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春の奇跡【小さいライバル②】
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時春は、陽介と風呂に入り、陽介にパジャマを着せて客間に布団を用意していた。
「陽介一人で寝かせられないし、俺が向こうで陽介と寝るな」
「うん……」
心配かけまいと笑顔を作る。それは僕の得意技だ。
子供を一人で寝かせられないのは理解できる。わかっていたけれど、一緒に暮らして初めて時春が隣に居ない事に少し動揺した。
今までずっと一人だった。大丈夫なはずだと自分に言い聞かせた。
「あー……やっぱり桜司も一緒に寝よう! 布団くっ付けて三人でさ!」
寂しいと思ったのを見透かされたんだろうか……。
時春は、いつも僕の心の機微を敏感に感じ取る。そんな事だけで嬉しく思う。
「陽介、桜司にぃちゃんも一緒な」
「えぇ~! 僕、ときにぃちゃんと二人がいい」
子供は正直だ……思わず苦笑いをしてしまう。
僕はいつでも一緒に寝れる。
「それなら──「俺が一緒に寝たいの!」
時春は、僕が別でいいと言う前に言葉を遮ってそんな事を言った。
嬉しくてニヤケそうな顔を隠したくて顔を伏せる。
桜司は、問答無用で布団をもう一組敷いてしまった。
「僕が真ん中だからね」
少し膨れ気味の陽介を真ん中にして三人で布団に入った。
時春と一緒で嬉しいのに、陽介が隣では複雑な気持ちだ。でも、本来なら部屋も別だったはずだと思うと心も穏やかだった。
「ときにぃちゃん、優しくて大好き。大きくなったら僕と結婚しよう」
思わず二人をバッと見てしまって、それを見た時春がクスクスと笑う。
「子供の言う事だぞ。大きくなれば、思い出した時に恥ずかしくなるさ」
時春がクスクス笑えば、陽介が膨れた。
「僕は恥ずかしくないよ!」
子供の言う事だと割り切れるほど、僕は余裕がない。陽介が大きくなっても同じ気持ちだったら、時春はどうするのだろう──。
「陽介、俺だって怒る時があるんだぞ。それに、男同士は結婚出来ない」
「そうなの? それなら、僕もここに一緒に住む! 桜司にぃちゃんが一緒なら、僕が一緒でもいいでしょう?」
「ダメに決まってんだろ」
「どうして? ときにぃちゃんと一緒にいたい」
「俺の方が桜司に一緒にいさせてもらってるの。桜司はお前みたいなガキの面倒まで見れないの」
「えぇー! 桜司にぃちゃん、僕が一緒でもいいよね!?」
急に話を振られて顔が引きつらないようにするのが精一杯だった。どう答えるべきなのか悩む。
「どうかな……陽介くんが大きくなって、まだ時春を好きなら……その時は考えるかな……」
苦笑いしながら答えた。陽介は、意気揚々と頷いた。
「わかった! また桜司にぃちゃんにお願いするね!」
「そうだね。その時は──僕も本気で陽介くんと向き合うからね」
小さいライバルに「絶対渡さない」と本当の事を言うのはどうなんだろうか。言ってしまった方が良かったか……。
そんな事をグダグダと考えてしまった。
「陽介、早く寝ろよ」
「うん!」
陽介が時春の方に移動した。好きな人に抱きついて寝るのは子供も大人も一緒だ。
それを見て、微笑ましいと思う自分もいてホッとした。
「「「おやすみ」」」
自分も寝ようと目を閉じた。
◆◇◆
しばらくしても寝付けなくて、ゴロリと寝返りを打った。
「桜司……起きてるか?」
そっと小声で問いかけられて目を開ければ、陽介はすぅすぅと寝息を立てていて、時春が目を開けてこちらを見ていた。
「起きてるよ。陽介くんは?」
「昼間連れ回したからよく寝てるよ。なぁ、そっち行っていい?」
少し驚いた。時春からそんな風に言ってくれるなんて嬉しい。
「もちろんいいよ。おいで」
時春は、そっと布団を抜け出して僕と陽介の間に入って来た。
向かい合って僕の背に手を回してギュッと抱きついてきた時春に、クスクスと笑って抱きしめ返した。時春の温もりに安心する。
「どうしたの?」
陽介がいるのにこんな事をするのは何かあったからなのではないかと思った。
時春は、少し間を置いてから口を開いた。
「──……昼間、桜司が店にいた知らないやつと話してた。チョコレートあーんされてた……」
昼間の一部始終を見ていたらしい。それで今のこの状況か。
もしかして──嫉妬? 時春が?
