10 / 25
ハルへの気持ち side雅哉 *
しおりを挟む
俺の家は、そこそこいいマンションで、両親は海外に行っていてほとんど帰ってくる事はない。
小学生までは、お手伝いさんが来て面倒を見てくれた。
やっぱり寂しかったし、母親のいない家に帰るのが嫌だった。
よく公園で時間を潰して遊んでいた。
そこには、俺と同じように公園で時間を潰すハルがいた。
いつも公園で最後に残る二人だった。
話を聞けば、母親しかいなくて、帰りは遅いらしい。
それでも、ハルの母親は夕暮れ時になると、必ずハルを迎えに来た。
いつもと同じように先に帰る友達を見送るつもりだった。
けれど、その日は違った。
『母さん、雅哉くんお家に帰りたくないんだって。一緒にいたらだめ?』
『いいわよ。雅哉君、うちにくる?』
断る理由なんてなくて、ハルの家に行った。
自分の家とは違う狭いアパートは、築年数も古く、家賃も安いらしい。
それでも自分の家より温かかった。
ハルのおかげで自分の空いていた胸が埋まるような気がした。
『また来てもいい?』
『もちろん』
ハルのひまわりのような笑顔が大好きになった。
それから毎日のようにハルの家に遊びに行った。
家にいるよりもハルの家にいる方が多かった。
その生活に変化があったのは、小学三年の冬だった。
下校途中で、寒さで鼻の頭を真っ赤にしながらハルは言った。
『引っ越しするんだ』
『は⁉︎ いなくなるの⁉︎』
ハルがいなくなってしまう。
あの居心地のいい空間がなくなってしまう。
これほどショックな事はなくて、ハルに詰め寄ったのを覚えている。
俺はこの時、ハルの大切さに気がついた。
ハルがいなきゃダメだ。行かないで欲しい。そう言ってしまいそうだった。
ハルは、必死に縋りそうな俺に笑った。
『ははっ! 違う違う。母さんが再婚して家が変わるだけ。学校とかは変わらないよ』
それにどんなにホッとしたか。
ハルの家は、狭いアパートから一般的な一軒家になった。
それでも俺は、ハルの家に行った。
そこで紹介されたハルの義理の兄は涼と言った。
当時の涼さんは中学生で、俺たちと比べたらとても大人っぽく見えた。
ハルは、涼さんに懐いていて、とても嬉しそうに笑顔を向けていた。
夕飯を作る涼さんを嬉しそうに見るハルと、そのハルを見て嬉しそうな涼さんを見ていて、胸がモヤモヤとしていた。
ハルを取られてしまったような気がしていた。
二人の仲の良い光景が見たくなくて、俺はハルの家にあまり行かなくなった。
誰もいない自分の家でふと思い出すのは、やっぱりハルの事ばかりだった。
中学になって、同級生達だけで、夏祭りに行こうと計画された。
もちろん俺達は一緒に行った。
浮かれた気持ちでいたけれど、その年は予想以上に人がいたように思える。
人混みに流されそうになる俺の手を掴んだのはハルだった。
まだ少年だったハルの柔らかい手。
胸の奥から何かが込み上げて、泣きたくなるような縋りつきたくなるような気持ちでハルの手を握った。
『はぐれるなよ』
『あ……ああ』
ハルの手はすぐに離れてしまったけれど、いつまでもその感触が残っているようで、自分の手をギュッと握った。
その日の夜、俺はあのハルの手で扱かれる自分を想像して初めて射精した。
まさか自分が、親友だと思っていた男を想像して抜く日が来るとは思いもしなかった。
そのうちに取っ組み合いなんて遊びをするようになって、ハルをわざと押し倒しては、自分がハルを組み敷く光景を想像してハルで抜いた。
