73 / 94
第三章
初めての意味 テアロ視点
しおりを挟む
一人きりの部屋でベッドに横になる。
昨日まで一緒に寝ていたベッドのシーツをそっと撫でた。
冷たい──。
「くそ……っ」
レイは俺からミオを奪っていく──。
ふと部屋のドアが軽くノックされて返事を待たずに開かれた。
「ちょっといいですか?」
ラトだった。
「何?」
「ここじゃちょっと……外に出ませんか?」
怒ってんな。
起き上がってラトの後をついて行く。
家から離れすぎない路地裏だ。
何かあってもすぐに駆けつけられる距離。こんな時もレイの事に気を配っている良い護衛だ。
「レイが怒るならまだしも、なんでお前がキレてんだ?」
「レイジェル様は、約束を守ります。テアロを責めたりしません」
「へぇ。だから代わりに怒るのか? 護衛ってそこまでやるのか?」
クスクスと笑えば睨んでくる。
「お前、本当ムカつくやつだな」
「護衛としてと言うより、友人としてか」
ラトは怪訝そうにこちらを見る。
「レイジェルがお前に話したのか?」
「そんなわけないだろ。知ってるのさ。幼少期から同じ剣の師匠に学んだんだよな。クラディ・ヘガード。お前の父親だ。アデニス・デラールの騎士団の団長だな」
「お前……何者だ?」
「まだあるぜ。お前はその父親と兄貴に勝った事がない。弱いな、お前」
鼻で笑えば、更に怒ったらしい。
「一発殴らせろ。二人に謝れ」
「意味のない喧嘩は体力を使うだけで得はない。お断りだ」
そのまま無視して行こうとすれば、殴りかかって来られた。
ため息をついて相手をする。
ラトは剣術だけかと思ったが、そこそこ体術もできるらしい。
血気盛んなやつは嫌いじゃない。けれど、殴られるつもりもない。繰り出される拳を全部寸前で受け流す。
ラトの動きがピタリと止まった。
「もう終わりか?」
「ふざけんな。なんで反撃して来ないんだ」
手合わせすれば、ラトには俺の方が強いとわかったようだ。
「俺が唯一苦手なのは手加減でね。殴られた痕なんかつけてたら、ミオがお前の事を心配するだろ?」
「そんなに大事なら、どうしてあんな事したんだ」
「俺の本当の気持ちを教えてやろうか?」
静かにラトを見つめれば、話を聞く気はあるようだ。
「本当なら、レイもお前も殺してやりたいんだよ。ミオの事、カケラも譲ってやりたくない──」
ラトがまた俺を睨む。
「レイがミオに会えなくて気が狂いそうだったって? ミオの心を手に入れたくせに笑わせんな」
クスリと笑ってから笑顔を消した。
「ずっと好きだった相手に想いを返してもらえず、それでも呪いみたいに傍にいたいと思う。俺の隣はいつだってミオだ。でも、ミオの隣は俺じゃない──。俺の方こそ気が狂いそうなんだよ!」
ミオがずっと好きだった──。
俺の事を好きになって欲しかった。
でも、ミオが好きなのはレイだ。
「ミオがレイの為にテレフベニアに行く事も、仲良く手を繋ぐ事も、抱き合う事も、気が狂いそうなこの気持ちも──たった一回のキスだけで全部我慢してやる──」
ミオは、レイと一緒にいれば色んな事を経験する。
これからミオは、レイと数え切れないぐらいキスをするんだろう。
そんな中で、あの俺とのキスがミオの中に残ればいい。
初めてなら心に残せる……初めてに意味がある。
ミオの全部がレイのものになっても、初めてのキスだけは俺のものだ──。
それだけで、俺は片想いが永遠になってもやっていける。
「ミオを泣かせずに心の中に残りたかった──それだけだ……」
「強引にキスしたら泣くかもしれないとは思わないのか」
「泣かなかったろ? なぜなら、ミオは少しは俺を好きなんだ」
恋愛の好意ではないけれど……。
「例えばラトがキスしても、ミオは泣かないだろうな。俺は、お前と同じ。ミオにとって俺は──レイ以外の親しい誰か──だ……」
ラトは俺に感化されたようでくしゃりと顔を歪める。
俺もそんな顔をしていたか……。
「俺だってミオの嫌がる事はしたくないんだ。ミオが望まない事はもうしない」
「わかった……」
さっきまであんなに怒っていたくせに、もう怒る気はないらしい。
いいやつってのは面倒くせぇ。同情されるなんて真っ平だ。
わざと笑って深刻な雰囲気を壊す。
「まだやるか?」
「気が削がれた」
「それならもういいよな? さっさと戻れよ」
追い払うような態度を取れば、ラトは顔を引きつらせながら家へと戻って行く。
ラトの気配が遠くなってから、暗闇に声を掛ける。
「ジュド。いるんだろ?」
「さすがですね」
夜のジュドは雰囲気が違う。
暗闇が良く似合う。
「また弁解か? 今回は俺の落ち度だ。弁解はいらない」
街のみんなが味方をすれば、ジュドの裏工作なんて意味がない。
「なんと……お優しいテアロ様なんて怖いです」
「うるせぇな」
やっぱりジュドの髪を全部引っこ抜いてやろうか。
「飲みに行きますか?」
鼻で笑う。
「お前に気を遣われるとか死にたくなるからやめろ」
夜道をあてもなく歩き出す。
ジュドもそっと付いてくる。
「ミオ様はテレフベニアに行ってしまうのですよね? テアロ様はどうなさるのですか?」
「どうすっかなぁ……」
ミオの居ない場所はどこへ行っても同じだ。
夜風が通ると少し寒い。
それでも、ミオとレイのいる家にすぐに帰るのはやめた。
昨日まで一緒に寝ていたベッドのシーツをそっと撫でた。
冷たい──。
「くそ……っ」
レイは俺からミオを奪っていく──。
ふと部屋のドアが軽くノックされて返事を待たずに開かれた。
「ちょっといいですか?」
ラトだった。
「何?」
「ここじゃちょっと……外に出ませんか?」
怒ってんな。
起き上がってラトの後をついて行く。
家から離れすぎない路地裏だ。
