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忘れられない
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それは、本当に何も前触れもなかった。
家族で年越しして、高校が始まって数日経った。
高校から家に帰って、ただいまと言っても返事はなかった。
涼も大学卒業間近で何かと忙しい時期らしく、帰りが遅かったりした。
だから、何も気にしていなかった。
母が帰ってきて、料理を作り始めて何気ない会話でそれを知った。
「今日、涼は遅いの?」
「あら? ハルったら、何を言っているの?」
「え?」
「涼君なら、今日引っ越したじゃない。涼君からハルに言うって言っていたけど、聞いてないの?」
「は……?」
意味がわからない。
「仲良かったものね。涼君も言い辛かったのね……」
苦笑いする母にうまく返せない。
「どこに行ったの……?」
「会社の近くのマンションよ。大学もそこから行くみたい。そこのメモに住所が書いてあるわ」
「そう……なの……?」
「今日から涼君がいないなんて寂しいわね」
今日から涼がいない?
呆然とするしかない。
俺は何も聞いていない。
昨日まで普通に俺と一緒にいた。
いつもより少し丁寧に俺に触れていただけだった。
まだ嘘なんじゃないかと思いながら、涼の部屋に行った。
涼の部屋はそのままだった。
その事を母に聞けば、部屋はそのままにして、いつ帰ってきてもいいようにしておくのだそうだ。
持っていく荷物もないのなら、言われなきゃ気付くはずはない。
母と二人で夕飯を食べて、風呂に入って自分の部屋で寝ようとした。
廊下に耳をすましても、本当に涼が帰ってくる気配はない。
無理矢理寝ようとしても、もやもやとしたものが胸に湧き上がってきて眠れなかった。
なんだ? この気持ち……。
俺は……解放されたんだろうか?
あれだけ執着していたのに、あっさりと手放したのか?
『ハル……』
俺を呼ぶな。
『ハル……愛してるよ』
嘘つき。
『ハルは僕のものだよ』
違う!
『ハル……思い出してね』
「ふざけんなよ……!」
耐えられなくてガバッと起きてしまった。
胸の奥がキリキリと痛い。
胸元にあるネックレスを服ごと掴んで、泣き出しそうな自分の顔を布団越しに膝に埋めた。
手放すなら、最初から俺の事を放っておいてくれれば良かったんだ!
あんな事をしておいて、何も言わずに俺の前から消えた。
涼が何を考えているのか全くわからない。
俺の事を無理矢理奪ったくせにあっさり手放した。
幼い頃から大好きで、どうしても嫌いになれなかった。
それどころか、許してしまう自分に何度戸惑ったか。
涼だったから一緒にいたんじゃないか……。
愛しているだって?
ふざけんなよ……。
だったら……どうして俺をこんな気持ちにさせるんだ。
俺の心が引き裂かれるような、こんな真似がよくできるじゃないか。
──涼のせいで苦しい……。
何で一言も……何も言わずに出て行ったんだ?
もう俺は必要ないのか?
文句を言ってやろうかとスマホに手を掛けて──やめた。
涼からの連絡はない。
それなのに、俺から連絡する必要があるのか?
もう涼から解放された。
俺の生活から涼がいなくなった。
そうだ──俺は、涼を知る前の自分に戻ればいいだけだ。
そう思って布団に潜った。
◆◇◆
けれど、俺は甘かった。
寝不足気味で朝起きて、そのまま寝返りを打った時、ベッドの上で俺に覆い被さる涼を思い出してしまった。
涼の優しく笑う笑顔が胸の奥をキュッと鳴らせて手で顔を覆った。
着替えている時に、自分の鎖骨に薄く残るキスマークを見て胸が潰れそうだった。
胸元にあるネックレスを何度も外そうとして──外せなかった。
廊下でもキッチンでもリビングでも、涼を思い出して、その度に痛む胸を押さえた。
高校へ行こうと靴を履く玄関ですら、背後から抱きつかれた記憶が蘇る。
この家で涼と触れ合っていない場所なんてもうなかった。
「ちくしょう……」
俺は、どうやら涼を忘れられないらしい。
当たり前なんだ。
忘れられないように、何度も何度も刻まれた。
涼が忘れさせてくれない。
俺を苦しくさせる事が──これが涼のやりたかった事か?