中二の時に、当時家庭教師だった大学生に女を教えられた。
俺は女がダメなのかと思っていたから、試すのにちょうどよかった。
女に触れば柔らかくて、触られれば勃ったし、挿入すれれば気持ちがよかった。
俺は、女でもイケるようだ。
その後も何人か女を抱いた。
けれど、いつも想像するのは、自分の下に組み敷いたハルだった。
想像して興奮する自分が浅ましいのにやめられなかった。
だからって、他の男に興味を持った事なんて一度もない。
俺は、女とか男とかじゃなくて、ハルが好きだったのだと行き着いた。
それがわかると、いつか俺はハルを襲ってしまいそうで、ハルと距離を置いた。
ハルに幻滅される事が何よりも怖かった。
両親からは、高校は名門校へ行くように勧められていてそこに決めた。
幸い家庭教師もいたし、自分で勉強しなくても成績はよかった。
ハルから逃げられればどこでもよかった。
それなのに、高校生になってハルと全く会わない日が続けば恋しくなった。
会いたくて会いたくて、とうとう連絡してしまった。
『雅哉? 久しぶりだな!』
久しぶりに聞くハルの声に感極まって泣いてしまったのは俺だけの秘密だ。
やっぱり俺にはハルが必要なんだと実感して、また連絡を取るようになる。
ハルはいつも暖かく俺を迎え入れた。
ずっとハルのそばにいたい……そう思うようになって、離れたくなくなった。
高二の夏、それは突然やってくる。
『俺さ、彼女ができたんだ』
嬉しそうに報告してきたハルに胸の奥を抉られた。
『そう……なんだ。……やったじゃん!』
ハルは、俺とは違う。ハルを諦めて祝福する事でずっと隣にいられると思っていた。
『ありがとな。雅哉はそういう話ないのか?』
『あるわけねぇじゃん……』
お前が好きなんだから……。
ハルに女経験がある事を言ったことはない。
言う事で、遊んでいると幻滅される事はあっても、嫉妬されるなんて事はないからだ。
あっさりと俺と誰かが付き合う事を認めてしまうハルに笑ってしまった。
俺がこんなにも苦しんでいるのに、ハルは簡単に俺を暗闇に突き落とした。
去年まで一緒に行ってた夏祭りを、ハルは今年は彼女と行くのかと思うと辛かった。
それでも確かめたくて、ハルの家に行った。
『そういえば、今日は夏祭りだろ?』
不自然じゃないだろうか?
そう思いながら切り出した話の終着点は、予想外だった。
『あー……この前別れた』
思わず喜んでしまいそうな自分を抑え込んだ。
去年と同じように、一緒に行こうという提案はすぐにOKしてもらえて浮かれていた。
それに腹を立てたハルと取っ組み合いになる。
高校生になってまでも、こんなじゃれ合うような事をするハルが可愛かった。
けれど、気付いてしまう。
ハルの鎖骨にあったキスマークに──。
その痕を撫でれば、ハルはビクリと震えた。
ハルの様子がおかしい。真っ赤になって恥ずかしがっているようで……。
こんな顔……見た事ない。
それは、想像の中のハルで、想像よりも何倍も扇情的だった。
まさか──ハルが既に誰かと寝た?
俺は、わかったふりをしてわかっていなかった。
誰かのものになってしまったハルを受け入れられなかった。
相手の女が羨ましい。
キスマークを付けるだなんて、どんな独占欲の強い女なんだろうか?
浴衣姿のハルは、かっこいいと言うより色っぽかった。
袖口からチラリと見える細身の腕にゴクリと喉を鳴らした。
ハルがこんな風に見えるのは、やっぱり知らない女のせいなのか?