何かあってもすぐに駆けつけられる距離。こんな時もレイの事に気を配っている良い護衛だ。
「レイが怒るならまだしも、なんでお前がキレてんだ?」
「レイジェル様は、約束を守ります。テアロを責めたりしません」
「へぇ。だから代わりに怒るのか? 護衛ってそこまでやるのか?」
クスクスと笑えば睨んでくる。
「お前、本当ムカつくやつだな」
「護衛としてと言うより、友人としてか」
ラトは怪訝そうにこちらを見る。
「レイジェルがお前に話したのか?」
「そんなわけないだろ。知ってるのさ。幼少期から同じ剣の師匠に学んだんだよな。クラディ・ヘガード。お前の父親だ。アデニス・デラールの騎士団の団長だな」
「お前……何者だ?」
「まだあるぜ。お前はその父親と兄貴に勝った事がない。弱いな、お前」
鼻で笑えば、更に怒ったらしい。
「一発殴らせろ。二人に謝れ」
「意味のない喧嘩は体力を使うだけで得はない。お断りだ」
そのまま無視して行こうとすれば、殴りかかって来られた。
ため息をついて相手をする。
ラトは剣術だけかと思ったが、そこそこ体術もできるらしい。
血気盛んなやつは嫌いじゃない。けれど、殴られるつもりもない。繰り出される拳を全部寸前で受け流す。
ラトの動きがピタリと止まった。
「もう終わりか?」
「ふざけんな。なんで反撃して来ないんだ」
手合わせすれば、ラトには俺の方が強いとわかったようだ。
「俺が唯一苦手なのは手加減でね。殴られた痕なんかつけてたら、ミオがお前の事を心配するだろ?」
「そんなに大事なら、どうしてあんな事したんだ」
「俺の本当の気持ちを教えてやろうか?」
静かにラトを見つめれば、話を聞く気はあるようだ。
「本当なら、レイもお前も殺してやりたいんだよ。ミオの事、カケラも譲ってやりたくない──」
ラトがまた俺を睨む。
「レイがミオに会えなくて気が狂いそうだったって? ミオの心を手に入れたくせに笑わせんな」
クスリと笑ってから笑顔を消した。
「ずっと好きだった相手に想いを返してもらえず、それでも呪いみたいに傍にいたいと思う。俺の隣はいつだってミオだ。でも、ミオの隣は俺じゃない──。俺の方こそ気が狂いそうなんだよ!」
ミオがずっと好きだった──。
俺の事を好きになって欲しかった。
でも、ミオが好きなのはレイだ。
「ミオがレイの為にテレフベニアに行く事も、仲良く手を繋ぐ事も、抱き合う事も、気が狂いそうなこの気持ちも──たった一回のキスだけで全部我慢してやる──」
ミオは、レイと一緒にいれば色んな事を経験する。
これからミオは、レイと数え切れないぐらいキスをするんだろう。
そんな中で、あの俺とのキスがミオの中に残ればいい。
初めてなら心に残せる……初めてに意味がある。
ミオの全部がレイのものになっても、初めてのキスだけは俺のものだ──。
それだけで、俺は片想いが永遠になってもやっていける。
「ミオを泣かせずに心の中に残りたかった──それだけだ……」
「強引にキスしたら泣くかもしれないとは思わないのか」
「泣かなかったろ? なぜなら、ミオは少しは俺を好きなんだ」
恋愛の好意ではないけれど……。
「例えばラトがキスしても、ミオは泣かないだろうな。俺は、お前と同じ。ミオにとって俺は──レイ以外の親しい誰か──だ……」
ラトは俺に感化されたようでくしゃりと顔を歪める。
俺もそんな顔をしていたか……。
「俺だってミオの嫌がる事はしたくないんだ。ミオが望まない事はもうしない」
「わかった……」
さっきまであんなに怒っていたくせに、もう怒る気はないらしい。
いいやつってのは面倒くせぇ。同情されるなんて真っ平だ。
わざと笑って深刻な雰囲気を壊す。
「まだやるか?」
「気が削がれた」
「それならもういいよな? さっさと戻れよ」
追い払うような態度を取れば、ラトは顔を引きつらせながら家へと戻って行く。
ラトの気配が遠くなってから、暗闇に声を掛ける。
「ジュド。いるんだろ?」
「さすがですね」
夜のジュドは雰囲気が違う。
暗闇が良く似合う。
「また弁解か? 今回は俺の落ち度だ。弁解はいらない」
街のみんなが味方をすれば、ジュドの裏工作なんて意味がない。
「なんと……お優しいテアロ様なんて怖いです」
「うるせぇな」
やっぱりジュドの髪を全部引っこ抜いてやろうか。
「飲みに行きますか?」
鼻で笑う。
「お前に気を遣われるとか死にたくなるからやめろ」
夜道をあてもなく歩き出す。
ジュドもそっと付いてくる。
「ミオ様はテレフベニアに行ってしまうのですよね? テアロ様はどうなさるのですか?」
「どうすっかなぁ……」
ミオの居ない場所はどこへ行っても同じだ。
夜風が通ると少し寒い。
それでも、ミオとレイのいる家にすぐに帰るのはやめた。
61
お気に入りに追加
3,594
あなたにおすすめの小説
中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています
橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが……
想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。
※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。
更新は不定期です。
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話
みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。
数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる