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遠距離編

困った事

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 薫さんから連絡が来ていた。
 話があるから家に帰ったら来てくれないかというものだった。
 今日はバイトがなく、大学が終わったら行くと返信をして家に帰った。
 荷物を家に置いてから、薫さんの家のチャイムを鳴らす。

 よく考えたら、薫さんの家に行くのは初めてだ。
 前は創志の家だったから、よく来ていたのに不思議な気分だ。

 ガチャリとドアを開けた薫さんは、俺に笑顔を向けた。

「入れよ」

 中に入ってスタイリッシュな家具類に目を見張る。
 同じ部屋とは思えないな。
 カーテンも黒で遮光が良さそうだ。
 でも、そんなに物を置いている訳ではなかった。

 座るように言われて、テーブルの前に座った。
 テーブルもガラステーブルでかっこいい。
 料理はしないんだと言って、ペットボトルのお茶をもらった。

 対面した薫さんは、一呼吸置いて話し出す。

「千宙、俺さ、ここ引っ越すよ」

 まじまじと薫さんを見つめる。

「もしかして……犯人捕まったんですか?」
「ああ。今やってる映画のスタッフだった……」

 なるほど……それだけ近くにいた人なら、家の場所も何かのきっかけでわかってしまうものなのかも。
 でも、知り合いって事は辛かったかもしれない。

「別のマンションに引っ越す事になった」
「そうなんですね……寂しくなりますね」
「そう思ってくれるのか?」
「はい」

 犯人が捕まって良かったけれど、友達がいなくなるのは寂しい。

「お前のバイト先にも行くし、家に遊びにも来る! だからさ、そんなに変わらないって言いたくて。と……友達で……いて欲しいなって思ってて……」

 段々と照れてくる薫さんにクスクスと笑ってしまう。

「もちろんですよ」
「本当か!? 良かった!」

 嬉しそうにしてくれるから俺も嬉しい。

「これからの予定ってあるのか? 俺、今日の仕事はもう終わったんだ」
「ないですよ」
「それなら、俺の映画を見せてやる。夕飯はお前のバイト先でご馳走してやるよ」

 相変わらずの薫さんが微笑ましかった。

 見せてもらった映画は、ドジな新米刑事の役だった。でも、実は狡猾な犯人だなんて難しい役だ。
 主人公ではないけれど、俺の贔屓目があったのかもしれないけれど、画面の中の薫さんは輝いていたと思う。
 特に犯人の復讐に燃える時の目は、ゾクリとして鳥肌が立った。

 隣で同じ映画を見る薫さんをチラリと窺う。
 画面の人と同じ人なんだよな……。

「薫さんって、実はカッコ良かったんですね」
「お前……失礼なやつだな……」

 目を細めて不満顔だ。

「褒めたんですよ?」
「それならいっか」

 へへへっと照れた薫さんを見たら笑顔が溢れた。

     ◆◇◆

 そうして薫さんは、部屋を出て行った。
 数ヶ月という短い間だったけれど、貴重な出会いだったと思う。
 俺に友達ができるなんて思ってもいなかった。

 時々連絡が来て、一緒に映画を見に行ったり、バイト先にご飯を食べに来たり、家に泊まらせたりしている。
 家まで来て、泊まっていいか聞かれたら、追い返す気にはならない。
 創志の為に買った布団はもう薫さん専用になっている。
 薫さんとは、そんな関係が続いていた。

 創志とは会えていない。

『ごめん。来週、会えなくなっちゃった』

 そんな創志の声を電話越しに聞きながら、心の中でため息をつく。
 忙しいみたいだった。

「いいよ。大丈夫。無理しないで」
『また連絡する』
「うん。待ってる」

 それでも、自分を奮い立たせるしかなかった。
 数ヶ月に一回程度に会える日を楽しみにして、必死で日々を過ごす。

 そして、大学三年になったすぐの頃だった。
 その日も、薫さんが家にいた。

「申し訳ないですが、今月中に出て行ってもらえませんか?」

 大家のおばさんの息子が訪ねてきた。
 大家のおばさんは、どうやら体調を崩したらしい。
 県外の息子夫婦の家に世話になる事になり、このアパートを取り壊す事に決めたらしい。
 もう少し時間が欲しいと言ったけれど、もう決めたの一点張りだった。
 息子夫婦も忙しくて、早くアパートの処理をしたいらしい。

「わかりました……」

 了承すれば、バタンッとドアが無情に閉まった。
 そのドアを見つめて考え込む。

 まずい事になった……。

 今からアパート探しなんて無理だ。
 高校や大学に近いこの付近のアパートは、この時期は他の学生で埋まってしまっている。卒業やらで居なくなるまで空くことはほとんどない。
 だからって、離れた場所では交通費が掛かってしまう。
 それに、今の所以上の家賃では暮らしていけない。

 悩んでいれば、息子との会話を聞いていた薫さんが声を掛けてきた。

「千宙……良かったらさ、俺の所に来ないか?」
「え……?」
「部屋なら余ってる。家事やってくれれば、家賃も光熱費もいらない」

 なんて魅力的な誘いだ!
 貧乏学生の俺には飛びつきたい話だ。

「でも……薫さんに迷惑が掛かりませんか?」
「俺はむしろ助かるな。住み込みの家政夫だと思えばいいだろ?」

 なんておいしい条件だ……余裕ができたら創志にも会いに行けるかもしれない……。

「ものすごくありがたいです……」
「なら、荷物まとめろよ」

 でも、問題があるとすれば創志だ。

「少し考えてもいいですか?」
「なんで? 困ってんだろ?」

 その通りなんだけれど……。

「あの、ちょっと創志に相談します」
「言わなくていいんじゃないか? 俺の所なんて反対するだろ」

 創志は、今だに薫さんをよく思っていない。薫さんだけでなく、俺の周りの人達に対してよく思ってないっぽい。

「でも……連絡します」
「お前、本当偉いな」

 苦笑いされたけれど、創志に電話を掛けた。
 なかなか電話に出なくて、またにしようとしたけれど、通話になってホッとする。

「もしも──」
『今、創志くんは出れないの。何か伝言があれば伝えましょうか?』

 女の人だった……。
 まだ午前中なのに女の人が出た……どういう関係の人だ?
 仕事……だよな?
 朝まで一緒だった……とか?

 いつもは俺から連絡はしない。こういう事になるからだ……。

「いえ……結構です」

 通話を切って、薫さんにニッコリ笑顔を向けた。

「教えなくていいみたいです」
「笑顔が怖いけど……どうした? 怒ってるのか……?」

 薫さんの顔が引きつる。

「いいえ。全く」

 創志には、後で言えばいい。
 というか……あんなやつ知るか。
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