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第四章

リボンと揉め事

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 それからしばらくは、お茶会の準備と仕立て屋の仕事で多忙だった。
 あのリボンは、デリルの店でも売られる事になった。貴族向けに派手なものや目立つものも幾つか頼まれた。これはアスラーゼでもやっていた事なので、ある程度慣れたものだ。仕上がれば、まとめて持って行って店に置いてくれるらしい。
 城では相変わらず、フロルが密かに売って儲けているようだった。

 そんなある日、フロルとロッシと一緒に城の廊下を歩いていれば、急に背後から声を掛けられた。

「あなた誰かしら? こんな所で何をなさっているの?」

 俺? だよな……?
 そう思って振り返れば、レイジェルよりも暗い金色の髪をなびかせて、数人の護衛と従者と共にこちらを見つめる令嬢がいた。

「見た事ない顔ね。貴族の娘でも、城の出入りができる人は限られているはずよ」

 睨まれて、いきなり拒絶するような雰囲気を出されてしまう。
 金色の髪に、口元のほくろ……招待リストに特徴が書いてあった。この人、ベルエリオ公爵の次女で、名前は──。

「マリエラ嬢ですね? お初にお目にかかります。ミリアンナ・ヴァーリンと申します」

 自己紹介をして優雅に微笑む。
 要注意度は星四つ。結構なヤバイ子と思っている。

「あら。わたくしの名前をご存知なのね。あなたがミリアンナ殿下でしたの」

 間違っていなくてホッとした。名前を覚えていると機嫌が良くなるものだ。
 頭の先から足の先まで見定められて、鼻で笑われた。よくあるやつ……。
 顔が引きつりそうになったけれど、表情筋に喝を入れて笑顔を保つ。
 すると、俺の隣にいたフロルに視線をやった瞬間に目を見開いた。

「あなたもそのリボンをつけているのね!」

 フロルが、無表情で「はい」と答えれば、鼻息を荒くしたマリエラがフロルに詰め寄った。

「この城で働いている女性は、下働きですら素敵なリボンをつけているんですもの! みんな似たようなリボンをつけていたけれど、そのリボンは他の物とは少し違うわね! それ、わたくしにくださいな!」

 テレフベニアの公爵令嬢は、王妃、王女の次に偉いと言ってもいい。そんな人の申し出は断ることはできない。
 良く見れば、何人かにそうやって声をかけたのか、従者の中に幾つかのリボンを持っている人がいた。

 フロルに「あげていいよ」と笑顔を向ける。
 フロルは、静かにマリエラを見つめた。

「──申し訳ありません。これは、大切な方から頂いたものなのです。簡単に人に譲る事はできません」

 フロルは、あげてもいいという俺の気持ちがわかったようなのに、そんな事を言った。相手はフロルより立場が上で、断ってしまって大丈夫かと不安だけれど、そんな風に言ってくれるなんて嬉しかった。

「ならば、お金を払うわ。幾ら必要かしら?」
「お金の問題ではありません。大金を積まれても渡せないものはあるんです。申し訳ありません」

 フロルは、見本みたいな丁寧な仕草で深々と頭を下げた。
 普段はお金が大事だとか言っているのに、そんな言葉がフロルから出た事に感動を覚える。
 思いつきで作ったリボンだった。あげてしまってもまた同じ物を作ればいい。そう思うのに、胸の奥がポワポワと温かくてギュッとなる。

「まぁ! 生意気ねっ!」

 顔を真っ赤にして怒るマリエラが振り上げた手を見て、咄嗟に体が動いてフロルの腕を掴んでグイッと後ろに引っ張った。

 それだけじゃない。

 護衛として付いてきてくれていたロッシは、フロルを守ろうと、フロルとマリエラの間に入ってくれて、バシンッと頬を殴られた。

 シーンと静まり返る廊下。
 マリエラは、自分の行動に驚いているような顔をしていた。
 ロッシも大丈夫ですと微笑む。
 周りもどうしたらいいのかわからないという感じだ。場をおさめないといけない。

