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クズ教師編
自覚したくなかった気持ち
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特に行く所もなかった。
ふとバイト先のカフェを思いついて、そっちに足を向けた。
ドアベルを鳴らして中に入れば、お客さんはちらほらだ。
「あれ? 千宙くん?」
カウンターの奥から店長に声を掛けられた。
「あ……忙しいですか?」
「大丈夫だよ。カウンターに座って」
店長の笑顔は、なんだかホッとする。
この笑顔を目当てにここに来る人もいる筈だ。
店の中でアルバイトをしているのは、大学生の先輩だった。
名前を恭一さんと言った。
今、この店でバイトしているのは俺と恭一さんの二人だ。
忙しい時は蒼斗だったり、店長の知り合いだったりが手伝ってくれているらしい。
体育会系の恭一さんは、髪を短く切っていてニカッと笑うと爽やかな好青年って感じがする。
「何か手伝いますか?」
「ははっ。千宙は休みだろ? 気にしなくていいよ。お客様はゆっくりしてな」
「すみません」
「いいって」
笑顔で言ってくれる恭一さんに心が温かい。
やっぱりここは居心地がいい。
そう思っていれば、店長がスッと紅茶のカップを出してくれた。
「ジャスミン茶だよ。僕からのサービス」
人差し指を唇に当ててウインクするお茶目な店長に笑顔がこぼれる。
「リラックスできると思うよ」
「ありがとうございます……」
そっと紅茶のカップに口をつけた。
鼻に抜けるホッとするような香りに力が抜けた。
ゆっくりと時間を掛けてジャスミン茶を飲んだ。
「──帰りたくないです……」
ジャスミン茶のせいなのか、優しい笑顔の店長のせいなのか、ボソリと本音を呟いてしまった。
「どうしたの?」
店長の優しい声に心が解れる。
「少し……嫌な事があって……」
嫌な事……?
自分で声に出したのに、ハッとした。
創志に恋人がいた事が俺にとって嫌な事なのか……?
「うん。それで?」
「俺は……勘違いをしていたのかもしれません……」
「うん」
「俺は…………先生の特別なんじゃないかって勝手に思ってて──」
そうか……創志が当たり前のように俺と一緒にいるから、勘違いしていたんだ。
俺は創志の特別だった気になっていた。
セフレとは違う気がして優越感を感じていたんじゃないのか?
俺はただの隣人で、セフレの方が立場は上じゃないか……。
下を向いてカップの中の液体を見つめた。
「千宙くん、君はその先生の特別じゃないと知ってショックだったんだね」
その通りだ。店長の言葉にコクリと頷く。
創志にとって俺は、なんでもないんだって思い知らされて傷付いている。
今だに自分の気持ちが信じられない。
「あいつ……最低なんです……。ヤリチンの猫被りのクズ教師……」
「うん」
「酒も飲むしタバコも吸う。私生活なんてだらしないし、家事もできない──」
こんな気持ち知りたくなかった。
よりによってなんであいつ?
そう思うのに、思い出すのは創志の楽しそうな笑顔と、嬉しそうに笑う顔。時々見せる優しい仕草と、抱き締められた時の体温……。
「でも、俺はそんなあいつが──」
その時、カランカランと鳴ったドアに注目する。
「いた──」
ホッと胸を撫で下ろして俺の目の前にやってきた創志をまじまじと見つめてしまった。
今頃は恋人と一緒に夕食を食べているはずなのに、どうしてここに……。
「ちぃくん、ごめん!」
頭を下げた創志に驚く。
「せ、先生……?」
頭を上げて俺を真っ直ぐに見つめる創志は真剣な顔を俺に向けていた。
「追い出したって聞いたから探しにきたんだ……ここにいてくれて良かった……」
創志はホッと息を吐き出した。
まるで俺を心配していたみたいだ……。
「俺を……探しに……?」
「当たり前じゃないか」
創志が俺を探しに来てくれた。それだけで喜んでしまいそうな自分を叱責する。
もう勘違いはしない。こんなのは、特別じゃない。
「でも……恋人が待ってるんじゃ──」
「あいつは恋人なんかじゃない。あいつも他の奴らと同じだよ」
他の奴らと同じ……それを聞いてホッとしてしまった。
俺って嫌なやつ……。
「千宙くん、迎えが来て良かったね」
「……はい……」
ニコニコする店長に全て話そうとしていたのを思い出して恥ずかしい。
創志は何を思ったのか、店長に真剣な顔を向ける。
「責任を持って僕が連れて帰ります──」
「はい。お願いしますよ」
含みのある言い方が引っかかったけれど、それだけで二人の会話が全て成立してしまったようだ。
「ちぃくん、一緒に帰ろう」
「はい」
店長にお礼を言って店を出て、家路を歩きながら創志は情けない顔をした。
「俺まだ夕飯食べてないんだよ」
「恋人と食べなかったんですか?」
「恋人じゃないって言ったでしょ。俺に恋人はいないし、あいつとは二度と会わない」
そう……なのか……。
本当に違うんだ。安心してしまう自分が嫌だ。
「ちぃくんを追い出すなんて……ごめんね──……俺を嫌いになった……?」
なんでそんな不安そうな顔をするんだろう……いつか言われた俺に嫌われたくないってあれ、本気だったのか?