それでもハルの一番の親友は俺だ。
ハルとの夏祭りを楽しまない他はない。
毎年一緒に歩く神社までの道は、夕焼けと提灯のあかりでオレンジ色に染まっていて、隣を歩くハルの横顔が照らされて美しかった。
いつまで経っても俺の中のハルは特別なんだと思わされた瞬間だ。
ハルは、俺から差し出したものは何でもパクリと食べる。
可愛くて食べ物を分け与えてばかりだ。
俺の差し出したかき氷もパクリと食べた。
喜ぶハルに頰が緩む。
その楽しい時間をぶち壊したのは、涼さんだった。
涼さんに本当に会うとは思っていなかった。
涼さんには悪いけれど、大学生の集団なんて早くどこかに行って欲しかった。
それなのに『弟と一緒に帰るよ』と言う涼さんに苛立つ。
結局、みんなで見て回る事になってしまった。
同級生は女子大生に喜んでいるし、俺だけだったハルの隣に涼さんが並んで歩く。
ハルと涼さんが楽しそうに笑うのが面白くなかった。
まただ──小学生の時のように、また涼さんに取られた気分だ。
それでもハルは呼べば俺の所にやってきた。
嬉しそうにたこ焼きを頬張ったけれど、熱々のたこ焼きを頬張るなんて火傷しないか心配だった。
そして、ハルを置いて飲み物を買いに行ったのは間違いだった。
戻ってみれば、ハルがいない。
同級生を捕まえて聞いてみれば、知らないという。
連絡しようとスマホを見れば【先に帰る。雅哉は楽しんでこい】というメッセージ。
ハルがいないのに、どう楽しめばいいと言うのか。
考え込んでいれば、腕を絡めてくる女子大生にうんざりする。
『君、かっこいいね』
俺は、この誘うような視線を知っている。
目の前にいる綺麗な女子大生よりも、ハルがいいだなんて俺も大概だと思って自嘲する。
もうすぐ花火が上がる。
俺は、同級生に先に帰ると言って、ハルの元へ向かった。
中一の時から、夜空に咲く大輪の花火を見上げるハルを、横目で盗み見るのが好きだった。
どうしても、ハルと一緒に花火が見たかった。
どうにか花火が始まる時間の前にハルの家に着いたけれど、明かりがついていない。
先に帰ると言ったはずなのに、家にいないんだろうか?
そう思いながら、玄関に手をかければ、鍵は開いていた。
そっと開けて中を確かめれば、話し声がするようだった。
『ハル?』
名前を呼んだけれど、返事はない。
耳をすまして、話し声に誘われるように階段を登った。
『真っ赤だね』
涼さん?
涼さんも一緒だったのか……。
『嘘だ。暗いからわからないはず』
『本当だよ。可愛い』
訳のわからない緊張感が胸の奥から迫り上がってくる。
涼さんの部屋のドアは、ほんの少し開いているようで、そこから声がしているようだ。
『んっ……はっ……』
ドアに手を掛けようとして、聞こえたハルの吐息にピタリと動きが止まる。
胸がドクンッと鳴った。
ドアを開けようとしていた手が震えた。
部屋の中からチュッと音がした。
そっと中を覗けば、涼さんはハルの頰に手をやって、ハルにキスをしていた。
ハルも涼さんの手の甲にそっと手を乗せて、それに応えているようだった。
目の前の光景に驚愕すると同時に、ハルの目を閉じてキスする横顔に見惚れてしまった。
『花火……始まった』
『そうだね』
花火が始まっても、二人とも俺に気付かないでキスに夢中だった。
涼さんがハルを抱きしめる。
ズキンッと鳴った胸が痛い。
『勃ってんじゃん』
『僕は、こうやってハルに触れるだけで勃つんだよ。ほら』
『涼って……変態だな』
そう言いながら、照れているハルが可愛かった。
胸はズキズキと痛むのに、二人から目が離せなかった。
『ふふっ。ハル限定のね。そういうハルだって勃ってるくせに』
──俺は、涼さんに嫉妬した。
ハルは、男の涼さんで勃つのか?
それなら俺でもいいんじゃないのか?
