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クズ教師編

約束

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 もうすっかり肌寒くなった。
 和志さんと何度か連絡を取って、大学は和志さんと同じ所に決めて願書を出した。

 部屋でテーブルに向かって勉強する事が増えていた。
 何もなかった部屋は参考書とノートが積まれている。
 創志は学校の仕事が終わると勉強を見てくれる。

 その日も同じように創志が家に来ていた。
 来た時から少し不機嫌そうなのはわかっていた。
 それが何なのか気になって勉強にならなくて、どうしたのかと問いかけた。

「──ちぃくんさ、大学、和志と同じ所なんだって?」

 俺の隣に座って勉強を見ていた創志がボソリと呟いた。

「はい……」

 いつか知られるとは思っていたけれど、少し気まずい。
 創志の雰囲気がギスギスしていたのはそのせいか。
 
「なんで俺に言わないの?」

 創志と同じ教師になりたいなんて恥ずかしくて言えるわけがない。

「何となくです……」
「ふーん……で、なんで和志と連絡取ってるの?」
「現役の大学生ですし、色々参考にさせてもらっているからです」

 本気で不満そうな創志を見るのは初めてで少し戸惑う。

「俺だって同じ大学の卒業生だよ。もっと俺を頼ってよ」
「──勉強も見てもらって……今も十分頼ってますよ……」
「もっと、もっと頼って」

 ずいっと迫られてちょっと体を引く。
 それに気付いた創志は、更に俺と距離を詰めた。

「何で逃げるわけ?」
「いや……なんとなく……近いから?」

 また更に距離を詰められて体を引いたら、バランスを崩してドサリと床に倒れてしまった。
 創志は、逃さないとでもいうように俺の顔の横に手を着いて、覆い被さって俺を見下ろしてきた。

「先生……?」

 この状況は何だかやばい……。

「ふざけてるんですか……?」
「これがふざけてるように見える?」

 俺を見下ろす創志の顔は真剣で、ふざけているようには見えない。

「ちぃくん……キスしていい?」
「え……?」

 また斜め上の事を……。

「そういうのは、セフレに頼んで下さい」

 いくら俺が創志を好きでも、性欲処理に使われるのは嫌だ。

「セフレと全員切ったって言ったら信じる?」

 あの創志が? ──嘘だ。

「信じられませんね……」

 そう簡単に信じられるわけがない。

「だと思った……じゃあ、勉強見てあげてるお礼ちょうだい」
「お礼……ですか?」

 勉強を見てもらうのはありがたいけれど、お礼のキスってありなのか……?
 そもそもどうしてキスしたがるんだ?

「もしかして……欲求不満なんですか?」

 創志は自分の顔を押さえてしまった。心なしかガッカリしているように見えなくもない。

「せ、先生?」

 声を掛けたら、ニッコリ笑顔を見せた。
 なんだか迫力のある笑顔だ。

「欲求不満だからキスさせて」

 まじか……そのままストレートに言ってきたな。

「セフレとしてるのに欲求不満なんですか?」

 今度は笑顔が引きつった。

「してないから欲求不満なんだって!」

 意味がわからない……セフレとしないなんて何の為のセフレ?

「ちぃくんが信じてくれないのはもうわかった! じゃあ! 勇気ちょうだい!」

 じゃあって何だよ。
 半ばやけ気味に見えるのはどうしてだろう。

「生徒には手を出さないんでしょう?」
「手は出さない! キスだけお願い」
「矛盾してますよ……」
「勇気が欲しいって言った時はさせてくれたじゃないか!」

 なんでこんなに必死なんだ……?
 あの時は、俺もこんな風に考えてる余裕はなかった。
 こっちをじっと見る創志に負けた。

「わかりましたよ……キスだけですよ……」

 流されたと言っていい……絆されたとも言う。
 視線を逸らしながら言えば、すぐに両頬を掴まれてガバッと唇を奪われる。
 久しぶりの創志の唇の感触は気持ち良かった。
 感触を確かめるようにチュッと音を立てるキスは、胸を高鳴らせる。