学校ですら、ずっと涼の事を考えて一日を過ごす。
机に腕を組んで伏せながら、昼休憩の騒がしいクラスの喧騒を聞いていた。
「春樹? ずっとそうしてないか? 具合悪いのか?」
「大丈夫……」
前の席から覗き込んできた久嗣に、気のない返事をしてしまう。
「何かあったのか?」
「いや……」
「言ってみろよ? 俺だって役に立つかもよ?」
あまりにも苦しくて、少し考えてから話してみた。
「……あのさ……忘れたいのに……忘れられない人がいるんだ……」
「なんだよ? 恋煩いか?」
面白そうに笑いながら言われた言葉に唖然とした。
「は……?」
「そうだろ? 忘れられないってのは、その人を恋い慕っているからじゃないのか?」
俺が……涼を恋い慕っている?
それは、胸の奥にストンッと落ちた。
「はは……なぁんだ……そっか……そうなんだな……」
そうだったんだ……。
やっぱり俺は、涼を愛していたんだ。
こんなにも胸が痛くなるほど涼を想っていた。
神様は、俺の願いを叶えてくれた。
はっきりと涼を愛しているんだとわからせてくれた。
それなのに、それを伝えたかった涼がいない……。
こんな風に願いを叶えて欲しいなんて思っていなかった……。
「春樹──⁉︎ お前……」
「ごめんっ……! すぐにっ……泣き止むからっ……!」
そのまま自分の腕に顔を埋めた。
久嗣に頭をポンっと叩かれた。
慰めるような優しい手つきに余計に涙が出た。
ザワザワと騒がしいクラスの中で、久嗣だけが泣いている事に気付いていて、黙って隣にいてくれた。
家族で年越しして、高校が始まって数日経った。
高校から家に帰って、ただいまと言っても返事はなかった。
涼も大学卒業間近で何かと忙しい時期らしく、帰りが遅かったりした。
だから、何も気にしていなかった。
母が帰ってきて、料理を作り始めて何気ない会話でそれを知った。
「今日、涼は遅いの?」
「あら? ハルったら、何を言っているの?」
「え?」
「涼君なら、今日引っ越したじゃない。涼君からハルに言うって言っていたけど、聞いてないの?」
「は……?」
意味がわからない。
「仲良かったものね。涼君も言い辛かったのね……」
苦笑いする母にうまく返せない。
「どこに行ったの……?」
「会社の近くのマンションよ。大学もそこから行くみたい。そこのメモに住所が書いてあるわ」
「そう……なの……?」
「今日から涼君がいないなんて寂しいわね」
今日から涼がいない?
呆然とするしかない。
俺は何も聞いていない。
昨日まで普通に俺と一緒にいた。
いつもより少し丁寧に俺に触れていただけだった。
まだ嘘なんじゃないかと思いながら、涼の部屋に行った。
涼の部屋はそのままだった。
その事を母に聞けば、部屋はそのままにして、いつ帰ってきてもいいようにしておくのだそうだ。
持っていく荷物もないのなら、言われなきゃ気付くはずはない。
母と二人で夕飯を食べて、風呂に入って自分の部屋で寝ようとした。
廊下に耳をすましても、本当に涼が帰ってくる気配はない。
無理矢理寝ようとしても、もやもやとしたものが胸に湧き上がってきて眠れなかった。
なんだ? この気持ち……。
俺は……解放されたんだろうか?
あれだけ執着していたのに、あっさりと手放したのか?
『ハル……』
俺を呼ぶな。
『ハル……愛してるよ』
嘘つき。
『ハルは僕のものだよ』
違う!