顔を覗き込めば、仏頂面で唇を尖らせていた。
──か……可愛い!
時春を抱きしめる腕にギュッと力を込めた。
「チョコの試食をやらされたんだよ」
「そうなのか……?」
「そう。ただの試食だよ。僕は、時春がチョコレートをあーんしてくれた方がいいな」
時春は少し考えてから照れる。
「明日してやる……」
「うん。楽しみにしてるからね」
ニヤけてしまった顔で見つれば、時春も笑う。時春の嫉妬が可愛く思えて、その唇にキスを落とした。
「ん……」
少しばかり時春の唇を味わう。
僕ばかりが嫉妬していると思っていた。しかも子供にだ。
「僕には時春だけだよ」
「ならいい……」
疑われたのは少しばかり悔しい。僕の心を占めているのは時春だけだ。それを教えてあげようか。
そっと時春の肌を撫でた。
「お前……っ……何を……」
「教えてあげるから──声、我慢してね──」
妖艶に笑えば、時春がゴクリと喉を鳴らす。
溶け合ってしまえたら、時春に僕の気持ちが証明できるのに──。
ふと思う。気持ちという形の無いものを証明する為のチョコレートなのかもしれない。それなら、あのチョコレートは、僕の気持ちそのものだ。それを時春に食べさせてあげられる事が嬉しかった。
◆◇◆
朝起きたのは、抱き合って眠る僕と時春の間に陽介が無理矢理入り込んで来たからだった。
「ようすけぇ~……お前、何するんだよ……」
時春が眠い目を擦りながら抗議する。
陽介は、仏頂面で唇を尖らせていて、昨日の時春と少し似ていて笑みが零れた。やっぱり甥っ子だけある。
「ときにぃちゃんは、僕と一緒に寝てたのにぃ」
「俺が桜司の横に来たかったの」
「ときにぃちゃんは、桜司にぃちゃんの事ばっかりだ……」
いじけたような陽介に時春は頭を掻く。
陽介は、昨日の僕だ。子供でも同じようにやきもちを焼くものだ。そう思うと少し可愛く思える。でも、時春は僕のものだと心の中で言っておく。
「僕は朝食を作ってくるから、二人で布団で遊んでて」
「俺も手伝うよ」
「いいよ。昨日は僕が独り占めしちゃったし」
意味深に笑えば、赤くなった時春が可愛い。
「時春と遊んでていいからね」
ポンッと陽介くんの頭に手をやると、パシッと振り払われてしまって苦笑いをする。
「こら、陽介!」
「大丈夫だから時春は遊んであげて」
「桜司、ごめんな」
その間にも、陽介は時春に抱きついた。
「まったく……悪い子は──くすぐりの刑だ!」
時春が陽介の腹をくすぐれば、すぐにキャッキャッと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
子供同士で遊んでいるみたいに楽しそうで、僕も自然と笑顔になった。
午前中は近くの公園に行ってたっぷりと遊んで帰ってきた。
子供と遊んだ事がない僕ができる事は少なくて、陽介の相手をしていたのはほとんど時春だった。
昼食を食べて三人でゴロゴロとしていれば、睡魔が襲ってきて仲良くお昼寝モードだ。
「チョコレート……まだ食べてないね」
「寝て……起きたら食べよ……」
欠伸をしながらそんな会話をして、起きたら食べようとリビングのテーブルの上に箱を三箱置いた。時春が僕のために買ってくれたものと陽介のもの、それから僕が時春にあげようと思って買ったものだ。
その後、仏壇のある和室で三人で仲良く眠った。
今度は、時春が真ん中に寝転んだ。これなら喧嘩しないと思ったみたいだ。
時春は、陽介と手を繋ぎながら、僕ともそっと手を繋いでくれた。
◆◇◆
起きた時、隣で寝ていたのは時春だけだった。
「陽介くん?」
僕の声に反応して起きた時春は、キョロキョロと周りを確認して、リビングに座り込んでいた陽介を発見した。
「陽介……起きたのか?」
声をかけたのに返事をしない陽介に、何かを感じて起き出した時春は、テーブルに置いておいた時春が僕にくれる予定だったチョコレートが無くなっているのを見て眉間に皺を寄せる。
