隣の家の住人がクズ教師でした

おみなしづき

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遠距離編

隣人は友達?

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 シャワーから出てきたら、薫さんは、布団の上で胡座をかいていた。

「なぁ……本当何もやる事がない部屋だな……本棚だって参考書ばかりだ」
「学生ですから当たり前です……」

 俺の方を見ると、ニカっと笑った。

「今度俺の部屋に招待してやるよ。俺の出演作を見せてやる」
「遠慮しておきます……」

 笑顔がピクッと引きつった。
 わかりやすい人だな……。

「お前、失礼な奴だな」
「すみませんね……」

 この人、他人の家に上がり込んでいる失礼な人って自覚ないのか?

「でも、俺もまだまだって事だな」

 なぜか楽しそうに笑った。

「シャワーはいいんですか?」
「明日自分の部屋で入る。遅くなっても社長が鍵届けてくれるって言うからさ」

 それならこのまま寝るのかな。

「これ、どうぞ」

 俺の部屋着を手渡した。
 薫さんにキョトンとされる

「使っていいのか?」
「サイズが合わなかったらすみません」
「お前って……お人好しとか言われない?」
「言われた事ないですけど……」

 薫さんは、ぶはっと吹き出した。
 え? 俺ってお人好しなのか……?

「ありがとな」
「いいえ……」

 なんか後味が悪い。

 すると、予告もせずにバサッと服を脱がれる。
 体も鍛えられているみたいだった。
 でも、いきなり脱ぐか?

「あの……脱ぐなら隠すとか、予告するとかして下さいよ」

 俺の渡した服を着る。

「男同士だろ? 何を遠慮する必要があるんだ?」
「俺は気にしますから」
「ふーん……変なやつ」

 もう疲れたな。
 布団にもそもそと入る。

「俺、寝ますね」
「社長が来るまで起きてろよ。学生は明日休みだろ?」
「なぜですか……」
「何もない部屋で暇なんだよ! 何か話せよ」

 なんて自分勝手な人なんだ……。

「それじゃあ……どうしてこんなアパートに引っ越しを?」
「それがさ、ストーカーにあってんだ」

 あっさりと爆弾発言したな……。

「住んでたマンションでおかしな事が増えてさ。家の前に手作りの食べ物から服から手紙と一緒に届けられるようになって、いたずら電話? そういうのも事務所だけじゃなく、俺のスマホにもいっぱい掛かってくるようになってさ」

 薫さんはふぅとため息をついた。
 その時の事を思い出しているのかもしれない。

「スマホは変えたし、マンションも引っ越したけど、しばらくすると次のマンションでも同じような事が起きてさ……」
「それは大変ですね……」

 家を捜し当ててるって事か? 怖いな……。
 シャワーを浴びたばかりなのに寒気がしそうだ。

「ホテルに泊まれば色んなやつが詮索するようになるし、仕方なくまた別のマンションに移ったけど結局同じ事の繰り返し。この辺のマンションはみんな危ないんじゃないかって事になったんだ」
「それでここのアパートに?」
「そう。犯人が捕まるまでな。こんな所にいるなんて誰も思わないだろ? ここに引っ越してからは今の所は大丈夫だからな」

 大変だなぁ……。
 そんな事されていたら、気が気じゃないだろう。
 でも、薫さんは大した事じゃないように話していた。
 気にならないのか、或いは気にしないようにしているか……だな。

「警察沙汰は勘弁して欲しいんだけど、そうも言ってられなくなって……防犯カメラも調べてもらってるし、すぐに捕まるはずだ」

 だから少し余裕があるんだと笑った。

「鍵がない時はかなり焦ったけどな。事務所にあるって言われてホッとした」

 そうか。落ち着こうとタバコを吸っていたのか。

「一人になるなって言われてるから、お前が帰って来て本当に助かったんだ。ありがとう」

 それなら、外に一人でいたのはかなり怖かったのかもしれない……。
 隣の家に入れて欲しいと思うのもわかるかも……。
 そして、ふと疑問に思う事がある。

「友達呼んでその人の家に行くとかしなかったんですか?」
「うるせぇな……」

 そっぽを向いて少し不機嫌になった。
 この人……友達いないんだ……。
 すごい二重人格だもんな……。

「お前! 友達いないとか思っただろ!」

 布団の上から腹をボスッと殴られてクスクスと笑ってしまう。

「そうじゃなきゃ、俺なんかに頼りませんよね?」
「──早く寝ろよ!」
「薫さんが話せって言ったんでしょう……」

 真っ赤になってまたもやボスッと布団を殴ってくる。意外と可愛らしい人だった。

「社長が来たら部屋戻るから、しばらくごめんな」
「せっかく布団敷いたんです。そのまま寝てもらってもいいですよ。それより……俺……眠いんで……寝ます……ね──」

 バイトの疲れもあったのか、俺はそのまま眠りに落ちていった──。

「千宙? おーい……本当に寝たのかよ……」

 俺の寝顔を見て、ほっぺをつねられていたとは知るよしもない。

     ◆◇◆

 朝起きたら、薫さんはいなかった。
 律儀に畳まれた布団と服に微笑む。
 悪い人じゃないみたいだ。

 テーブルの位置も元に戻してあって、上に紙切れが一枚置いてあった。
 後でお礼をするから連絡しろとあった。
 そんな事は気にしなくていいのに、本当に律儀だ。
 一応登録はしておいたけれど、連絡をする事はなかった。

 それからしばらくして、バイトのない平日に家にいたらチャイムが鳴った。
 夕飯を食べて風呂に入った後だった。
 ドアスコープから覗けば、見知った顔にドアを開けた。

「薫さん……どうしたんですか……?」

 無言で中に入って来てドアを閉められた。
 薫さんは、お酒の匂いがすごかった。
 飲んできて酔っ払っているみたいだ。

「おい! 千宙ぁ!」

 玄関で叫ばれる。

「はい……」

 なんで怒ってんだ……。

「どうして連絡して来ないんだぁ!?」
「え……この前の事ですか?」
「そうだ! 俺の連絡先教えてくれって奴はいっぱいいるんだからなぁ! なんでお前は連絡してこないんだよぉ……」

 怒ったと思ったら……少しいじけた……。

「いや、お礼なんてしてもらう程の事じゃないと思ったので……」

 キョトンとされた。

「それだけ……?」
「そうですよ……一応連絡先も登録しましたから」
「……証拠……」
「え?」

 むくれた顔で何か言った。

「証拠を見せろ」
「証拠って……」
「俺に電話しろ」
「はぁ……」

 仕方なくスマホを取りにテーブルのところまで行けば、薫さんも付いてきた。
 後をついてくるとか……この人、偉そうなわりに寂しがり屋じゃないのか?
 ちょっと笑いそうになる。

 薫さんに電話を掛ければ、自分のスマホを見てパッと笑顔になった。

「きたきた♪」

 電話を切ろうとしたのに、薫さんは嬉しそうに電話に出る。
 目の前で電話するって……。

『「もしもし? 千宙か?」』

 目の前の声も電話の声も重なって聞こえる。

『「はぁ……」』
『「よし、お礼に明日の夜、夕飯をご馳走してやろう」』

 なんだ? この茶番……。
 そう思うけれど、なんだか面白くて笑ってしまう。
 薫さんも楽しそうだ。

『「明日はバイトなので遠慮します」』
『「なんだよバイトって! 休めばいいだろ?」』
『「嫌です。俺にとっては大事なバイトなんです。申し訳ないですが、またお願いしますね」』

 ピッと一方的に通話を切れば、不満顔で見られた。

「切りやがった……」
「目の前にいるじゃないですか」
「バイト先、教えろ」

 カフェの場所を簡単に教えれば、メニューを見て嬉しそうに笑った。
 コロコロと表情の変わる人だ。見ていて飽きない。

「夕飯、食べに行くな!」
「わかりました。店長に言っておきますね」
「こういうの……楽しいな!」

 ニカッと笑った。
 この人、全然年上に感じない。
 クスクスと笑っていれば、またむくれる。

「なんだよ……お前みたいに気軽に話せるやつ……他にいないんだ」
「友達いないからですか?」

 揶揄いがいのある人だ。

「悪かったな……。俺だって色々あるんだよ……」

 俺の知らない苦労をしている人なんだろう。

 すると、俺のスマホが鳴った。
 表示された名前に笑顔がこぼれる。

「すみません。ちょっと出ます」
「あ……うん……」

 ベランダに出て、通話ボタンを押す。

「もしもし?」
『ちぃくん? バイト休みだよね?』
「うん。今日は休み」
『少しだけ話そう』

 創志の声はいつも楽しそうに聞こえる。

 はぁ……会いたいな……。

 なんて、言ったら困らせるんだろうな──だから……言わない。

 明日の予定を話して通話を切って部屋に戻れば、薫さんがニヤニヤと見てくる。

「さっきのは恋人か?」
「え!? どうしてですか!?」

 どうしてわかったんだ!?

「相手の名前見た時に、ベタ惚れですって顔に書いてあった」

 そんなにわかりやすかったのか……。

「そ、そんな事ありません」

 熱くなった顔を誤魔化すように顔を逸らす。

「彼女に夢中になるのもわかるけど、俺という友達も大事にしろよな!」

 ちょっと照れながら、そんな事を言ってきた。
 偉そうに踏ん反り返ったくせに、こちらをチラチラと窺ってくる。
 この人、友達って自分で言いたかったんじゃないのか。

「なんですか……それ……」

 面白くてつい笑ってしまった。
 すると、テーブルの上に突っ伏した。

「──千宙……今日も泊めて……」

 テーブルに顔を乗せたままこっちを見てくる。
 酔ってほんのりと赤くなった顔でこちらを窺ってくる。

「隣なんですから帰ったらいいでしょう?」
「風呂入ったら来るから、布団敷いといて……」
「話聞いてます?」
「今日だけー……友達なんだからいいだろぅ?」

 なんて言うか……放っておけない人ってこんな感じ?
 小動物みたいな人だ……。

「今日だけですよ……」

 俺には、図々しい友達ができてしまったようだ。
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