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遠距離編
行かないで
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薫さんは、強引に迫る事はなかった。
「千宙……映画行かない?」
「友達に戻るまでは行きません」
不満顔を笑顔で受け流す。
「どうしたら俺を好きになる?」
「なりません。俺は創志が好きなんです」
口説かれる事が増えただけで、それほど変わらない日々を送っていた。
冷たくあしらっても、薫さんはなぜだかいつも嬉しそうだった。
そんなある日、朝起きたら薫さんが起きてこない。
「薫さん?」
コンコンとドアをノックしても、返事はない。
「開けますね?」
少し心配になってドアを開けたら、まだ布団の中だった。
布団を覗き込めば、顔を赤くした薫さんに心配になる。
「ちそらぁ……? ごめん……起きれなくてぇ……」
「具合悪いんですね?」
体温計を持ってきて熱を測れば、三十七度代だった。
これから熱も上がるかもしれない。
マネージャーの羽山さんに連絡すれば、急ぎの仕事はなくて休みにしてもらえるとの事だった。
「薫さん、今日はお休みしていいそうです」
「さんきゅ……」
弱々しい薫さんなんて初めてだ。
「病院行きましょう」
「撮影で水浸しになったから……ただの風邪だよ……。病院なんて……行かなくて平気……」
薫さんは動こうとしなかった。
「本当に?」
「本当……風邪薬と水持ってきて……」
「わかりました」
その前に何か食べた方がいいと思ってお粥を作る。
それを持ってすぐに薫さんの部屋に戻る。
「お粥作ったんで、食べてから薬飲んで下さい」
「悪いな……」
のっそりと起き上がる薫さんの背を支えて上半身を起こす。
トレーごとお粥を渡せば、薫さんは俺の作ったお粥をゆっくり口に運ぶ。
「優しい味がする……」
「次は梅がゆにしますよ」
「ありがと……千宙のおかげですぐに治りそうだ……」
体が怠いのに薫さんは笑う。
お粥を食べて薬を飲んですぐに横になった。
邪魔をしないように部屋を出て行こうとしたら、服の裾を掴まれた。
「行くのか……?」
「食器を片付けないと」
「行かないで……」
片付けるのを後にして、そっと薫さんの隣にしゃがみ込む。
布団から手を出してくる。
今は賭けの事は忘れよう──。
そっと手を握ってあげれば体温が高い。
「薫さんが寝るまでいてあげますよ」
体調を崩していると気弱になるものだ。
熱のせいで潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
「……ここにいて──……」
それは……どういう意味で言っているんだろうか……。
薫さんの事を考えると、少し胸が痛い。
「はい。いますよ……」
今だけなら……。
安心したのか、しばらくしてすぅすぅと寝息が聞こえて来れば、そっと手を離して片付けをした。
◆◇◆
薫さんの熱が下がったのは夜だった。
本当に一日寝て回復した……。
「悪かったな……」
布団に肩まで潜りながら、謝ってくる。
「気にしないで下さい」
額に手を当てたら目を細める。
「お前……体温低いんだな……気持ちいい……」
俺の手に擦り寄ってくる薫さんが少し可愛かった。
熱が下がって良かった。
「千宙……俺、お前にずっとここにいて欲しいよ……」
俺を好きだという事は、もうよくわかっている。
その気持ちに応えてあげられないことも──。
「薫さん、俺は創志の側に行きたい。俺の一番は創志なんだ。薫さんが辛いなら、今からでもここを出て行くよ」
「辛くない。俺はこんなにも好きになれる人ができた事が嬉しいんだ」
何度あしらっても嬉しそうにしていた理由はそれだろうか。
「……卒業までもう少しだろ? 少しでも時間はある。そんな寂しい事を言うなよ」
ヘラッと笑う顔は、俺の胸をギュッと締め付ける。これは、罪悪感なんだろう。
決して嫌いなわけじゃない。むしろ幸せになって欲しい人だ……。
「卒業まで、とことん振ってあげます」
「ははっ。容赦ないな……」
「今は、ゆっくり寝て下さいね……」