「先生……もういいでしょ? どいて……」

 これ以上されたらドキドキしているのがバレる。今ならまだやめられる。

「もっとしたいな……」

 なんだ? 創志がおかしい……。
 前から意味不明だけれど、俺にキスしたがるなんて大丈夫なんだろうか?
 こちらを見つめる瞳が切なくてドキッとする。

 そこで俺のスマホが鳴った。メッセージが入ってきた音だった。

「誰──?」

 創志は、眉間に皺を寄せてスマホを見た。

「誰ですかね?」

 テーブルの上にあるので、確認したいが創志が退いてくれないと無理だ。

「和志?」
「ですかね? 確認させて下さい」

 スマホに手を伸ばそうとしたら、その手を掴まれてそのまま手を繋がれた。
 指と指を絡ます繋ぎ方は、逃げられないようにされている気がする。

「だめ」

 そして、ムッとした顔をされた。

「なんでですか?」
「今は俺とキスしてるから──」
「っ──」

 話してる途中で唇を奪うってどうなんだ?
 しかも今度は舌を入れて口内を蹂躙された。
 散々舐め回されて、呼吸も荒くなる。
 気持ちいいキスは、俺の思考を奪う。
 やっと唇を離した創志は、ほんのりと紅潮した顔で見つめてきた。

「したくなった……」
「…………」

 なんて答えろと?
 俺もなんて言ったらセフレ街道まっしぐらだ。それは避けたい。

「俺は──先生の生徒ですよ……」
「そうだね……そうだ。俺は……生徒には手を出さない……」
「なら、退いてもらえますか?」

 創志は何か悩んでいるようだった。

「ちぃくん……和志の事好きにならないでね……」
「は……?」

 ボソリと呟いた言葉は、またしても斜め上だった……。
 まぁ……生徒に自分の弟を好きになられたら困るか……。

「なりませんよ」

 俺が好きなのはお前だと言ってやりたいが、それを言ったらセフレ街道──恐ろしい。

「ならいいや。我慢するよ」

 創志は、何度か深呼吸をすると、ゆっくりと体を起こした。
 それでも名残惜しそうにこちらに視線をやるので創志に触れたいと心が揺れる。

「勉強しよっか」

 ため息混じりでそう言うと、ニコニコとして機嫌が戻ったみたいだ。
 よくわからないけれど、創志の笑顔が見られたからいいか。

     ◆◇◆

 受験生の俺にクリスマスというものを楽しむ余裕がないかと言われたらそうでもなかった。
 普段から勉強していて優等生だった俺は、あまり心配する事もなく大学に行けそうだった。

 それならばと、クリスマスには日雇いのバイトを入れた。
 パーティー会場で給仕をする仕事だ。
 なぜかというと、クリスマスの仕事は時給が良かったからだ。

「ちぃくん、クリスマスイブにバイトなの? 寂しい高校生だなぁ」

 いつも通り俺の隣で勉強を見ていた創志は、クスクスと笑う。

「お金はあって損はしません」

 ノートに書き込みながら返事をした。

「そう言う俺も一人だから、一緒に──」
「先生はセフレとですか? 家族や恋人じゃなくても一緒に過ごす人がいれば楽しめるものですよね……」

 創志の側には俺がいなくても、他の誰かがいるんだ。
 やるせない気持ちを抱えたままでいるよりは、バイトでもした方が気も紛れる。
 
「最近は、面倒な相手を追い払う──」

『事もなくなりましたね』と続けられなかった。

 創志が、ノートに書き込んでいた俺の手を握ったからだ。
 ピタリと動きが止まって創志を見た。
 こちらに向けられていた創志の顔は真剣だった。

「いい加減さ、俺を信じて欲しいんだけど──」

 少し怒ったような声音に戸惑う。

「何を信じるんですか?」
「俺は、セフレとは全部切った」

 前も同じ事を言っていたけれど、本当に──?
 信じられなくて、ジッと見つめるだけだった。

「随分前に、誰とも関係はないんだよ」
「そう……なんですか……」

 それを俺が信じたからってどうなるんだ?
 何も変わらないだろ?

「決めた。イブは何時にバイトが終わる?」
「パーティーが終わって片付けを入れれば……9時近くになると思います……」
「わかった。バイト終わったら俺の家に来て。絶対。約束」
「はぁ……」

 セフレと過ごさなくていいのか?
 何が何だかわからないまま、クリスマスイブの約束をした。
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