「陽介……ここにあったチョコレートは?」
「……し、知らない……」
陽介は、プイッとそっぽを向く。
「陽介。本当に知らないのか?」
「…………」
黙り込んでしまった陽介を見れば、チョコレートの在処を知っているように思う。
「陽介」
時春は、静かに諭すように名前を呼んだ。
陽介は、しばらくしてボソリと呟いた。
「…………食べた……」
「え……? 食べたのか?」
「食べた……」
「は? 全部か!?」
陽介がコクリと頷いたのを見て、ショックで頭が真っ白だった。
時春が僕にくれるはずだったチョコレート……時春が食べさせてくれるはずだったものだ。
食べられてしまったチョコレートは、時春の想いが込められた物だったはずだ。
「ばかやろう!」
時春の怒鳴り声に我に返った。
時春も陽介も唇を引き結んで泣き出しそうだった。
「あれは……桜司に……っ!」
時春は、そこまで言うと言葉に詰まって下を向く。
「悪い……少し頭冷やしてくる……」
早足で玄関へ向かった。
慌てて後を追いかけた。
「時春! 待って! どこに行くつもり!?」
僕の声は届かずに、バタンッと閉まってしまった玄関のドアに呆然としていた。
あんなにも怒った時春を見るのは初めてだ。いや、怒っていたと言うよりは、僕と同じようにショックだったんだと思う。すぐに追いかけたい。けれど、陽介を一人にしておけない。時春も僕がいるから出て行けたんだと思う。
陽介の様子を見れば、声を殺して泣いていた。ひっくひっくとしゃくりあげながら、とめどなく溢れてくる涙を両手の腕で何度も擦る。
慰めようと側に行っても、どうしたら良いのかわからない。そこで、もしも時春が落ち込んでいたらと考えて、そっと頭を撫でた。
ビクッとした陽介が僕の手を振り払わなくてホッとした。そっと抱き寄せれば、僕に抱きついてうわーんと声をあげて泣いた。
その姿を見て、時春に『おめでとう』と言ってもらった時の事を思い出していた──。
甘える事を知らなかった僕が、父さんに縋り付いて感情のままに泣いた。何かを考えていたわけじゃない。ただ、胸の奥が熱くて、熱くて……僕は、その時やっと産まれた事を許された気がした──。
泣き疲れて眠ってしまい、起きた時に見た明かりのついたキッチンの光に、引き寄せられるようにその場に行った。時春に『桜司、一緒にお祝いしよう!』そう笑顔で言われた瞬間、目の前の霧が晴れたようだった。今まで自分が見てきた景色が思い出せなかった。僕に向けられる時春の笑顔が眩しくて、嬉しくて──……。
僕は、自分の誕生日に生まれ変わったんだ──時春のおかげで──。
「陽介くん──大丈夫。僕も時春も怒ってないよ」
「っ……」
「大丈夫。大丈夫だからね──」
陽介が落ち着くまで、背中を何度も優しく撫でた。
陽介は、僕が気に入らなかっただけで、時春を怒らせるつもりはなかったんだと思う。
同じ時春を好きな者同士、なんとなく陽介の気持ちがわかる。
しばらくして、泣き止んだ陽介にそっと語りかけた。
「陽介くん、僕と一緒に時春に謝りに行こうか?」
「ときにぃちゃん……」
「捜しに行く?」
「うん……」
時春は、何も持たずに家を出た。財布もスマートフォンもそのままで心配だ。
まだ肌寒い。陽介に上着を着せて、時春の上着も持って家を出た。
陽介と手を繋いで歩いた。僕の手も握ってくれるようになって少し嬉しい。
「時春、どこに行ったかな?」
「どこかなぁ?」
時春が行く場所が思い浮かばない。思い当たる所から順番に行こうと昼間に遊んだ公園に行った。人がちらほらいるだけで、時春はいなかった。
「ときにぃちゃん……いない?」
「ここじゃないみたいだ……」
自分もがっかりしていたけれど、陽介の方ががっかりしているように感じて笑顔を作る。
「大丈夫。すぐに見つかるよ」
「うん……」
少し考えてみる──何も持たない時春が一人になりたい時に行く場所……うちから近いと言えば……実家かもしれない。
陽介と共に時春の実家へ行った。すると、玄関先で座り込んでいる時春を発見する。
「「いた!」」
どうやら僕の考えは当たっていたようだ。陽介と顔を見合わせて、二人で時春の方へ駆け出した。
時春も僕達に気付いたようだ。少し申し訳なさそうに笑う顔に微笑む。
「ときにぃちゃん!」
すぐに抱きしめたい衝動を押さえて、陽介に譲ってあげた。
「ごめんなさぁい……っ!」
時春に抱きつくと同時に泣き出した陽介の背中を、時春はポンポンと叩く。
「俺も……怒ってごめんな」
「ううん……僕が悪いのぉ……」
「もう怒ってないから泣くなよ」
時春は、苦笑いしながら陽介の涙を拭ってやる。
そして、苦笑いをしたまま僕を見上げてきた。
「桜司も……ごめんな」
「謝る必要なんかないよ」
儚く笑う時春が、少し震えている気がした。まだ寒い中、上着も着ないで外にいたと気付いて、慌てて時春に上着を着せた。
「どうして家に入ってないの?」
「誰もいないって言ったの忘れてたんだよ……鍵も忘れたから……」
「帰って来れば良かったのに」
「頭冷やしたかったんだって……」
少しバツが悪そうに言う時春に微笑む。
「それで、頭は冷えた?」
「まぁ……」
「僕らの家に帰って、僕の買ったチョコレートを分けて食べよう」
時春は、目を見開いた後に笑ってくれた。本来なら時春にあげる為に買った物だけれど、僕が食べさせてもらってもいいと思う。
「そうだな! 来年こそは、桜司に俺の気持ち、ちゃんとやるからな」
「うん。楽しみにしてる」
来年も一緒にいる約束ができた。こうやって僕達は、ずっと一緒に居続けるんだと思う。
僕達の会話を聞いていた陽介が、必死な顔を僕達に向けてきた。
「僕のもあげるっ!」
子供なりのお詫びなんだと思った。
微笑んでそっと頭を撫でれば、涙も止まって嬉しそうにする。
「それじゃ、みんなで帰って一緒に食べようね」
「うん!」
時春が立ち上がれば、陽介も元気が出たみたいだ。
「じゃあ、帰るかー!」
「「おー!」」
時春の掛け声に陽介と共に返事をしたら、春みたいな暖かさに包まれた。
◆◇◆
家に帰ってきて、三人でチョコレートを食べた。
「陽介、どうしてお前は俺が桜司にあげようとしたのを食べたんだ? お前の分もあっただろ?」
「だって……ときにぃちゃんが、嬉しそうに選んでた。僕のチョコレートより美味しそうだったんだもん。僕、そっちのチョコレートの方が良かった……」
「そっか。でも、もう人の物を盗ったらダメだぞ」
「うん!」
子供にもわかるぐらい、時春の愛情がこもっていたのだと思うと嬉しい。
その分、食べられなかったのは残念だけれど、自分で買ったものでも、時春が照れながら食べさせてもらったチョコレートは特別に美味しかった。
くすぐったいような、気恥ずかしいような気持ちになった。こういう気持ちを幸せと呼ぶのなら、時春といる僕はずっと幸せだ。
「僕ね、ときにぃちゃんも好きだけど、桜司にぃちゃんも大好きだよ!」
「「…………」」
時春と一緒に顔を見合わせた。子供の好きは意味がないのかもしれない。それでも、この小さなライバルの中で、僕はどのような立ち位置になったのだろう。
「僕は、二人みたいになりたいって思った!」
ニコニコとする陽介に、僕も時春も振り回されているのだと思う。それがなんだか可笑しくて、僕達は心の底から笑えた気がした。
僕は、時春のいない世界では笑う事も出来なかった。時春は、嬉しいも楽しいも愛しいも与えてくれる。
何度だって思う──母さん、ありがとう。
時春に出会えて良かった。産まれてきて良かった。幸せが溢れる世界は、とても優しく色付いている。
願わくば、この幸せがずっとずっと続きますように──。
「陽介一人で寝かせられないし、俺が向こうで陽介と寝るな」
「うん……」
心配かけまいと笑顔を作る。それは僕の得意技だ。