『ハル……思い出してね』
「ふざけんなよ……!」
耐えられなくてガバッと起きてしまった。
胸の奥がキリキリと痛い。
胸元にあるネックレスを服ごと掴んで、泣き出しそうな自分の顔を布団越しに膝に埋めた。
手放すなら、最初から俺の事を放っておいてくれれば良かったんだ!
あんな事をしておいて、何も言わずに俺の前から消えた。
涼が何を考えているのか全くわからない。
俺の事を無理矢理奪ったくせにあっさり手放した。
幼い頃から大好きで、どうしても嫌いになれなかった。
それどころか、許してしまう自分に何度戸惑ったか。
涼だったから一緒にいたんじゃないか……。
愛しているだって?
ふざけんなよ……。
だったら……どうして俺をこんな気持ちにさせるんだ。
俺の心が引き裂かれるような、こんな真似がよくできるじゃないか。
──涼のせいで苦しい……。
何で一言も……何も言わずに出て行ったんだ?
もう俺は必要ないのか?
文句を言ってやろうかとスマホに手を掛けて──やめた。
涼からの連絡はない。
それなのに、俺から連絡する必要があるのか?
もう涼から解放された。
俺の生活から涼がいなくなった。
そうだ──俺は、涼を知る前の自分に戻ればいいだけだ。
そう思って布団に潜った。
◆◇◆
けれど、俺は甘かった。
寝不足気味で朝起きて、そのまま寝返りを打った時、ベッドの上で俺に覆い被さる涼を思い出してしまった。
涼の優しく笑う笑顔が胸の奥をキュッと鳴らせて手で顔を覆った。
着替えている時に、自分の鎖骨に薄く残るキスマークを見て胸が潰れそうだった。
胸元にあるネックレスを何度も外そうとして──外せなかった。
廊下でもキッチンでもリビングでも、涼を思い出して、その度に痛む胸を押さえた。
高校へ行こうと靴を履く玄関ですら、背後から抱きつかれた記憶が蘇る。
この家で涼と触れ合っていない場所なんてもうなかった。
「ちくしょう……」
俺は、どうやら涼を忘れられないらしい。
当たり前なんだ。
忘れられないように、何度も何度も刻まれた。
涼が忘れさせてくれない。
俺を苦しくさせる事が──これが涼のやりたかった事か?
学校ですら、ずっと涼の事を考えて一日を過ごす。
机に腕を組んで伏せながら、昼休憩の騒がしいクラスの喧騒を聞いていた。
「春樹? ずっとそうしてないか? 具合悪いのか?」
「大丈夫……」
前の席から覗き込んできた久嗣に、気のない返事をしてしまう。
「何かあったのか?」
「いや……」
「言ってみろよ? 俺だって役に立つかもよ?」
あまりにも苦しくて、少し考えてから話してみた。
「……あのさ……忘れたいのに……忘れられない人がいるんだ……」
「なんだよ? 恋煩いか?」
面白そうに笑いながら言われた言葉に唖然とした。
「は……?」
「そうだろ? 忘れられないってのは、その人を恋い慕っているからじゃないのか?」
俺が……涼を恋い慕っている?
それは、胸の奥にストンッと落ちた。
「はは……なぁんだ……そっか……そうなんだな……」
そうだったんだ……。
やっぱり俺は、涼を愛していたんだ。
こんなにも胸が痛くなるほど涼を想っていた。
神様は、俺の願いを叶えてくれた。
はっきりと涼を愛しているんだとわからせてくれた。
それなのに、それを伝えたかった涼がいない……。
こんな風に願いを叶えて欲しいなんて思っていなかった……。
「春樹──⁉︎ お前……」
「ごめんっ……! すぐにっ……泣き止むからっ……!」
そのまま自分の腕に顔を埋めた。
久嗣に頭をポンっと叩かれた。
慰めるような優しい手つきに余計に涙が出た。
ザワザワと騒がしいクラスの中で、久嗣だけが泣いている事に気付いていて、黙って隣にいてくれた。
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