「マリエラ嬢、私の侍女が失礼を致しました」
「そ、そうよ! 教育がなってないわ! 大人しくリボンを寄越せば良かったのよ!」

 こういう場合、お互いに謝ってお終いにすれば良いと思うのに、ダメなのか……。
 一瞬、マリエラは、後悔しているのかと思ったけれど、引っ込みがつかないのか、本気でそう思っているのか、そんな対応をされて心の中がざわつく。

「身分の重要さがわからない出来損ないの侍女なんて辞めさせなさい!」

 俺が殴られたり、馬鹿にされるのはいい。慣れている。でも、これは違う。
 フロルは唯一無二の俺に付いてきてくれた人だ。そんな人に対してこの仕打ち……そこまで言われる筋合いはない。
 しかも、ロッシを殴っておいて謝りもしない。

 この女、許せない──。

 苦悶の表情でリボンを外そうとしたフロルの手を掴んで止めた。

「ミリアンナ様……」

 フロルを背に庇うようにして、マリエラにどうにかニコッと笑顔を向けたけれど、声は自然と冷たくなる。
 
「──余計なお世話です」
「なんですって?」
「聞こえませんでしたか? 余計なお世話です。マリエラ嬢は、気に入らない事があるとすぐに怒る方なのですね。それに、欲しい物が何でも手に入ると勘違いをなさっているのでは?」

 従者が持っているリボンを指差した。

「そうやって、逆らえない相手からリボンを奪うだなんて盗人と同じです」
「なっ……!」

 顔を更に赤くして睨み付けられた。
 負けじと視線は逸さなかった。

「身分がわからないのはあなたです。私はあなたよりも身分は上です。その侍女に手をあげようとなさった事は、大問題です」
「い、田舎王女が私より身分が上ですって!?」
「ええ。弱小国家でも、私はアスラーゼの王女であり、今はレイジェル殿下の婚約者です」
「あなたなんて運が良かっただけよ! 結婚出来なければ、私よりも下なのよ!」

 確かにアスラーゼの田舎王女よりもテレフベニアの公爵令嬢の方が財力も権力もありそうな事は認めよう。けれど、どうして身分が高いと言うだけで、こうもプライドも高くなってしまうのか。

「あなたが叩いた者は、レイジェル殿下から正式に任命された私達の護衛です。その者を叩いた事をご報告してもよろしいですか?」

 俺の出来る精一杯の脅しだった。例えお咎めなしでも、こんな事をレイジェルに知られるのは嫌だろう。マリエラは、これには怯んだようだ。

「な、何よ! そんなリボンなんて、もういらないわ!」

 そのまま踵を返して行こうとする。
 その背中に声を掛けた。

「では、またお茶会で──」

 笑顔のまま手を振った。
 悔しそうな顔でこちらをチラリと見ただけで足早にその場からいなくなった。

「はぁぁぁー……」

 マリエラが見えなくなった瞬間に緊張の糸が切れたように盛大なため息が出た。
 テレフベニアの女は怖い……あんなに気が強いなんて……! 恐るべし、星四の女!

「ロッシ様……! お顔は!?」

 フロルがロッシの顔を心配そうに覗き込んだ。

「大丈夫ですよ。私達騎士団員は鍛えてますから、こんなのは蚊に刺されたようなものです」

 ニカッと笑うロッシの頬は少し赤いだけで心配はなさそうだ。
 フロルと一緒にホッと息を吐いて安心する。
 フロルは、俺に向かってため息をつく。

「私が殴られれば済んだ事でしたのに……あんな事を言ってしまってどうするのです」
「やってしまったとは思うけれど、後悔はしてない」

 フロルが安心するようにニッコリ微笑む。

 フロルは気付いているのかな?
 俺の作ったリボンを渡すより殴られる方がいいと言っているようなものだ。
 自然と顔がニヤけてしまう。

「まったく……仕方のない人ですね──」

 フロルは、そんな事を言いながら、とても優しく笑ってくれた。
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