子供を一人で寝かせられないのは理解できる。わかっていたけれど、一緒に暮らして初めて時春が隣に居ない事に少し動揺した。
今までずっと一人だった。大丈夫なはずだと自分に言い聞かせた。
「あー……やっぱり桜司も一緒に寝よう! 布団くっ付けて三人でさ!」
寂しいと思ったのを見透かされたんだろうか……。
時春は、いつも僕の心の機微を敏感に感じ取る。そんな事だけで嬉しく思う。
「陽介、桜司にぃちゃんも一緒な」
「えぇ~! 僕、ときにぃちゃんと二人がいい」
子供は正直だ……思わず苦笑いをしてしまう。
僕はいつでも一緒に寝れる。
「それなら──「俺が一緒に寝たいの!」
時春は、僕が別でいいと言う前に言葉を遮ってそんな事を言った。
嬉しくてニヤケそうな顔を隠したくて顔を伏せる。
桜司は、問答無用で布団をもう一組敷いてしまった。
「僕が真ん中だからね」
少し膨れ気味の陽介を真ん中にして三人で布団に入った。
時春と一緒で嬉しいのに、陽介が隣では複雑な気持ちだ。でも、本来なら部屋も別だったはずだと思うと心も穏やかだった。
「ときにぃちゃん、優しくて大好き。大きくなったら僕と結婚しよう」
思わず二人をバッと見てしまって、それを見た時春がクスクスと笑う。
「子供の言う事だぞ。大きくなれば、思い出した時に恥ずかしくなるさ」
時春がクスクス笑えば、陽介が膨れた。
「僕は恥ずかしくないよ!」
子供の言う事だと割り切れるほど、僕は余裕がない。陽介が大きくなっても同じ気持ちだったら、時春はどうするのだろう──。
「陽介、俺だって怒る時があるんだぞ。それに、男同士は結婚出来ない」
「そうなの? それなら、僕もここに一緒に住む! 桜司にぃちゃんが一緒なら、僕が一緒でもいいでしょう?」
「ダメに決まってんだろ」
「どうして? ときにぃちゃんと一緒にいたい」
「俺の方が桜司に一緒にいさせてもらってるの。桜司はお前みたいなガキの面倒まで見れないの」
「えぇー! 桜司にぃちゃん、僕が一緒でもいいよね!?」
急に話を振られて顔が引きつらないようにするのが精一杯だった。どう答えるべきなのか悩む。
「どうかな……陽介くんが大きくなって、まだ時春を好きなら……その時は考えるかな……」
苦笑いしながら答えた。陽介は、意気揚々と頷いた。
「わかった! また桜司にぃちゃんにお願いするね!」
「そうだね。その時は──僕も本気で陽介くんと向き合うからね」
小さいライバルに「絶対渡さない」と本当の事を言うのはどうなんだろうか。言ってしまった方が良かったか……。
そんな事をグダグダと考えてしまった。
「陽介、早く寝ろよ」
「うん!」
陽介が時春の方に移動した。好きな人に抱きついて寝るのは子供も大人も一緒だ。
それを見て、微笑ましいと思う自分もいてホッとした。
「「「おやすみ」」」
自分も寝ようと目を閉じた。
◆◇◆
しばらくしても寝付けなくて、ゴロリと寝返りを打った。
「桜司……起きてるか?」
そっと小声で問いかけられて目を開ければ、陽介はすぅすぅと寝息を立てていて、時春が目を開けてこちらを見ていた。
「起きてるよ。陽介くんは?」
「昼間連れ回したからよく寝てるよ。なぁ、そっち行っていい?」
少し驚いた。時春からそんな風に言ってくれるなんて嬉しい。
「もちろんいいよ。おいで」
時春は、そっと布団を抜け出して僕と陽介の間に入って来た。
向かい合って僕の背に手を回してギュッと抱きついてきた時春に、クスクスと笑って抱きしめ返した。時春の温もりに安心する。
「どうしたの?」
陽介がいるのにこんな事をするのは何かあったからなのではないかと思った。
時春は、少し間を置いてから口を開いた。
「──……昼間、桜司が店にいた知らないやつと話してた。チョコレートあーんされてた……」
昼間の一部始終を見ていたらしい。それで今のこの状況か。
もしかして──嫉妬? 時春が?
顔を覗き込めば、仏頂面で唇を尖らせていた。
──か……可愛い!
時春を抱きしめる腕にギュッと力を込めた。
「チョコの試食をやらされたんだよ」
「そうなのか……?」
「そう。ただの試食だよ。僕は、時春がチョコレートをあーんしてくれた方がいいな」
時春は少し考えてから照れる。
「明日してやる……」
「うん。楽しみにしてるからね」
ニヤけてしまった顔で見つれば、時春も笑う。時春の嫉妬が可愛く思えて、その唇にキスを落とした。
「ん……」
少しばかり時春の唇を味わう。
僕ばかりが嫉妬していると思っていた。しかも子供にだ。
「僕には時春だけだよ」
「ならいい……」
疑われたのは少しばかり悔しい。僕の心を占めているのは時春だけだ。それを教えてあげようか。
そっと時春の肌を撫でた。
「お前……っ……何を……」
「教えてあげるから──声、我慢してね──」
妖艶に笑えば、時春がゴクリと喉を鳴らす。
溶け合ってしまえたら、時春に僕の気持ちが証明できるのに──。
ふと思う。気持ちという形の無いものを証明する為のチョコレートなのかもしれない。それなら、あのチョコレートは、僕の気持ちそのものだ。それを時春に食べさせてあげられる事が嬉しかった。
◆◇◆
朝起きたのは、抱き合って眠る僕と時春の間に陽介が無理矢理入り込んで来たからだった。
「ようすけぇ~……お前、何するんだよ……」
時春が眠い目を擦りながら抗議する。
陽介は、仏頂面で唇を尖らせていて、昨日の時春と少し似ていて笑みが零れた。やっぱり甥っ子だけある。
「ときにぃちゃんは、僕と一緒に寝てたのにぃ」
「俺が桜司の横に来たかったの」
「ときにぃちゃんは、桜司にぃちゃんの事ばっかりだ……」
いじけたような陽介に時春は頭を掻く。
陽介は、昨日の僕だ。子供でも同じようにやきもちを焼くものだ。そう思うと少し可愛く思える。でも、時春は僕のものだと心の中で言っておく。
「僕は朝食を作ってくるから、二人で布団で遊んでて」
「俺も手伝うよ」
「いいよ。昨日は僕が独り占めしちゃったし」
意味深に笑えば、赤くなった時春が可愛い。
「時春と遊んでていいからね」
ポンッと陽介くんの頭に手をやると、パシッと振り払われてしまって苦笑いをする。
「こら、陽介!」
「大丈夫だから時春は遊んであげて」
「桜司、ごめんな」
その間にも、陽介は時春に抱きついた。
「まったく……悪い子は──くすぐりの刑だ!」
時春が陽介の腹をくすぐれば、すぐにキャッキャッと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
子供同士で遊んでいるみたいに楽しそうで、僕も自然と笑顔になった。
午前中は近くの公園に行ってたっぷりと遊んで帰ってきた。
子供と遊んだ事がない僕ができる事は少なくて、陽介の相手をしていたのはほとんど時春だった。
昼食を食べて三人でゴロゴロとしていれば、睡魔が襲ってきて仲良くお昼寝モードだ。
「チョコレート……まだ食べてないね」
「寝て……起きたら食べよ……」
欠伸をしながらそんな会話をして、起きたら食べようとリビングのテーブルの上に箱を三箱置いた。時春が僕のために買ってくれたものと陽介のもの、それから僕が時春にあげようと思って買ったものだ。
その後、仏壇のある和室で三人で仲良く眠った。
今度は、時春が真ん中に寝転んだ。これなら喧嘩しないと思ったみたいだ。
時春は、陽介と手を繋ぎながら、僕ともそっと手を繋いでくれた。
◆◇◆
起きた時、隣で寝ていたのは時春だけだった。
「陽介くん?」
僕の声に反応して起きた時春は、キョロキョロと周りを確認して、リビングに座り込んでいた陽介を発見した。
「陽介……起きたのか?」
声をかけたのに返事をしない陽介に、何かを感じて起き出した時春は、テーブルに置いておいた時春が僕にくれる予定だったチョコレートが無くなっているのを見て眉間に皺を寄せる。
