以上に何があるってんだ! めちゃくちゃにされたって、何されたって──もうお前以外に考えられねぇんだよ! 責任取れよ!」

 涼の胸ぐらを掴んだまま、感情をぶつけるように思い切りキスをした。
 久しぶりの涼の感触に心が震えた。
 少ししてそっと唇を離せば、眉根を寄せたままの涼の瞳が潤んでいた。
 涼の首にあるネックレスがキラリと輝いた気がした。
 涼もこれを外さなかったんだ……。

「スノードーム……あれを作った時、思い出がいっぱいの家で涼と過ごす毎日が、普通に想像できたんだ……! 俺はもう涼がいないとダメなんだ! お前はいいのかよ⁉︎ 俺が他の誰かのものになっても!」
「嫌に決まってる! 雅哉にだって──誰にだって渡したくなかった! けど、それだって……離れていれば誰かのものになったハルを知らないで済む!」
「そうやって、俺から逃げる気だったのかよ⁉︎」
「僕は──ハルのそばにいると、ハルを壊してしまうんだ! ハルを傷つけたくない! それなのに、抑えが効かなくなって……何度だってハルをめちゃくちゃにしてしまうよ!」
「すればいいじゃねぇか! 俺は、何度だって涼を許す!」
「──っ!」

 いつも泣き出しそうだった涼の顔から涙がこぼれた。
 目尻から流れる涙は最初の時と同じように綺麗だった。

 涼が一番気にしていたのはそこなのかもしれない。
 俺に酷い事をしているとわかっていて、それでもやってしまう自分が怖かったんだ。
 俺を傷つけたくないだなんて……愛おしいやつ……。
 そう思ってしまうぐらい、俺は涼でいっぱいだ。

「涼……」

 ハラハラと流れる涙に口付けて、涼の胸ぐらを掴んでいた手を離して胸の中に顔を埋めた。

「俺は、何度だってお前を許すよ……だから……そばにいて……」
「──ハルッ!」

 涼に強く抱きしめられた。
 久しぶりの涼の体温を感じて、胸に何かが込み上げた。
 ずっと恋しかった。こんなにも温かい。

「本当は──ハルと離れてからずっと苦しかったんだ……! 二度と会わないつもりで家を出た! それなのに……僕は……毎日ハルの事しか考えていなかった……!」
「俺たち……同じだな……」
「ハルはバカだ! 僕の所に来るなんて……! ハルが逃げられる機会は、今しかなかった! もう離してあげられない!」
「いいんだよ……逃げる気なんかねぇから……」
「ハルッ──!」

 それ以上、涼からの言葉はなかった。
 痛いくらいに抱きしめられながら、そっと涼の背に腕を回して、涼の啜り泣く声を聞いた。
 二人ともしばらくそのままで、お互いの体温を感じていた。
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