嫌いだなんてとんでもない。
それどころか──……。
「嫌いじゃありません」
視線を逸らして、そう言った俺に創志はニッコリ微笑んだ。
「良かった。それじゃ、夕飯作ってくれる? 一緒に夕飯食べようね」
「はい……」
甘えるような創志に俺は頷いてしまっていた。
ふとバイト先のカフェを思いついて、そっちに足を向けた。
ドアベルを鳴らして中に入れば、お客さんはちらほらだ。
「あれ? 千宙くん?」
カウンターの奥から店長に声を掛けられた。
「あ……忙しいですか?」
「大丈夫だよ。カウンターに座って」
店長の笑顔は、なんだかホッとする。
この笑顔を目当てにここに来る人もいる筈だ。
店の中でアルバイトをしているのは、大学生の先輩だった。
名前を恭一さんと言った。
今、この店でバイトしているのは俺と恭一さんの二人だ。
忙しい時は蒼斗だったり、店長の知り合いだったりが手伝ってくれているらしい。
体育会系の恭一さんは、髪を短く切っていてニカッと笑うと爽やかな好青年って感じがする。
「何か手伝いますか?」
「ははっ。千宙は休みだろ? 気にしなくていいよ。お客様はゆっくりしてな」
「すみません」
「いいって」
笑顔で言ってくれる恭一さんに心が温かい。
やっぱりここは居心地がいい。
そう思っていれば、店長がスッと紅茶のカップを出してくれた。
「ジャスミン茶だよ。僕からのサービス」
人差し指を唇に当ててウインクするお茶目な店長に笑顔がこぼれる。
「リラックスできると思うよ」
「ありがとうございます……」
そっと紅茶のカップに口をつけた。
鼻に抜けるホッとするような香りに力が抜けた。
ゆっくりと時間を掛けてジャスミン茶を飲んだ。
「──帰りたくないです……」
ジャスミン茶のせいなのか、優しい笑顔の店長のせいなのか、ボソリと本音を呟いてしまった。
「どうしたの?」
店長の優しい声に心が解れる。
「少し……嫌な事があって……」
嫌な事……?
自分で声に出したのに、ハッとした。
創志に恋人がいた事が俺にとって嫌な事なのか……?
「うん。それで?」
「俺は……勘違いをしていたのかもしれません……」
「うん」
「俺は…………先生の特別なんじゃないかって勝手に思ってて──」
そうか……創志が当たり前のように俺と一緒にいるから、勘違いしていたんだ。
俺は創志の特別だった気になっていた。
セフレとは違う気がして優越感を感じていたんじゃないのか?
俺はただの隣人で、セフレの方が立場は上じゃないか……。
下を向いてカップの中の液体を見つめた。
「千宙くん、君はその先生の特別じゃないと知ってショックだったんだね」
その通りだ。店長の言葉にコクリと頷く。
創志にとって俺は、なんでもないんだって思い知らされて傷付いている。
今だに自分の気持ちが信じられない。
「あいつ……最低なんです……。ヤリチンの猫被りのクズ教師……」
「うん」
「酒も飲むしタバコも吸う。私生活なんてだらしないし、家事もできない──」
こんな気持ち知りたくなかった。
よりによってなんであいつ?
そう思うのに、思い出すのは創志の楽しそうな笑顔と、嬉しそうに笑う顔。時々見せる優しい仕草と、抱き締められた時の体温……。
「でも、俺はそんなあいつが──」
その時、カランカランと鳴ったドアに注目する。
「いた──」
ホッと胸を撫で下ろして俺の目の前にやってきた創志をまじまじと見つめてしまった。
今頃は恋人と一緒に夕食を食べているはずなのに、どうしてここに……。
「ちぃくん、ごめん!」
頭を下げた創志に驚く。
「せ、先生……?」
頭を上げて俺を真っ直ぐに見つめる創志は真剣な顔を俺に向けていた。
「追い出したって聞いたから探しにきたんだ……ここにいてくれて良かった……」
創志はホッと息を吐き出した。
まるで俺を心配していたみたいだ……。
「俺を……探しに……?」
「当たり前じゃないか」
創志が俺を探しに来てくれた。それだけで喜んでしまいそうな自分を叱責する。
もう勘違いはしない。こんなのは、特別じゃない。
「でも……恋人が待ってるんじゃ──」
「あいつは恋人なんかじゃない。あいつも他の奴らと同じだよ」
他の奴らと同じ……それを聞いてホッとしてしまった。
俺って嫌なやつ……。
「千宙くん、迎えが来て良かったね」
「……はい……」
ニコニコする店長に全て話そうとしていたのを思い出して恥ずかしい。
創志は何を思ったのか、店長に真剣な顔を向ける。
「責任を持って僕が連れて帰ります──」
「はい。お願いしますよ」
含みのある言い方が引っかかったけれど、それだけで二人の会話が全て成立してしまったようだ。
「ちぃくん、一緒に帰ろう」
「はい」
店長にお礼を言って店を出て、家路を歩きながら創志は情けない顔をした。
「俺まだ夕飯食べてないんだよ」
「恋人と食べなかったんですか?」
「恋人じゃないって言ったでしょ。俺に恋人はいないし、あいつとは二度と会わない」
そう……なのか……。
本当に違うんだ。安心してしまう自分が嫌だ。
「ちぃくんを追い出すなんて……ごめんね──……俺を嫌いになった……?」
なんでそんな不安そうな顔をするんだろう……いつか言われた俺に嫌われたくないってあれ、本気だったのか?
嫌いだなんてとんでもない。
それどころか──……。
「嫌いじゃありません」
視線を逸らして、そう言った俺に創志はニッコリ微笑んだ。
「良かった。それじゃ、夕飯作ってくれる? 一緒に夕飯食べようね」
「はい……」
甘えるような創志に俺は頷いてしまっていた。
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