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腹黒執事はご主人様を手に入れたい【甘すぎるバレンタイン】

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 天野宮あまのみや家の次期当主である天野宮煌麻こうまは、バレンタインというものが近い事を知って、とても張り切っていた。
 いつもは、天野宮家の執事である崇臣たかおみが毎年海外から有名パティシエの高級チョコレートを取り寄せる。それを煌麻のお茶の時間にそっと添えるのだ。
 けれど、煌麻は今年は自分から崇臣へチョコレートをあげようと思い至る。

 月城つきしろ桃真とうまは、煌麻と同じ学園の同級生だ。二人ともかなりの大富豪でずっと一緒だ。同じ特別科のクラスで煌麻に対してそれほど壁を作らない数少ない友人だった。

 煌麻は、休み時間に桃真のところに行った。

「煌麻、君から来るなんて珍しいね」
「桃真。お前は、す……」
「す?」
「好きな人は……いるか?」

 桃真は、煌麻をまじまじと見つめるとブハッと吹き出した。

「おい──真剣に聞いているんだぞ……」
「ははっ! ごめんごめん。あの煌麻様が僕にそんな事を聞く日が来るなんてね」

 桃真は、飄々としていて掴めない。
 それでも、煌麻が相談しようと思ったのは桃真しかいなかった。

「それで、好きな人はいるのか?」
「いるって言えばいるかな」

 誰かを思い出したかのようにニコニコとする桃真に詰め寄った。

「それなら、バレンタインにチョコレートをやろうと思ったりしないのか?」

 桃真は、少し考えてからうんうんと頷いた。

「煌麻が聞きたいこと、なんかわかった。煌麻は、誰かにチョコをあげたいんだね。あの執事かな──?」

 桃真に言い当てられて煌麻はポッと赤くなる。

「なんでわかるんだ……」
「わかるさ。煌麻の側にいるだけで睨まれるもん」
「崇臣はそんな事しない」
「はいはい。そうだよね。チョコあげたいならあげればいいじゃん」

 桃真になんともないように言われてしまい戸惑う。

「でも、どんなものがいいのかさっぱりわからない……」
「本命なら手作りって決まってるみたいだけど、僕らって料理なんてした事ないからね」
「今年のバレンタインは、崇臣にチョコレートをあげたい」
「僕もともえさんにチョコあげよっかな。放課後に一緒に買いに行こっか」

 ニコニコしてくれる桃真に煌麻は素直にコクリと頷いた。

     ◆◇◆

 天野宮家の送迎を断って月城家の車に乗り込んだ。
 そのまま有名なショコラティエがいる店に案内された。
 沢山の一口サイズのチョコレートがショーケースに並べられていた。
 宝石のような綺麗なチョコレートの数々に見惚れる。

「チョコレートをばら売りしているのか」
「そう。ここの店は、自分で幾つか選んだチョコをラッピングしてくれる。これなら自分で作ってなくても、選んだっていう特別感があるだろ?」
「なるほど」
「執事は何が好きなの? ベリー系? 洋酒系?」
「崇臣が好きなもの……」

 煌麻は、悩んでしまった。
 崇臣が好きなものが何も思い浮かばない。
 そもそも崇臣は常に執事で、一緒に食事などしない。煌麻の隣で寝ることもなく、寝顔も見た事はない。
 普段着というものも知らない。

「煌麻……執事と付き合ってるんだよね?」
「そうなんだが……」

 桃真は、煌麻が悩むと、ポンッと頭を叩いて微笑む。

「あの執事なら、煌麻の選んだものなんでも食べてくれるよ」
「そうかな……?」
「一種類ずつ選んでもいいと思うよ」

 煌麻は、桃真と共に悩みながらも崇臣の為に一生懸命にチョコレートを選んでいた。

     ◆◇◆

 バレンタインの当日は、崇臣からフォンダンショコラを出された。
 ナイフで切れば、中からトロリとチョコレートが溶け出てくる。
 煌麻はそれを口に運ぶ。とても美味しい。

