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第三章

初めての意味 テアロ視点

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 一人きりの部屋でベッドに横になる。
 昨日まで一緒に寝ていたベッドのシーツをそっと撫でた。

 冷たい──。

「くそ……っ」

 レイは俺からミオを奪っていく──。

 ふと部屋のドアが軽くノックされて返事を待たずに開かれた。

「ちょっといいですか?」

 ラトだった。

「何?」
「ここじゃちょっと……外に出ませんか?」

 怒ってんな。

 起き上がってラトの後をついて行く。
 家から離れすぎない路地裏だ。
 何かあってもすぐに駆けつけられる距離。こんな時もレイの事に気を配っている良い護衛だ。

「レイが怒るならまだしも、なんでお前がキレてんだ?」
「レイジェル様は、約束を守ります。テアロを責めたりしません」
「へぇ。だから代わりに怒るのか? 護衛ってそこまでやるのか?」

 クスクスと笑えば睨んでくる。

「お前、本当ムカつくやつだな」
「護衛としてと言うより、友人としてか」

 ラトは怪訝そうにこちらを見る。

「レイジェルがお前に話したのか?」
「そんなわけないだろ。知ってるのさ。幼少期から同じ剣の師匠に学んだんだよな。クラディ・ヘガード。お前の父親だ。アデニス・デラールの騎士団の団長だな」
「お前……何者だ?」
「まだあるぜ。お前はその父親と兄貴に勝った事がない。弱いな、お前」

 鼻で笑えば、更に怒ったらしい。

「一発殴らせろ。二人に謝れ」
「意味のない喧嘩は体力を使うだけで得はない。お断りだ」

 そのまま無視して行こうとすれば、殴りかかって来られた。
 ため息をついて相手をする。
 ラトは剣術だけかと思ったが、そこそこ体術もできるらしい。
 血気盛んなやつは嫌いじゃない。けれど、殴られるつもりもない。繰り出される拳を全部寸前で受け流す。
 ラトの動きがピタリと止まった。

「もう終わりか?」
「ふざけんな。なんで反撃して来ないんだ」

 手合わせすれば、ラトには俺の方が強いとわかったようだ。

「俺が唯一苦手なのは手加減でね。殴られた痕なんかつけてたら、ミオがお前の事を心配するだろ?」
「そんなに大事なら、どうしてあんな事したんだ」
「俺の本当の気持ちを教えてやろうか?」

 静かにラトを見つめれば、話を聞く気はあるようだ。

「本当なら、レイもお前も殺してやりたいんだよ。ミオの事、カケラも譲ってやりたくない──」

 ラトがまた俺を睨む。

「レイがミオに会えなくて気が狂いそうだったって? ミオの心を手に入れたくせに笑わせんな」

 クスリと笑ってから笑顔を消した。

「ずっと好きだった相手に想いを返してもらえず、それでも呪いみたいに傍にいたいと思う。俺の隣はいつだってミオだ。でも、ミオの隣は俺じゃない──。俺の方こそ気が狂いそうなんだよ!」

 ミオがずっと好きだった──。

 俺の事を好きになって欲しかった。
 でも、ミオが好きなのはレイだ。

「ミオがレイの為にテレフベニアに行く事も、仲良く手を繋ぐ事も、抱き合う事も、気が狂いそうなこの気持ちも──たった一回のキスだけで全部我慢してやる──」

 ミオは、レイと一緒にいれば色んな事を経験する。
 これからミオは、レイと数え切れないぐらいキスをするんだろう。
 そんな中で、あの俺とのキスがミオの中に残ればいい。
 初めてなら心に残せる……初めてに意味がある。

 ミオの全部がレイのものになっても、初めてのキスだけは俺のものだ──。
 それだけで、俺は片想いが永遠になってもやっていける。

「ミオを泣かせずに心の中に残りたかった──それだけだ……」
「強引にキスしたら泣くかもしれないとは思わないのか」
「泣かなかったろ? なぜなら、ミオは少しは俺を好きなんだ」

 恋愛の好意ではないけれど……。

「例えばラトがキスしても、ミオは泣かないだろうな。俺は、お前と同じ。ミオにとって俺は──レイ以外の親しい誰か──だ……」

 ラトは俺に感化されたようでくしゃりと顔を歪める。
 俺もそんな顔をしていたか……。

「俺だってミオの嫌がる事はしたくないんだ。ミオが望まない事はもうしない」
「わかった……」

 さっきまであんなに怒っていたくせに、もう怒る気はないらしい。
 いいやつってのは面倒くせぇ。同情されるなんて真っ平だ。
 わざと笑って深刻な雰囲気を壊す。

「まだやるか?」
「気が削がれた」
「それならもういいよな? さっさと戻れよ」

 追い払うような態度を取れば、ラトは顔を引きつらせながら家へと戻って行く。
 ラトの気配が遠くなってから、暗闇に声を掛ける。

「ジュド。いるんだろ?」
「さすがですね」

 夜のジュドは雰囲気が違う。
 暗闇が良く似合う。

「また弁解か? 今回は俺の落ち度だ。弁解はいらない」

 街のみんなが味方をすれば、ジュドの裏工作なんて意味がない。

「なんと……お優しいテアロ様なんて怖いです」
「うるせぇな」

 やっぱりジュドの髪を全部引っこ抜いてやろうか。

「飲みに行きますか?」

 鼻で笑う。

「お前に気を遣われるとか死にたくなるからやめろ」

 夜道をあてもなく歩き出す。
 ジュドもそっと付いてくる。

「ミオ様はテレフベニアに行ってしまうのですよね? テアロ様はどうなさるのですか?」
「どうすっかなぁ……」

 ミオの居ない場所はどこへ行っても同じだ。
 夜風が通ると少し寒い。
 それでも、ミオとレイのいる家にすぐに帰るのはやめた。
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