「陽介……ここにあったチョコレートは?」
「……し、知らない……」
陽介は、プイッとそっぽを向く。
「陽介。本当に知らないのか?」
「…………」
黙り込んでしまった陽介を見れば、チョコレートの在処を知っているように思う。
「陽介」
時春は、静かに諭すように名前を呼んだ。
陽介は、しばらくしてボソリと呟いた。
「…………食べた……」
「え……? 食べたのか?」
「食べた……」
「は? 全部か!?」
陽介がコクリと頷いたのを見て、ショックで頭が真っ白だった。
時春が僕にくれるはずだったチョコレート……時春が食べさせてくれるはずだったものだ。
食べられてしまったチョコレートは、時春の想いが込められた物だったはずだ。
「ばかやろう!」
時春の怒鳴り声に我に返った。
時春も陽介も唇を引き結んで泣き出しそうだった。
「あれは……桜司に……っ!」
時春は、そこまで言うと言葉に詰まって下を向く。
「悪い……少し頭冷やしてくる……」
早足で玄関へ向かった。
慌てて後を追いかけた。
「時春! 待って! どこに行くつもり!?」
僕の声は届かずに、バタンッと閉まってしまった玄関のドアに呆然としていた。
あんなにも怒った時春を見るのは初めてだ。いや、怒っていたと言うよりは、僕と同じようにショックだったんだと思う。すぐに追いかけたい。けれど、陽介を一人にしておけない。時春も僕がいるから出て行けたんだと思う。
陽介の様子を見れば、声を殺して泣いていた。ひっくひっくとしゃくりあげながら、とめどなく溢れてくる涙を両手の腕で何度も擦る。
慰めようと側に行っても、どうしたら良いのかわからない。そこで、もしも時春が落ち込んでいたらと考えて、そっと頭を撫でた。
ビクッとした陽介が僕の手を振り払わなくてホッとした。そっと抱き寄せれば、僕に抱きついてうわーんと声をあげて泣いた。
その姿を見て、時春に『おめでとう』と言ってもらった時の事を思い出していた──。
甘える事を知らなかった僕が、父さんに縋り付いて感情のままに泣いた。何かを考えていたわけじゃない。ただ、胸の奥が熱くて、熱くて……僕は、その時やっと産まれた事を許された気がした──。
泣き疲れて眠ってしまい、起きた時に見た明かりのついたキッチンの光に、引き寄せられるようにその場に行った。時春に『桜司、一緒にお祝いしよう!』そう笑顔で言われた瞬間、目の前の霧が晴れたようだった。今まで自分が見てきた景色が思い出せなかった。僕に向けられる時春の笑顔が眩しくて、嬉しくて──……。
僕は、自分の誕生日に生まれ変わったんだ──時春のおかげで──。
「陽介くん──大丈夫。僕も時春も怒ってないよ」
「っ……」
「大丈夫。大丈夫だからね──」
陽介が落ち着くまで、背中を何度も優しく撫でた。
陽介は、僕が気に入らなかっただけで、時春を怒らせるつもりはなかったんだと思う。
同じ時春を好きな者同士、なんとなく陽介の気持ちがわかる。
しばらくして、泣き止んだ陽介にそっと語りかけた。
「陽介くん、僕と一緒に時春に謝りに行こうか?」
「ときにぃちゃん……」
「捜しに行く?」
「うん……」
時春は、何も持たずに家を出た。財布もスマートフォンもそのままで心配だ。
まだ肌寒い。陽介に上着を着せて、時春の上着も持って家を出た。
陽介と手を繋いで歩いた。僕の手も握ってくれるようになって少し嬉しい。
「時春、どこに行ったかな?」
「どこかなぁ?」
時春が行く場所が思い浮かばない。思い当たる所から順番に行こうと昼間に遊んだ公園に行った。人がちらほらいるだけで、時春はいなかった。
「ときにぃちゃん……いない?」
「ここじゃないみたいだ……」
自分もがっかりしていたけれど、陽介の方ががっかりしているように感じて笑顔を作る。
「大丈夫。すぐに見つかるよ」
「うん……」