そんな淡く期待する心が、ハルの少し興奮している姿に欲情する。
ムクムクと自分の欲望が湧き上がってきて、自分のモノが勃ち上がってしまう。
俺もハルにキスがしたい。何度も想像したあの顔を間近で見たかった。
『んっ……やめろ……浴衣が皺になる……』
『そうだね……今はキスだけで我慢するよ。だから、夜しようね?』
『やだって言ってもするんだろ?』
『ふふっ。わかってきたね』
この会話と浴衣の合わせに手を入れる涼さんに、あのキスマークの相手が涼さんだったのだと思い至る。
何度も繰り返されるキスの合間に、角度が変わる。
深く口付けようと顔を傾けた涼さんと目が合った。
驚くような瞳をしたのは一瞬で、俺に向かって目を細めて笑った。
ハルの顔を見せたくないと言うかのように位置をずらされた。
『ハル……』
名前を呼んで見せつけるようにキスをする。
わざと俺を煽るようにチュッ、チュッと何度も音を立てる。
『……ハルは……誰のもの?』
『ん……りょぅ……』
『ハル……可愛いよ。その顔……誰にも見せたくないなぁ』
『涼以外に誰が見るんだよ……』
『ふふっ……そうだね……ほら、もっと僕のこと抱き締めて……』
ハルは、涼さんの背に腕を回した。
『……もっと強く……そう……いい子だね。いっぱいキスしてあげる……他の誰でもない……僕がね……』
涼さんの優越感に浸る顔を見て、悔しくなった。
涼さんは、ハルを腕の中に抱きこんで、自分のものだと主張して俺を見て笑っていた。
俺は、たまらなくなって二人から逃げ出した。
家へ帰りながら、ぐちゃぐちゃの感情を整理しようとする。
『友達でいたい』『友達でいたくない』『このままでいい』『このままでいたくない』『ハルを汚したい』『ハルを傷付けたくない』『離れたい』『離れたくない』
全部俺の中にある感情だ。矛盾した心は表裏一体でどちらにも転ぶ。
俺は、いつも天秤の上にいた。
どちらに傾くかわからない天秤は、不安定にグラグラと揺れていた。
そして、とうとうハルとの関係を壊す事に傾いた。
俺を侮っていた涼さんを、絶対後悔させてやる。
小学生までは、お手伝いさんが来て面倒を見てくれた。
やっぱり寂しかったし、母親のいない家に帰るのが嫌だった。
よく公園で時間を潰して遊んでいた。
そこには、俺と同じように公園で時間を潰すハルがいた。
いつも公園で最後に残る二人だった。
話を聞けば、母親しかいなくて、帰りは遅いらしい。
それでも、ハルの母親は夕暮れ時になると、必ずハルを迎えに来た。
いつもと同じように先に帰る友達を見送るつもりだった。
けれど、その日は違った。
『母さん、雅哉くんお家に帰りたくないんだって。一緒にいたらだめ?』
『いいわよ。雅哉君、うちにくる?』
断る理由なんてなくて、ハルの家に行った。
自分の家とは違う狭いアパートは、築年数も古く、家賃も安いらしい。
それでも自分の家より温かかった。
ハルのおかげで自分の空いていた胸が埋まるような気がした。
『また来てもいい?』
『もちろん』
ハルのひまわりのような笑顔が大好きになった。
それから毎日のようにハルの家に遊びに行った。
家にいるよりもハルの家にいる方が多かった。
その生活に変化があったのは、小学三年の冬だった。
下校途中で、寒さで鼻の頭を真っ赤にしながらハルは言った。
『引っ越しするんだ』
『は⁉︎ いなくなるの⁉︎』
ハルがいなくなってしまう。
あの居心地のいい空間がなくなってしまう。
これほどショックな事はなくて、ハルに詰め寄ったのを覚えている。
俺はこの時、ハルの大切さに気がついた。
ハルがいなきゃダメだ。行かないで欲しい。そう言ってしまいそうだった。
ハルは、必死に縋りそうな俺に笑った。
『ははっ! 違う違う。母さんが再婚して家が変わるだけ。学校とかは変わらないよ』
それにどんなにホッとしたか。
ハルの家は、狭いアパートから一般的な一軒家になった。
それでも俺は、ハルの家に行った。
そこで紹介されたハルの義理の兄は涼と言った。
当時の涼さんは中学生で、俺たちと比べたらとても大人っぽく見えた。
ハルは、涼さんに懐いていて、とても嬉しそうに笑顔を向けていた。
夕飯を作る涼さんを嬉しそうに見るハルと、そのハルを見て嬉しそうな涼さんを見ていて、胸がモヤモヤとしていた。
ハルを取られてしまったような気がしていた。
二人の仲の良い光景が見たくなくて、俺はハルの家にあまり行かなくなった。
誰もいない自分の家でふと思い出すのは、やっぱりハルの事ばかりだった。
中学になって、同級生達だけで、夏祭りに行こうと計画された。
もちろん俺達は一緒に行った。
浮かれた気持ちでいたけれど、その年は予想以上に人がいたように思える。
人混みに流されそうになる俺の手を掴んだのはハルだった。
まだ少年だったハルの柔らかい手。
胸の奥から何かが込み上げて、泣きたくなるような縋りつきたくなるような気持ちでハルの手を握った。
『はぐれるなよ』
『あ……ああ』
ハルの手はすぐに離れてしまったけれど、いつまでもその感触が残っているようで、自分の手をギュッと握った。
その日の夜、俺はあのハルの手で扱かれる自分を想像して初めて射精した。
まさか自分が、親友だと思っていた男を想像して抜く日が来るとは思いもしなかった。
そのうちに取っ組み合いなんて遊びをするようになって、ハルをわざと押し倒しては、自分がハルを組み敷く光景を想像してハルで抜いた。
中二の時に、当時家庭教師だった大学生に女を教えられた。
俺は女がダメなのかと思っていたから、試すのにちょうどよかった。
女に触れば柔らかくて、触られれば勃ったし、挿入すれれば気持ちがよかった。
俺は、女でもイケるようだ。
その後も何人か女を抱いた。
けれど、いつも想像するのは、自分の下に組み敷いたハルだった。
想像して興奮する自分が浅ましいのにやめられなかった。
だからって、他の男に興味を持った事なんて一度もない。
俺は、女とか男とかじゃなくて、ハルが好きだったのだと行き着いた。
それがわかると、いつか俺はハルを襲ってしまいそうで、ハルと距離を置いた。
ハルに幻滅される事が何よりも怖かった。
両親からは、高校は名門校へ行くように勧められていてそこに決めた。
幸い家庭教師もいたし、自分で勉強しなくても成績はよかった。
ハルから逃げられればどこでもよかった。
それなのに、高校生になってハルと全く会わない日が続けば恋しくなった。
会いたくて会いたくて、とうとう連絡してしまった。
『雅哉? 久しぶりだな!』
久しぶりに聞くハルの声に感極まって泣いてしまったのは俺だけの秘密だ。
やっぱり俺にはハルが必要なんだと実感して、また連絡を取るようになる。
ハルはいつも暖かく俺を迎え入れた。
ずっとハルのそばにいたい……そう思うようになって、離れたくなくなった。
高二の夏、それは突然やってくる。
『俺さ、彼女ができたんだ』
嬉しそうに報告してきたハルに胸の奥を抉られた。
『そう……なんだ。……やったじゃん!』
ハルは、俺とは違う。ハルを諦めて祝福する事でずっと隣にいられると思っていた。
『ありがとな。雅哉はそういう話ないのか?』
『あるわけねぇじゃん……』
お前が好きなんだから……。
ハルに女経験がある事を言ったことはない。
言う事で、遊んでいると幻滅される事はあっても、嫉妬されるなんて事はないからだ。
あっさりと俺と誰かが付き合う事を認めてしまうハルに笑ってしまった。
俺がこんなにも苦しんでいるのに、ハルは簡単に俺を暗闇に突き落とした。
去年まで一緒に行ってた夏祭りを、ハルは今年は彼女と行くのかと思うと辛かった。
それでも確かめたくて、ハルの家に行った。
『そういえば、今日は夏祭りだろ?』
不自然じゃないだろうか?
そう思いながら切り出した話の終着点は、予想外だった。
『あー……この前別れた』
思わず喜んでしまいそうな自分を抑え込んだ。
去年と同じように、一緒に行こうという提案はすぐにOKしてもらえて浮かれていた。
それに腹を立てたハルと取っ組み合いになる。
高校生になってまでも、こんなじゃれ合うような事をするハルが可愛かった。
けれど、気付いてしまう。
ハルの鎖骨にあったキスマークに──。
その痕を撫でれば、ハルはビクリと震えた。
ハルの様子がおかしい。真っ赤になって恥ずかしがっているようで……。
こんな顔……見た事ない。
それは、想像の中のハルで、想像よりも何倍も扇情的だった。
まさか──ハルが既に誰かと寝た?
俺は、わかったふりをしてわかっていなかった。
誰かのものになってしまったハルを受け入れられなかった。
相手の女が羨ましい。
キスマークを付けるだなんて、どんな独占欲の強い女なんだろうか?
浴衣姿のハルは、かっこいいと言うより色っぽかった。
袖口からチラリと見える細身の腕にゴクリと喉を鳴らした。
ハルがこんな風に見えるのは、やっぱり知らない女のせいなのか?
それでもハルの一番の親友は俺だ。
ハルとの夏祭りを楽しまない他はない。
毎年一緒に歩く神社までの道は、夕焼けと提灯のあかりでオレンジ色に染まっていて、隣を歩くハルの横顔が照らされて美しかった。
いつまで経っても俺の中のハルは特別なんだと思わされた瞬間だ。
ハルは、俺から差し出したものは何でもパクリと食べる。
可愛くて食べ物を分け与えてばかりだ。
俺の差し出したかき氷もパクリと食べた。
喜ぶハルに頰が緩む。
その楽しい時間をぶち壊したのは、涼さんだった。
涼さんに本当に会うとは思っていなかった。
涼さんには悪いけれど、大学生の集団なんて早くどこかに行って欲しかった。
それなのに『弟と一緒に帰るよ』と言う涼さんに苛立つ。
結局、みんなで見て回る事になってしまった。
同級生は女子大生に喜んでいるし、俺だけだったハルの隣に涼さんが並んで歩く。
ハルと涼さんが楽しそうに笑うのが面白くなかった。
まただ──小学生の時のように、また涼さんに取られた気分だ。
それでもハルは呼べば俺の所にやってきた。
嬉しそうにたこ焼きを頬張ったけれど、熱々のたこ焼きを頬張るなんて火傷しないか心配だった。
そして、ハルを置いて飲み物を買いに行ったのは間違いだった。
戻ってみれば、ハルがいない。
同級生を捕まえて聞いてみれば、知らないという。
連絡しようとスマホを見れば【先に帰る。雅哉は楽しんでこい】というメッセージ。
ハルがいないのに、どう楽しめばいいと言うのか。
考え込んでいれば、腕を絡めてくる女子大生にうんざりする。
『君、かっこいいね』
俺は、この誘うような視線を知っている。
目の前にいる綺麗な女子大生よりも、ハルがいいだなんて俺も大概だと思って自嘲する。
もうすぐ花火が上がる。
俺は、同級生に先に帰ると言って、ハルの元へ向かった。
中一の時から、夜空に咲く大輪の花火を見上げるハルを、横目で盗み見るのが好きだった。
どうしても、ハルと一緒に花火が見たかった。
どうにか花火が始まる時間の前にハルの家に着いたけれど、明かりがついていない。
先に帰ると言ったはずなのに、家にいないんだろうか?
そう思いながら、玄関に手をかければ、鍵は開いていた。
そっと開けて中を確かめれば、話し声がするようだった。
『ハル?』
名前を呼んだけれど、返事はない。
耳をすまして、話し声に誘われるように階段を登った。
『真っ赤だね』
涼さん?
涼さんも一緒だったのか……。
『嘘だ。暗いからわからないはず』
『本当だよ。可愛い』
訳のわからない緊張感が胸の奥から迫り上がってくる。
涼さんの部屋のドアは、ほんの少し開いているようで、そこから声がしているようだ。
『んっ……はっ……』
ドアに手を掛けようとして、聞こえたハルの吐息にピタリと動きが止まる。
胸がドクンッと鳴った。
ドアを開けようとしていた手が震えた。
部屋の中からチュッと音がした。
そっと中を覗けば、涼さんはハルの頰に手をやって、ハルにキスをしていた。
ハルも涼さんの手の甲にそっと手を乗せて、それに応えているようだった。
目の前の光景に驚愕すると同時に、ハルの目を閉じてキスする横顔に見惚れてしまった。
『花火……始まった』
『そうだね』
花火が始まっても、二人とも俺に気付かないでキスに夢中だった。
涼さんがハルを抱きしめる。
ズキンッと鳴った胸が痛い。
『勃ってんじゃん』
『僕は、こうやってハルに触れるだけで勃つんだよ。ほら』
『涼って……変態だな』
そう言いながら、照れているハルが可愛かった。
胸はズキズキと痛むのに、二人から目が離せなかった。
『ふふっ。ハル限定のね。そういうハルだって勃ってるくせに』
──俺は、涼さんに嫉妬した。
ハルは、男の涼さんで勃つのか?