「ああ……」
薫さんの部屋を出て、ため息をつく。
俺にできる事は、断り続ける事だけだった。
「千宙……映画行かない?」
「友達に戻るまでは行きません」
不満顔を笑顔で受け流す。
「どうしたら俺を好きになる?」
「なりません。俺は創志が好きなんです」
口説かれる事が増えただけで、それほど変わらない日々を送っていた。
冷たくあしらっても、薫さんはなぜだかいつも嬉しそうだった。
そんなある日、朝起きたら薫さんが起きてこない。
「薫さん?」
コンコンとドアをノックしても、返事はない。
「開けますね?」
少し心配になってドアを開けたら、まだ布団の中だった。
布団を覗き込めば、顔を赤くした薫さんに心配になる。
「ちそらぁ……? ごめん……起きれなくてぇ……」
「具合悪いんですね?」
体温計を持ってきて熱を測れば、三十七度代だった。
これから熱も上がるかもしれない。
マネージャーの羽山さんに連絡すれば、急ぎの仕事はなくて休みにしてもらえるとの事だった。
「薫さん、今日はお休みしていいそうです」
「さんきゅ……」
弱々しい薫さんなんて初めてだ。
「病院行きましょう」
「撮影で水浸しになったから……ただの風邪だよ……。病院なんて……行かなくて平気……」
薫さんは動こうとしなかった。
「本当に?」
「本当……風邪薬と水持ってきて……」
「わかりました」
その前に何か食べた方がいいと思ってお粥を作る。
それを持ってすぐに薫さんの部屋に戻る。
「お粥作ったんで、食べてから薬飲んで下さい」
「悪いな……」
のっそりと起き上がる薫さんの背を支えて上半身を起こす。
トレーごとお粥を渡せば、薫さんは俺の作ったお粥をゆっくり口に運ぶ。
「優しい味がする……」
「次は梅がゆにしますよ」
「ありがと……千宙のおかげですぐに治りそうだ……」
体が怠いのに薫さんは笑う。
お粥を食べて薬を飲んですぐに横になった。
邪魔をしないように部屋を出て行こうとしたら、服の裾を掴まれた。
「行くのか……?」
「食器を片付けないと」
「行かないで……」
片付けるのを後にして、そっと薫さんの隣にしゃがみ込む。
布団から手を出してくる。
今は賭けの事は忘れよう──。
そっと手を握ってあげれば体温が高い。
「薫さんが寝るまでいてあげますよ」
体調を崩していると気弱になるものだ。
熱のせいで潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
「……ここにいて──……」
それは……どういう意味で言っているんだろうか……。
薫さんの事を考えると、少し胸が痛い。
「はい。いますよ……」
今だけなら……。
安心したのか、しばらくしてすぅすぅと寝息が聞こえて来れば、そっと手を離して片付けをした。
◆◇◆
薫さんの熱が下がったのは夜だった。
本当に一日寝て回復した……。
「悪かったな……」
布団に肩まで潜りながら、謝ってくる。
「気にしないで下さい」
額に手を当てたら目を細める。
「お前……体温低いんだな……気持ちいい……」
俺の手に擦り寄ってくる薫さんが少し可愛かった。
熱が下がって良かった。
「千宙……俺、お前にずっとここにいて欲しいよ……」
俺を好きだという事は、もうよくわかっている。
その気持ちに応えてあげられないことも──。
「薫さん、俺は創志の側に行きたい。俺の一番は創志なんだ。薫さんが辛いなら、今からでもここを出て行くよ」
「辛くない。俺はこんなにも好きになれる人ができた事が嬉しいんだ」
何度あしらっても嬉しそうにしていた理由はそれだろうか。
「……卒業までもう少しだろ? 少しでも時間はある。そんな寂しい事を言うなよ」
ヘラッと笑う顔は、俺の胸をギュッと締め付ける。これは、罪悪感なんだろう。
決して嫌いなわけじゃない。むしろ幸せになって欲しい人だ……。
「卒業まで、とことん振ってあげます」
「ははっ。容赦ないな……」
「今は、ゆっくり寝て下さいね……」
「ああ……」
薫さんの部屋を出て、ため息をつく。
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