「今年のも美味しいな。焼きたてか?」
「はい。私が焼きましたから」

 口に運んでいた煌麻の手がピタリと止まる。

「これ、崇臣の手作りなのか?」
「はい。お口に合いますか?」

 口に合うどころか、毎年もらうパティシエの作った菓子と何も変わらない。

「冷める前に食べて下さい」
「あ、ああ……」

 再び手を動かしたけれど、崇臣が作ったと思ったら、余計に美味しくなってくる。
 ふと桃真が言っていた言葉を思い出す。

(本命なら手作り──という事は、崇臣の本命は……)

 ブワッと何かが胸の奥から一気に込み上げた。煌麻の顔が一気にぼっと熱くなった。

「おや? 煌麻様は手作りの意味をご存知なのですね」

 ニコニコしながら崇臣に言われる。

「そ、それぐらい知っている」
「では──私の気持ちもわかりますよね?」

 顔を覗き込んでくる崇臣に恥ずかしくなって手で顔を隠した。

「ふふっ。照れる煌麻様も愛おしく思います」

 チョコレートよりも甘い言葉だ。
 いつもなら、ふざけるなと言うところだ。けれど、今日は素直に想いを返したいと思った。

「う、嬉しい…………ありがとぅ……」

 崇臣の動きがピタリと止まった。

「あまり僕を見るな。恥ずかしくて……食べられない……」
「無理です……可愛い煌麻様から一秒たりとも目が離せません」

 崇臣の嬉しそうな視線を感じる。
 甘い甘いチョコレートと同じぐらい甘い甘い視線だ。
 その視線を真っ直ぐに見れなくて視線を逸らしながらも、出してもらったフォンダンショコラを残さずに食べた。

「崇臣……」
「はい」

 立ち上がって崇臣の側に寄った。

「どうしましたか?」

 崇臣の優しい声音に胸がいっぱいになる。
 言葉ではうまく表せない……。
 そっと崇臣の腰に腕を回した。崇臣の胸の中に顔を埋める。

「煌麻様!?」
「少し黙っていろ……」
「…………」

 本当に黙った。それが面白くてクスクスと笑う。

「崇臣……僕の事も抱きしめろ……」

 そっと背に回された腕は、予想よりも強く抱きしめてくれて嬉しく思う。

「崇臣、もっとお前の事が知りたい……」
「…………」
「崇臣は、僕の事をなんでも知っているだろう? それなのに、僕はお前の事を何も知らない……それが悔しい」
「…………」
「僕は、お前の寝顔が見たいし、何が好きで何が嫌いなのか……それも知りたい」
「…………」
「おい。聞いているのか?」

 いつまでも黙ったままの崇臣に少し苛立って顔を覗き込めば、照れたような顔をする崇臣が見れた。
 こんな顔を見るのは初めてだ。

「あの、その……色々予想外なんです……なんと言いますか、今の私は普段プイッとそっぽを向く猫が不意に擦り寄ってきた時の感動を味わっています……」
「何を言っているんだ……」

 崇臣の腕の力が強くなった。

「なんなんですか! ツンはどこに置いてきたのですか! デレ期ですか!? こんな可愛い煌麻様……耐えられません!」
「また訳のわからない事を……」

 意味不明な言葉を並べ立てて、ギュウギュウと抱きしめられて苦しい。
 けれど、この力強い腕も好きだ。
 何も知らないなら、これから知っていけばいい。

「崇臣、お前にチョコレートを買ったんだ」
「え!? 煌麻様から私にですか!?」

 驚きと感動の入り混じったような顔をされた。

「僕とチョコレート……どちらを先に食べたい?」

 イタズラっぽく笑って上目遣いで見上げれば、崇臣は真剣な顔で言った。

「同時に食べるに決まってますでしょうが!」

 真顔でそんな風に言うものだから、思わず笑ってしまった。
 甘い物は食べられるらしい。まずはそんな事から知って行こうと思う。
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