少し考えてみる──何も持たない時春が一人になりたい時に行く場所……うちから近いと言えば……実家かもしれない。
陽介と共に時春の実家へ行った。すると、玄関先で座り込んでいる時春を発見する。
「「いた!」」
どうやら僕の考えは当たっていたようだ。陽介と顔を見合わせて、二人で時春の方へ駆け出した。
時春も僕達に気付いたようだ。少し申し訳なさそうに笑う顔に微笑む。
「ときにぃちゃん!」
すぐに抱きしめたい衝動を押さえて、陽介に譲ってあげた。
「ごめんなさぁい……っ!」
時春に抱きつくと同時に泣き出した陽介の背中を、時春はポンポンと叩く。
「俺も……怒ってごめんな」
「ううん……僕が悪いのぉ……」
「もう怒ってないから泣くなよ」
時春は、苦笑いしながら陽介の涙を拭ってやる。
そして、苦笑いをしたまま僕を見上げてきた。
「桜司も……ごめんな」
「謝る必要なんかないよ」
儚く笑う時春が、少し震えている気がした。まだ寒い中、上着も着ないで外にいたと気付いて、慌てて時春に上着を着せた。
「どうして家に入ってないの?」
「誰もいないって言ったの忘れてたんだよ……鍵も忘れたから……」
「帰って来れば良かったのに」
「頭冷やしたかったんだって……」
少しバツが悪そうに言う時春に微笑む。
「それで、頭は冷えた?」
「まぁ……」
「僕らの家に帰って、僕の買ったチョコレートを分けて食べよう」
時春は、目を見開いた後に笑ってくれた。本来なら時春にあげる為に買った物だけれど、僕が食べさせてもらってもいいと思う。
「そうだな! 来年こそは、桜司に俺の気持ち、ちゃんとやるからな」
「うん。楽しみにしてる」
来年も一緒にいる約束ができた。こうやって僕達は、ずっと一緒に居続けるんだと思う。
僕達の会話を聞いていた陽介が、必死な顔を僕達に向けてきた。
「僕のもあげるっ!」
子供なりのお詫びなんだと思った。
微笑んでそっと頭を撫でれば、涙も止まって嬉しそうにする。
「それじゃ、みんなで帰って一緒に食べようね」
「うん!」
時春が立ち上がれば、陽介も元気が出たみたいだ。
「じゃあ、帰るかー!」
「「おー!」」
時春の掛け声に陽介と共に返事をしたら、春みたいな暖かさに包まれた。
◆◇◆
家に帰ってきて、三人でチョコレートを食べた。
「陽介、どうしてお前は俺が桜司にあげようとしたのを食べたんだ? お前の分もあっただろ?」
「だって……ときにぃちゃんが、嬉しそうに選んでた。僕のチョコレートより美味しそうだったんだもん。僕、そっちのチョコレートの方が良かった……」
「そっか。でも、もう人の物を盗ったらダメだぞ」
「うん!」
子供にもわかるぐらい、時春の愛情がこもっていたのだと思うと嬉しい。
その分、食べられなかったのは残念だけれど、自分で買ったものでも、時春が照れながら食べさせてもらったチョコレートは特別に美味しかった。
くすぐったいような、気恥ずかしいような気持ちになった。こういう気持ちを幸せと呼ぶのなら、時春といる僕はずっと幸せだ。
「僕ね、ときにぃちゃんも好きだけど、桜司にぃちゃんも大好きだよ!」
「「…………」」
時春と一緒に顔を見合わせた。子供の好きは意味がないのかもしれない。それでも、この小さなライバルの中で、僕はどのような立ち位置になったのだろう。
「僕は、二人みたいになりたいって思った!」
ニコニコとする陽介に、僕も時春も振り回されているのだと思う。それがなんだか可笑しくて、僕達は心の底から笑えた気がした。
僕は、時春のいない世界では笑う事も出来なかった。時春は、嬉しいも楽しいも愛しいも与えてくれる。
何度だって思う──母さん、ありがとう。
時春に出会えて良かった。産まれてきて良かった。幸せが溢れる世界は、とても優しく色付いている。
願わくば、この幸せがずっとずっと続きますように──。
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