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第五章

専属の医者

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 新しい城の侍医で俺の専属を紹介してくれるらしい。
 レイジェルは、医者は信用できる人にお願いすると言っていた。
 目の前にいるのは、深い海のような青い髪を邪魔にならないように縛り、白衣を羽織り眼鏡を掛けた年若い男性だった。瞳の色は茶色のようだ。

「テアロ・マイアーです。よろしくお願いします」

 笑顔で胸に手を当てて俺に挨拶をしてくれた。
 テアロという名前に親しい人を思い出す。顔も似ているのか良く見ようとしたけれど、ニコッと優しく笑われて内心で慌ててしまう。俺の知っているテアロはあんな風に笑わない。

「よろしくお願い致します」

 自分も挨拶をすれば、レイジェルが説明してくれる。

「本来、担当するはずだった医者が来れなくなってな。信用できる医者を寄越してくれたらしい」

 腕はいいという事なんだろう。若そうなのにすごい。
 俺が男だという事については、俺から話すとレイジェルと話し合っていた。俺の事を信じてもらわないと相手に信じてもらえない気がするからだ。

「それでは、レイジェル様とラトさんは仕事へ戻って下さい」
「「…………」」

 ニコッと笑ったテアロに、レイジェルは何とも言えない顔をして、ラトは眉間に皺を寄せる。
 微妙な空気を感じているのは俺だけか?

 テアロはそんな空気を感じていないのか、ドアを開けて二人に出て行くようにとそれとなく誘導する。

「仕事がありますよね? これ以上時間を取らせるのも悪いです。コルテスさんも待っていますよ」

 レイジェルは、渋々という風に部屋を出て行く途中で足を止めた。
 ジッとテアロを見つめる。

「──君は、ミリアンナの担当医として、彼女を裏切らないと誓うか?」

 厳しい表情のレイジェルと微笑むテアロが見つめ合う。

「もちろん。患者を裏切るような医者はここには来れないでしょう。誓約書にもサインしたじゃないですか」

 レイジェルは一呼吸おいて「わかった」とだけ言った。心配そうに俺の事を見た。大丈夫だと微笑めば、そのまま部屋を出た。
 部屋の中には俺とフロルとテアロだけになった。それとなく緊張していると、くるりとこちらを向いたテアロに笑顔を向けられた。

「レイジェル様は余程ミリアンナ様の事が心配なようですね」
「あ……いや、そんな事は……」

 あるのかもしれない。
 俺は男だから……それだけでレイジェルの重荷だ。
 医者の事もそうだけれど、レイジェルにものすごく気を使わせている。

「あれ? 顔が暗いですよ。うまく行ってないんですか?」

 微笑んでいたつもりなのに、彼には暗い気持ちがわかってしまったようで慌てて否定する。

「そんな事はありません!」

 この間もレイジェルは招待状でとても喜んでくれた。俺もとても嬉しかった。その時の事を思い出しながら笑顔を向けた。

「なぁんだ。つまんねぇの」

 うん? 今、何か聞こえた?
 笑顔のままジッとテアロを見つめてしまった。

「うまく行ってなきゃ連れて帰ってやったのに」

 目の前のテアロがニヤリと笑った顔が、俺の知っているテアロと被った。でも、髪の色も目の色ですら違う。
 混乱してジッと見つめていると、眼鏡を外して髪を解いて顎を上げ、俺の事を得意げに見てくる。

「別人みたいだろ?」

 今目の前にいる人物は、先ほどまでの人とは全く別人で、俺の知っているテアロだった。

「テアロ……!」

 驚いて叫びながら目を見開くと、テアロは嬉しそうに笑った。

「ははっ。そうじゃなきゃな」

 間違いない。この笑い方を間違えるはずはない。茶色かった瞳は今は赤く見える。

「その髪と目は!?」
「髪は伸びてたから縛ったし、色は染めた。眼鏡のレンズに細工がしてあってな。レンズ越しなら茶色く見える。どうだ? 似合うだろ?」

 眼鏡を掛けて茶色くなった瞳で得意げに笑う。

「言われなきゃ……わからない……」

 呆然と見つめてしまった。色彩だけじゃない。雰囲気ですら違う人に見えた。今の態度と、医者のテアロが同じ人と結びつかない。テアロがこんな事ができるなんて思っていなかった。

「そうだろうな。だから名前がテアロのままでも誰も俺だと気付かない。そもそも俺が医者だなんて思ってないからな。レイ達を騙すの楽しいぜ」

 ニヤリと笑うテアロに苦笑いだ。
 レイジェル達も同じテアロだとは思わなかったみたいだ。

「医者って本物?」
「俺は、免許もある正真正銘の医者だ」

 そういえば、レイジェルが怪我をした時、レイジェルを診たのはテアロだった。行動に躊躇いがなかったので、すごいと思っていたけれど、本物の医者だったとは……。

「アスラーゼの店は?」

 俺もテアロもいないとなると、店はどうなったのだろう。

「前から仕立て屋を手伝いたいって知り合いがいたんだ。留守の間はそいつが喜んで店番をしてくれるとさ」

 店に誰かがいてくれるなら安心だ。テアロの知り合いなら問題もない。

「そういう事だから、これからもよろしくな」

 目の前に来ると、ポンッと頭に手を置かれた。いつもと同じ温もりにホッとする。

「ミリアンナ様、どなたですか?」

 そうだった。部屋の中にはフロルもいた。フロルへテアロを紹介する。

「フロルは初めてだよね? こっちは俺がアスラーゼにいた頃の相棒でテアロだよ」
「どうも」

 テアロが軽く頭を下げる。

「こっちはフロルね。俺の侍女」
「よろしくお願い致します」

 フロルが九十度のお手本みたいなお辞儀をする。

「それじゃ、挨拶も済んだし、ミオを脱がして」

 ニコニコと笑顔で言うテアロに俺とフロルが何を言い出すのかと疑いの目を向けてしまった。
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