それなら俺でもいいんじゃないのか?
そんな淡く期待する心が、ハルの少し興奮している姿に欲情する。
ムクムクと自分の欲望が湧き上がってきて、自分のモノが勃ち上がってしまう。
俺もハルにキスがしたい。何度も想像したあの顔を間近で見たかった。
『んっ……やめろ……浴衣が皺になる……』
『そうだね……今はキスだけで我慢するよ。だから、夜しようね?』
『やだって言ってもするんだろ?』
『ふふっ。わかってきたね』
この会話と浴衣の合わせに手を入れる涼さんに、あのキスマークの相手が涼さんだったのだと思い至る。
何度も繰り返されるキスの合間に、角度が変わる。
深く口付けようと顔を傾けた涼さんと目が合った。
驚くような瞳をしたのは一瞬で、俺に向かって目を細めて笑った。
ハルの顔を見せたくないと言うかのように位置をずらされた。
『ハル……』
名前を呼んで見せつけるようにキスをする。
わざと俺を煽るようにチュッ、チュッと何度も音を立てる。
『……ハルは……誰のもの?』
『ん……りょぅ……』
『ハル……可愛いよ。その顔……誰にも見せたくないなぁ』
『涼以外に誰が見るんだよ……』
『ふふっ……そうだね……ほら、もっと僕のこと抱き締めて……』
ハルは、涼さんの背に腕を回した。
『……もっと強く……そう……いい子だね。いっぱいキスしてあげる……他の誰でもない……僕がね……』
涼さんの優越感に浸る顔を見て、悔しくなった。
涼さんは、ハルを腕の中に抱きこんで、自分のものだと主張して俺を見て笑っていた。
俺は、たまらなくなって二人から逃げ出した。
家へ帰りながら、ぐちゃぐちゃの感情を整理しようとする。
『友達でいたい』『友達でいたくない』『このままでいい』『このままでいたくない』『ハルを汚したい』『ハルを傷付けたくない』『離れたい』『離れたくない』
全部俺の中にある感情だ。矛盾した心は表裏一体でどちらにも転ぶ。
俺は、いつも天秤の上にいた。
どちらに傾くかわからない天秤は、不安定にグラグラと揺れていた。
そして、とうとうハルとの関係を壊す事に傾いた。
俺を侮っていた涼さんを、絶対後悔させてやる。
24
お気に入りに追加
1,492
あなたにおすすめの小説

ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。


なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない
迷路を跳ぶ狐
BL
自己中な無表情と言われて、恋人と別れたクレッジは冒険者としてぼんやりした毎日を送っていた。
恋愛なんて辛いこと、もうしたくなかった。大体のことはなんでも諦めてのんびりした毎日を送っていたのに、また好きな人ができてしまう。
しかし、告白しようと思っていた大事な日に、知り合いの貴族から、その人が男娼になることを聞いたクレッジは、そんなの黙って見ていられないと止めに急ぐが、好きな人はなんだか様子がおかしくて……。

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。


隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する
知世
BL
大輝は悩んでいた。
完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。
自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは?
自分は聖の邪魔なのでは?
ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。
幼なじみ離れをしよう、と。
一方で、聖もまた、悩んでいた。
彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。
自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。
心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。
大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。
だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。
それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。
小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました)
受けと攻め、交互に視点が変わります。
受けは現在、攻めは過去から現在の話です。
拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
宜しくお願い致します。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる